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 一夜が明けてリビングに移動すると、白いポロシャツを着て紺色のスカートをはいた椿が朝食の用意をしていた。そして朝食が終わると、椿はいつものように手際よく片付けを済ませ、テーブルに問題集や参考書を広げて勉強を始めた。
 特段することもなかったから、スマートフォンをいじりながら時折様子を見ているけれど、いつも通り表情を変えずに黙々と勉強を続けているだけだ。
 ……こうしていいると、勉強以外に興味がないように見える。

 それでも、昨日は映画を楽しんでいたし、ひょっとしたら無理をしているのかもしれない。いや、そんなこと私が心配する必要はないのかもしれないけれども……。

 ――ブー

 突然、スマートフォンが短く震えた。
 画面には、三島からのメッセージが表示されている。

「おはよう! 昨日の埋め合わせ、私は別に今日でもいいよ! 仕事もしばらく夏休みだから!」

 ……夏休み、か。私は明日も仕事なのに、相変わらず一方的なやつだ。
 ひとまず、通知画面からなら既読マークはつかないし、忙しくて気づかなかったことにしておこう。

 画面から視線を反らすと、真由子の骨壺が目に入った。
 
 ……真由子と恋人として過ごした夏休みは、結局一回だけだった。勉強やアルバイトの合間を縫って、結構な頻度で出かけてはいた。本当に楽しみにしていたところには、結局行けなかったけれど。

 真っ青な空。
 一面に咲くひまわり。
 その中で笑う彼女。

 本当なら、それが夏の一番の思い出になるはずだった。
 それなのに、実際に記憶にこびりついている夏は……。
 
 暗雲。
 豪雨。
 稲光。
 泣きじゃくりながら、私を罵倒する彼女。

 こんな思い出、欲しくはなかったのに……。

 気がつくと、部屋の隅に置いた骨壺を眺めていた。
 ……過ぎたことを嘆いていても、時間を無駄に費やすだけか。

 骨壺から目を反らすと、椿の姿が目に入った。相変わらず、無表情に勉強をしている。

 しばらく眺めていると、椿はこちらの視線に気づき、顔を上げて軽く首を傾げた。

「……なにか?」

 改めてよく見ると、顔の作りはやっぱりよく似ている。
 それでも、どこかあの男を彷彿とさせるのは……、飾り気のない服装をしているからだろうか?
 あの男もほぼ毎日、白いシャツに紺色のズボンをはいていたから。

「あの……、川上さん?」

「……今日、服でも買いにいかない?」

 昨日に引き続き、自分でも予想していなかった言葉が口からこぼれた。当然、椿も怪訝そうに眉を寄せている。

「なぜ、ですか?」

「それは……」

 目を反らすと、真由子の骨壺が目に入った。

 真由子の面影を持った君が、あの男を思い出させる格好をしているのに、耐えられなくなった。

 そんな正直な理由を口にしても、さらに困惑させるだけだろう。

「……ここのところ家事を担当してもらって助かっているから、そのお礼に服でプレゼントしようかと」

「そうですか」

「ああ。ひょっとして、余計なお世話だった?」

「いえ、決してそんなことは……」

「そう。なら、昼食の後にでも出かけよう」

「……分かりました。ありがとうございます」

 椿は神妙な面持ちで、深々と頭を下げた。
 我ながら苦しい言い訳だったけれど、納得はしてくれたようだ。
 
 それから、椿は問題集に顔を向け、勉強を再開した。これ以上じっと見つめるのも悪いな。
 
 視線を外すと、何も言わない真由子の骨壺があった。
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