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語れ!
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早川のバーカ
「いきなり、なんでそんなこと言うの!?」
すみません、ちょっとからかってみたくなったので、つい……
「……日神君って、時折変な所で子供っぽいよね……」
……失礼いたしました。それで、まずは何から話しましょうか?
「とりあえずは、浦元君の事じゃ無いかな」
そうですね。
浦元は、私が新卒で入社する少し前に中途で入社して来たと聞きましたが、第一印象は、それなりに人望のある至って一般的な管理職というものでしたね。ただ、ひと月も経たないうちに、違和感を覚えました。同じ課の先輩方が、異常に浦元の機嫌を伺っているように思えたのです。
私の新人教育の担当者だった先輩にそれとなく話を振ってみたところ、浦元課長には逆らわない方が良い、とだけ教えられました。最初は、いまいち意味が分かりませんでしたね。ただ、その少し後の課内会議で、浦元が言い出したあまりにも無計画な根性論を指摘した時に、大体のことは分かりました。
それまでは、穏やかに話していましたが、眉間に皺を寄せて近づいて来て、新人が生意気を言うな、と腹の辺りを強く殴られました。流石に抗議しましたが、浦元は鼻で笑いながら、人事に連絡したり訴えでもしたらお前の家族に何があっても知らない、というようなことを言い出しました。月見野部長は既にご存知かと思いますが、浦元はどうもあまり行儀の良く無い連中と昔から連んでいたらしく、実際に家族に嫌がらせをされた先輩方も居たそうです。
「確か元々非行少年の集団のリーダーで、集団暴行事件を起こしてたんだよね」
らしいですね。いい歳になっても、その時の連中と連んで、色々と悪さをしていたのは驚きですが。
流石に暴行とか傷害はまで無かったようですけど、玄関前に生ゴミを撒かれたりとか、深夜に家の周囲で集団で大声で叫んだりとか細々としたことを証拠が残らないように行っていたそうです。
「お子さんや、奥さまや、ご年配の親御さんなんかを狙っていたという話だから、タチが悪いよね」
全くですね。で、私の時も家族に何が起こるか知らないぞ、みたいな脅迫を受けたので、どうぞ、と返しました。
「……よりにもよって、君の実家に行っちゃったのか」
はい。
後に父に聞いた話だと、何の警戒もせずに嫌がらせを始めたそうです。まあ、表向きは普通の書道教室ですから、警戒も何も無いかもしれませんが……
その後に何が起こったか、詳細は聞いてませんが、おおよその見当はつきます。ちなみに、取り巻きの連中だけで、浦元は居なかったらしいですが。
それからは、他の先輩方には相変わらず横暴な態度ではありましたが、脅迫紛いの台詞は少なくなりましたね。私に対しては、顔を見るのも嫌だったのか、決裁やら報連相やらで関わろうとすると、席を外したり、外出したりでしたね。独学で色々学んではいましたが、流石に新人一人だとどうにもならないこともあったので、月見野部長に相談に乗っていただけた時は助かりましたよ。
「新人一人が浮いているのを見かけたら、放って置くわけにはいかないからね。ただ、その時に浦元君の件をもう少し教えといて欲しかったかな」
申し訳ございません。その時は、自分の業務に支障が出なければ良いと考えていましたし、先輩方に対しては、泣き寝入りしているだけの奴らを助けても、体ロクなことが無い、と思っていましたから。
ともかく、月見野部長のおかげで、業務に支障も出なくなり、浦元からも特にこれと言った嫌がらせも無くなったので、自分の仕事に集中できました。なので、その翌年度までは、なんだかんだで平和でしたね。
翌年からは、後輩……早川が入って来ましたが、まあ、熱意のある奴でしたね。
「うん。入社式の新入社員の挨拶の時に、犯罪以外なら何でもやります、と勢いよく言い放ったのは伝説になってるからね」
人事課長なんか、腹抱えて笑ってましたからね。
