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二十三

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 朝食の片付けが終わったキッチンで、メンソールの煙を吐き出した。
 煙は窓から差し込む光を受けながら、換気扇に吸い込まれていく。

 少し前に、仕事の合間を縫って手続きを進めていた、三島との示談が成立した。
 実刑を望まなかったのは、我ながら甘い対応だとも思う。それでも、ある程度の慰謝料と、接近禁止の命令が出ることになったんだし、充分だろう。それに、椿に対して一切の訴えを起こさない、という条件も飲ませることができたんだから。

「川上さん」

 振り返ると、セーラー服を着た椿が鞄を肩にかけ立っていた。

「ああ、今日から学校だっけ」

「はい」

「まだ、出かけるには少し早いんじゃない?」

「いえ、月初めは電車が遅れることもあるので」

「そう」

 ……色々と忙しくて手をつられなかったけれど、もう少し学校に近いところへ引っ越したほうがいいのかもしれない。

「あの、今日は午前中で授業が終わるので、帰りに夕食の買い物をしてこようかと思うのですが、なにか食べたいものはありますか?」

「そうだね……、今日はなんでもいいかな……」

「分かりました。なら、ゆで玉子のみにしましょうか」

「さすがに、それは勘弁してもらえると嬉しいかな……」

「ふふふ、冗談ですよ」

 端正な顔に、年相応の笑顔が浮かぶ。

「なら、お店についてから決めることにします。もしも、食べたいものが思いついたら、連絡くださいね」

「分かった、そうするよ。ありがとう」

「いえいえ。それでは、いってきますね」

「うん、いってらっしゃい」

 軽く頭を下げて、椿は部屋を出ていった。
 
 結局、椿との関係は、なんと呼ぶべきか分からないもののままだ。
 家事を交代で担当しながら、簡単な会話を交わし、ときにはどこかに出かけ、別々の部屋で眠る。
 三島が友人のままだったら、「カワカミになんのメリットがあるの?」、なんて聞かれそうな生活だ。
 それでも……。

 
 部屋の隅に置いた、骨壺が目に入る。

 タバコをもみ消し換気扇を止めて、部屋の隅に足を進めた。あの夜のせいで白い包みは灰色に汚れている。ただし、幸いなことに壺自体に損傷はない。
 
 それに――
 
「おはよう、真由子。椿は、今日から学校だって」

 ――中にいる、彼女自身にも。

 フタを開けると、中には白いタイルのようなものが、ぎっしりと詰まっている。

 正直なところ、これが真由子だという実感は、あんまり持てない。
 それでも、毎朝こうやって顔を合わせていれば、椿に彼女の顔が浮かぶことも二度とないだろう。

「……私も今日は出勤だから、もう少ししたら出かけるよ」

「……」

 当然、話しかけても返事はない。
 
 彼女と会えたのは、入院した日の夢が最後だった。
 それから先は、今まで何度も苦しめられた別れの日の悪夢すら見ていない。
 ハッキリとした根拠はないけれど、彼女とはもう二度と、夢で会うことすらできないんだろう。
 
 でも、別にそれで構わない。
 私が今しなきゃいけないのは、椿が一人で生きていけるようになるまで、この名称不明の関係を続けることなんだから。
 
「……それじゃあね。全部が終わったら、必ず会いにいくから」
 
「……」

 どんな言葉をなげかけても、相変わらず返事はない。

 朝の光が満ちたリビングには、ただ秒針の音だけが響いていた。
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