ともかく、そんな奴が浦元の下についたら、色々面倒だなと思っていた矢先、うちの課に配属になってしまいました。それで、先輩方はヒソヒソと、これで一人分かりやすいターゲットができる、というようなことを話していたので、腹が立ちましたね。自分で抵抗なり解決なりをせずに、スケープゴートを用意して安堵しているところに。
なので、新人教育係りを買って出てやりました。少なくとも、警戒されている私の下についていれば、何かに巻き込まれることも無いでしょうし。浦元や先輩方は案の定嫌そうな顔をしましたが、それまでに新規顧客の開拓だとか、既存顧客の案件拡大だとかで実績は作っていたので、反対はされませんでした。
それからは、指導をしつつ、目立ちはしませんが確実にこなせるような仕事を渡していました。
まあ、仕事の飲み込みも早かったし、熱意も人一倍あったので、本来なら早々に一人で色々やらせる方が良いとは思ったんですけどね。ただ、あまり目立った活躍や失敗があると浦元や、私のことをあまり良く思っていない先輩方に、何かされる可能性があるかと考えると、あまり思い切ったことができずにいました。ただ、一年ちょっと経った辺りで、早川は自分でその状況をどうにかしようと、先輩方や他の部門の方にも積極的に関わって、良い関係を築いていったので、後は浦元以外の管理監督者の後ろ盾があれば、良いかなと。
「それで、僕の所に後輩のフォローを頼むという話をしに来たんだね。確かに、早川君にはもっと活躍してもらいたかったから、フォローに回るのは良いんだけど、君一人が悪者になるのは、どうかと思うんだけどね」
まあ、その辺りで丁度悪事を働いていたから、いいんですよ。
月見野部長に早川の子守を引き継いでいただくのと、同じくらいの時期に浦元の方から提案がありました。
複数の顧客の発注責任者から、そこそこの金額の仕事を出す代わりに恨みがある奴らに虫をけしかけて欲しい、という話を持ちかけられていると。
私の素性は、まあ、取り巻きの誰かから聞き出したんでしょうね。最初は断ろうと思ったのですが、あの時分は不景気真っ只中でしたし、課のミーティングで展開される経営数字を見ると、うちの会社もこれ以上仕事が減ったら、存続が危うい状況でしたからね。
「……で、引き受けてしまったんだね」
ええ。早川についてが若干気掛かりでしたが、私に反発している姿を他の職員にも見せていたので、悪事がバレた時にも、加担していたと思われることは無いと判断しました。ただ、顧客達からの依頼を受けるにしても、仲介役は邪魔でしたので、浦元には去っていただくことにしました。
「それで、僕の所に初めて、浦元君のこれまでの所業の報告があったんだよね。俄かには信じられなかったけど、他の子達にも聞いて回ったら事実だった。その後は、管理部門の二人に報告させてもらったよ」
……あの人達が敵に回ること程恐ろしい事は、そうそうないですからね。浦元の自主退職の裏側も、相当恐ろしい事になっていたんでしょう。
「まあ、会社が創業した当時からいらっしゃる最古参だからね……その後、しばらく僕が課長も兼任してたけど、流石に手が回らないからといって、君に課長をお願いした」
流石に、20代で管理監督者になるとは思いませんでしたが、諸々良い機会だと思いましたよ。
ひとまず、先輩方の業務の状況を洗い出して改善点を指摘したら、言い訳がズラズラと出てきた挙句、そこまで言うなら自分でやってみろ、というような言葉まで出てきましたからね。まあ、やってみせましたけど。
そうこうしているうちに、気づいたら部下が早川だけになっていました。
多少ツメが甘い所があったのと、タイミングを逸していたこともあって、大きな案件を任せられずにいましたが、月見野部長が間に入って下さったおかげで、独り立ちさせることができました。
「ただ、一年前の大型案件は違ったんでしょう?」
……口コミっていうのは、中々厄介でしてね。どうもあの顧客の発注責任者が、どこかで私の担当顧客の発注責任者と接触することがあったらしくて、私のことを知ったそうです。それで、顧客に落ち度のない形で担当を私に変えて欲しい、さもないと案件自体を無かったことにする、という依頼を個人的にされました。出世をするにあたり、社内にどうしても邪魔な人間がいるとかで。
その後については、もう充分にご存知でしょう?
早川の名で不備のある見積書を作り、偽装した際の目撃者に危害を加え、顧客には不備のある見積書で騒ぎを起こさせて、クレーム対処という程で顔を出して、そのまま担当を引き継ぎ。ついでに、その顧客の発注責任者からの依頼も完遂しました。ああ、念のため言っておくと、流石に命までは取っていませんよ。
「……ちなみに、その目撃者である三輪さんについては、命を狙っていたの?」
まさか。それならば、虫を使って確実に始末してますよ。
彼女については、顧客に向かう際に、駅の階段で偶然見かけてしまいました。それがなければ、社で何か指摘をされても、ギリギリ言い逃れが出来るくらいの言い訳は用意していたので、それを使おうとも思っていたのですが。
「……なら、危害を加える必要は無かったんじゃないかな?それなのに、最悪の手段を選んでしまった理由は?」
……全て言い訳なので、別に許していただこうとは思いませんが。
あの顧客の発注責任者に、彼女の顔が割れていたんですよ。以前、事務の臨時社員で勤めていて、その時の上司だったそうです。不正ギリギリの指示を受けて、拒否したら契約を切られたとかで、何かと因縁のある相手だったそうです。
「結構詳しいんだね、日神君」
あ、はい。彼女とは書類のやり取りで、頻繁に顔を合わせていたので、世間話だとか趣味の話だとかも結構してましたよ。割と気兼ねなく、何でも話せる仲でしたね。
ともかく、彼女に見積書の偽装がバレて依頼の件が無しになった、ということになって、そのことが依頼主に万が一発覚したら、恐らく彼女に何らかの危害を加えに来るのでは、と危惧しました。
それならば、私の方で必要最低限の口封じをしておこうと。
彼女はどういうわけか、虫を使役する際に使用する呪が効くタイプの人間だったので……目撃した事を忘れる様に強く命じました。しかし、その際に呪が効きすぎてしまったのと、肩がぶつかった衝撃で階段から転落してしまったのは、想定外でした。
それで、下手人が私に代わっただけで、結局は彼女に危害が加わってしまった。
申し訳ないことをしたと思っていますし、許されるべきではないと思っています。
「……という次第ですが、他に何を言い訳いたしましょうか?」
自嘲気味にそう尋ねると、月見野部長は目を伏して首を横に振った。
「それだけ話してくれれば、この件は充分だよ……ただ、三輪さんのことについては、本人がもう気にするな、と言っているんだから必要以上に自分を責めない方が良いんじゃないかな?」
「しかし、依頼を受けてすらいないのに数少ない友人を傷つけてしまったのは事実ですし、何らかの報いを受けるとしても仕方ないと思います」
月見野部長は悲しそうな表情のまま、湯呑みを手にして一口だけ茶を飲んでから、次の話題を切り出した。
「ちなみに、吉田の件についての話は無かったけど……」
「……それには、今の話よりも個人的な話が含まれるので、機会があれば本人に話そうかと思います」
月見野部長は、そうか、と一言呟いてから、伏していた目を開きこちらに視線を向けた。
「じゃあ、今日はこれで失礼しようと思うけど、もう一つ良いかな?」
これ以上何を言い訳すれば良いのかとも思ったが、そんなことをいえる立場じゃないか。
「何でしょうか?」
「それ以前の件はともかく、一年前の一件については、君ならばもっと他にやりようがあったんじゃないかな?呪事の依頼を断りつつ、案件の話を進めさせるような」
確かに、そうなのかもしれない。ただ、あの時はあの方法しか思いつかなかった……まあ、その理由は一つだけだろう。
「本当は羨ましかったんでしょうね、後ろ暗い事を一切せずに、自力で道を切り開いてきた早川のことが。だから、あの方法以外は思いつけなかったし、一時的にもそれが上手く行った時に笑ってしまったんだと思います」
月見野部長は、そうか、とだけ呟いてレコーダーの電源を切ってクラッチバッグにしまうと、ソファーから立ち上がった。
「じゃあ、失礼するよ。あ、そうそう。奥さん泣かせたら、ダメだよ」
穏やかに笑いながらそう言う月見野部長に、こちらも笑みを浮かべて返した。
「そうですね。気をつけます」
……と、言ってお見送りした矢先、書斎で待機していたたまよに声をかけに行くと、床にうずくまり、顔を覆ってさめざめと泣いていた。たまよの足元には、白地に若草色の文字でタイトルが記された本が落ちている。
ダ ン ゴ ム シ の 秘 密
「……たまよ、聞いてくれ、これはお前のためを考えてだな……」
「……酷いですよ正義さん……いくら私がオカダンゴムシだからって、こんなハナダカダンゴムシさんばかりが載っているぐらびあを買うなんて……」
弁解をしようとしたが、たまよは聞く耳を持ってくれない。完全にヘソを曲げられてしまったか……
その後、なんとか誤解を解くことが出来たが、月見野部長との約束をこんなにも早く破ることになるとは思わなかった。
「いきなり、なんでそんなこと言うの!?」
すみません、ちょっとからかってみたくなったので、つい……
「……日神君って、時折変な所で子供っぽいよね……」
……失礼いたしました。それで、まずは何から話しましょうか?
「とりあえずは、浦元君の事じゃ無いかな」
そうですね。
浦元は、私が新卒で入社する少し前に中途で入社して来たと聞きましたが、第一印象は、それなりに人望のある至って一般的な管理職というものでしたね。ただ、ひと月も経たないうちに、違和感を覚えました。同じ課の先輩方が、異常に浦元の機嫌を伺っているように思えたのです。
私の新人教育の担当者だった先輩にそれとなく話を振ってみたところ、浦元課長には逆らわない方が良い、とだけ教えられました。最初は、いまいち意味が分かりませんでしたね。ただ、その少し後の課内会議で、浦元が言い出したあまりにも無計画な根性論を指摘した時に、大体のことは分かりました。
それまでは、穏やかに話していましたが、眉間に皺を寄せて近づいて来て、新人が生意気を言うな、と腹の辺りを強く殴られました。流石に抗議しましたが、浦元は鼻で笑いながら、人事に連絡したり訴えでもしたらお前の家族に何があっても知らない、というようなことを言い出しました。月見野部長は既にご存知かと思いますが、浦元はどうもあまり行儀の良く無い連中と昔から連んでいたらしく、実際に家族に嫌がらせをされた先輩方も居たそうです。
「確か元々非行少年の集団のリーダーで、集団暴行事件を起こしてたんだよね」
らしいですね。いい歳になっても、その時の連中と連んで、色々と悪さをしていたのは驚きですが。
流石に暴行とか傷害はまで無かったようですけど、玄関前に生ゴミを撒かれたりとか、深夜に家の周囲で集団で大声で叫んだりとか細々としたことを証拠が残らないように行っていたそうです。
「お子さんや、奥さまや、ご年配の親御さんなんかを狙っていたという話だから、タチが悪いよね」
全くですね。で、私の時も家族に何が起こるか知らないぞ、みたいな脅迫を受けたので、どうぞ、と返しました。
「……よりにもよって、君の実家に行っちゃったのか」
はい。
後に父に聞いた話だと、何の警戒もせずに嫌がらせを始めたそうです。まあ、表向きは普通の書道教室ですから、警戒も何も無いかもしれませんが……
その後に何が起こったか、詳細は聞いてませんが、おおよその見当はつきます。ちなみに、取り巻きの連中だけで、浦元は居なかったらしいですが。
それからは、他の先輩方には相変わらず横暴な態度ではありましたが、脅迫紛いの台詞は少なくなりましたね。私に対しては、顔を見るのも嫌だったのか、決裁やら報連相やらで関わろうとすると、席を外したり、外出したりでしたね。独学で色々学んではいましたが、流石に新人一人だとどうにもならないこともあったので、月見野部長に相談に乗っていただけた時は助かりましたよ。
「新人一人が浮いているのを見かけたら、放って置くわけにはいかないからね。ただ、その時に浦元君の件をもう少し教えといて欲しかったかな」
申し訳ございません。その時は、自分の業務に支障が出なければ良いと考えていましたし、先輩方に対しては、泣き寝入りしているだけの奴らを助けても、体ロクなことが無い、と思っていましたから。
ともかく、月見野部長のおかげで、業務に支障も出なくなり、浦元からも特にこれと言った嫌がらせも無くなったので、自分の仕事に集中できました。なので、その翌年度までは、なんだかんだで平和でしたね。
翌年からは、後輩……早川が入って来ましたが、まあ、熱意のある奴でしたね。
「うん。入社式の新入社員の挨拶の時に、犯罪以外なら何でもやります、と勢いよく言い放ったのは伝説になってるからね」
人事課長なんか、腹抱えて笑ってましたからね。
ともかく、そんな奴が浦元の下についたら、色々面倒だなと思っていた矢先、うちの課に配属になってしまいました。それで、先輩方はヒソヒソと、これで一人分かりやすいターゲットができる、というようなことを話していたので、腹が立ちましたね。自分で抵抗なり解決なりをせずに、スケープゴートを用意して安堵しているところに。
なので、新人教育係りを買って出てやりました。少なくとも、警戒されている私の下についていれば、何かに巻き込まれることも無いでしょうし。浦元や先輩方は案の定嫌そうな顔をしましたが、それまでに新規顧客の開拓だとか、既存顧客の案件拡大だとかで実績は作っていたので、反対はされませんでした。
それからは、指導をしつつ、目立ちはしませんが確実にこなせるような仕事を渡していました。
まあ、仕事の飲み込みも早かったし、熱意も人一倍あったので、本来なら早々に一人で色々やらせる方が良いとは思ったんですけどね。ただ、あまり目立った活躍や失敗があると浦元や、私のことをあまり良く思っていない先輩方に、何かされる可能性があるかと考えると、あまり思い切ったことができずにいました。ただ、一年ちょっと経った辺りで、早川は自分でその状況をどうにかしようと、先輩方や他の部門の方にも積極的に関わって、良い関係を築いていったので、後は浦元以外の管理監督者の後ろ盾があれば、良いかなと。
「それで、僕の所に後輩のフォローを頼むという話をしに来たんだね。確かに、早川君にはもっと活躍してもらいたかったから、フォローに回るのは良いんだけど、君一人が悪者になるのは、どうかと思うんだけどね」
まあ、その辺りで丁度悪事を働いていたから、いいんですよ。
月見野部長に早川の子守を引き継いでいただくのと、同じくらいの時期に浦元の方から提案がありました。
複数の顧客の発注責任者から、そこそこの金額の仕事を出す代わりに恨みがある奴らに虫をけしかけて欲しい、という話を持ちかけられていると。
私の素性は、まあ、取り巻きの誰かから聞き出したんでしょうね。最初は断ろうと思ったのですが、あの時分は不景気真っ只中でしたし、課のミーティングで展開される経営数字を見ると、うちの会社もこれ以上仕事が減ったら、存続が危うい状況でしたからね。
「……で、引き受けてしまったんだね」
ええ。早川についてが若干気掛かりでしたが、私に反発している姿を他の職員にも見せていたので、悪事がバレた時にも、加担していたと思われることは無いと判断しました。ただ、顧客達からの依頼を受けるにしても、仲介役は邪魔でしたので、浦元には去っていただくことにしました。
「それで、僕の所に初めて、浦元君のこれまでの所業の報告があったんだよね。俄かには信じられなかったけど、他の子達にも聞いて回ったら事実だった。その後は、管理部門の二人に報告させてもらったよ」
……あの人達が敵に回ること程恐ろしい事は、そうそうないですからね。浦元の自主退職の裏側も、相当恐ろしい事になっていたんでしょう。
「まあ、会社が創業した当時からいらっしゃる最古参だからね……その後、しばらく僕が課長も兼任してたけど、流石に手が回らないからといって、君に課長をお願いした」
流石に、20代で管理監督者になるとは思いませんでしたが、諸々良い機会だと思いましたよ。
ひとまず、先輩方の業務の状況を洗い出して改善点を指摘したら、言い訳がズラズラと出てきた挙句、そこまで言うなら自分でやってみろ、というような言葉まで出てきましたからね。まあ、やってみせましたけど。
そうこうしているうちに、気づいたら部下が早川だけになっていました。
多少ツメが甘い所があったのと、タイミングを逸していたこともあって、大きな案件を任せられずにいましたが、月見野部長が間に入って下さったおかげで、独り立ちさせることができました。
「ただ、一年前の大型案件は違ったんでしょう?」
……口コミっていうのは、中々厄介でしてね。どうもあの顧客の発注責任者が、どこかで私の担当顧客の発注責任者と接触することがあったらしくて、私のことを知ったそうです。それで、顧客に落ち度のない形で担当を私に変えて欲しい、さもないと案件自体を無かったことにする、という依頼を個人的にされました。出世をするにあたり、社内にどうしても邪魔な人間がいるとかで。
その後については、もう充分にご存知でしょう?
早川の名で不備のある見積書を作り、偽装した際の目撃者に危害を加え、顧客には不備のある見積書で騒ぎを起こさせて、クレーム対処という程で顔を出して、そのまま担当を引き継ぎ。ついでに、その顧客の発注責任者からの依頼も完遂しました。ああ、念のため言っておくと、流石に命までは取っていませんよ。
「……ちなみに、その目撃者である三輪さんについては、命を狙っていたの?」
まさか。それならば、虫を使って確実に始末してますよ。
彼女については、顧客に向かう際に、駅の階段で偶然見かけてしまいました。それがなければ、社で何か指摘をされても、ギリギリ言い逃れが出来るくらいの言い訳は用意していたので、それを使おうとも思っていたのですが。
「……なら、危害を加える必要は無かったんじゃないかな?それなのに、最悪の手段を選んでしまった理由は?」
……全て言い訳なので、別に許していただこうとは思いませんが。
あの顧客の発注責任者に、彼女の顔が割れていたんですよ。以前、事務の臨時社員で勤めていて、その時の上司だったそうです。不正ギリギリの指示を受けて、拒否したら契約を切られたとかで、何かと因縁のある相手だったそうです。
「結構詳しいんだね、日神君」
あ、はい。彼女とは書類のやり取りで、頻繁に顔を合わせていたので、世間話だとか趣味の話だとかも結構してましたよ。割と気兼ねなく、何でも話せる仲でしたね。
ともかく、彼女に見積書の偽装がバレて依頼の件が無しになった、ということになって、そのことが依頼主に万が一発覚したら、恐らく彼女に何らかの危害を加えに来るのでは、と危惧しました。
それならば、私の方で必要最低限の口封じをしておこうと。
彼女はどういうわけか、虫を使役する際に使用する呪が効くタイプの人間だったので……目撃した事を忘れる様に強く命じました。しかし、その際に呪が効きすぎてしまったのと、肩がぶつかった衝撃で階段から転落してしまったのは、想定外でした。
それで、下手人が私に代わっただけで、結局は彼女に危害が加わってしまった。
申し訳ないことをしたと思っていますし、許されるべきではないと思っています。
「……という次第ですが、他に何を言い訳いたしましょうか?」
自嘲気味にそう尋ねると、月見野部長は目を伏して首を横に振った。
「それだけ話してくれれば、この件は充分だよ……ただ、三輪さんのことについては、本人がもう気にするな、と言っているんだから必要以上に自分を責めない方が良いんじゃないかな?」
「しかし、依頼を受けてすらいないのに数少ない友人を傷つけてしまったのは事実ですし、何らかの報いを受けるとしても仕方ないと思います」
月見野部長は悲しそうな表情のまま、湯呑みを手にして一口だけ茶を飲んでから、次の話題を切り出した。
「ちなみに、吉田の件についての話は無かったけど……」
「……それには、今の話よりも個人的な話が含まれるので、機会があれば本人に話そうかと思います」
月見野部長は、そうか、と一言呟いてから、伏していた目を開きこちらに視線を向けた。
「じゃあ、今日はこれで失礼しようと思うけど、もう一つ良いかな?」
これ以上何を言い訳すれば良いのかとも思ったが、そんなことをいえる立場じゃないか。
「何でしょうか?」
「それ以前の件はともかく、一年前の一件については、君ならばもっと他にやりようがあったんじゃないかな?呪事の依頼を断りつつ、案件の話を進めさせるような」
確かに、そうなのかもしれない。ただ、あの時はあの方法しか思いつかなかった……まあ、その理由は一つだけだろう。
「本当は羨ましかったんでしょうね、後ろ暗い事を一切せずに、自力で道を切り開いてきた早川のことが。だから、あの方法以外は思いつけなかったし、一時的にもそれが上手く行った時に笑ってしまったんだと思います」
月見野部長は、そうか、とだけ呟いてレコーダーの電源を切ってクラッチバッグにしまうと、ソファーから立ち上がった。
「じゃあ、失礼するよ。あ、そうそう。奥さん泣かせたら、ダメだよ」
穏やかに笑いながらそう言う月見野部長に、こちらも笑みを浮かべて返した。
「そうですね。気をつけます」
……と、言ってお見送りした矢先、書斎で待機していたたまよに声をかけに行くと、床にうずくまり、顔を覆ってさめざめと泣いていた。たまよの足元には、白地に若草色の文字でタイトルが記された本が落ちている。
ダ ン ゴ ム シ の 秘 密
「……たまよ、聞いてくれ、これはお前のためを考えてだな……」
「……酷いですよ正義さん……いくら私がオカダンゴムシだからって、こんなハナダカダンゴムシさんばかりが載っているぐらびあを買うなんて……」
弁解をしようとしたが、たまよは聞く耳を持ってくれない。完全にヘソを曲げられてしまったか……
その後、なんとか誤解を解くことが出来たが、月見野部長との約束をこんなにも早く破ることになるとは思わなかった。
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