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立花ゆかりと私
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今日も手土産を持って、友人の家を訪れた。でも、いくらインターホンを押しても、返事がない。
「ゆかり、勝手に入るよ?」
「……」
本名を呼んだのに、インターホンからはなんの反応もない。
……あまり良い予感はしないけど、気のせいということにしよう。ほら、インターホンの音が聞こえないくらい、旦那さんと話し込んでるのかもしれないし。
鍵のかかっていない扉を開け、旦那さんとのツーショット写真と花と食虫植物が飾られた玄関を上がる。そうすると、リビングの方から、何かザワザワとした音が聞こえていた。
ゆかりと旦那さんの話し声ならいいんだけど――
「お邪魔します」
「今年も、多くの人々が『光の内側』から帰ってきました!」
「お父さん! 会いたかった!」
「あなた……良かった……」
「お母さん! お帰りなさい!」
「本当に良かった……もう一度、会えるなんて……」
――聞こえていたのは、テレビの音声だった。
ゆかりは、薄暗い部屋で照明もつけずに、テレビの目の前に座り、画面を眺めていた。
いつもお茶をするテーブルの上には、スマートフォンが伏せて置かれている。
「……ああ、真由美か。すまないね、返事ができなくて」
ゆかりは、こちらに振り返ることなく謝った。
その口調は、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」のものだった。
「本日『光の内側』から帰ってきた方々の一覧表については、下記のホームページに掲載されています。また、個人番号が分かる場合は、下記の電話番号でも確認ができます」
テレビの中には、笑顔を浮かべるアナウンサーとホームページのアドレスと電話番号が映っている。
それなのに、ゆかりはスマートフォンを手に取ろうとすらしない。
「ゆかり……」
……確認しなくて良いの?
そんな無神経な質問を思わずしてしまいそうになった。
聞かなくても、答えはもう決まっている。
だって、帰ってきた人たちについてのニュースは、早朝から流れているんだから。
それに――
「ははは、真由美、何度も言っているだろう? 私は『華麗なる萬★ジョン次郎先生』だって」
――ゆかりがまだ、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」でいるのだから。
「……そっか」
「ああ、そうだとも! ご好評につき、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」の営業は、またしても一年延長となりました!」
いつもの調子で、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」はそう言い放つ。
「……そう」
「ふふふ、人気者というのは、中々に大変だね」
その声は、いつも通りのんきで……
「そうだね……」
「おや? 真由美、どうしたんだい? また一年、この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』の面白楽しい作品が無料で読めるというのに、ずいぶんと悲しそうな声をしているではないか!」
いつも通り、楽しげで……
「そうかな……」
「そうだとも! 何か辛いことがあったのならば、いつだってこの『華麗なる萬★ジョン次郎先生』の胸で泣いていいんだぞ!」
……本当に、いつも通りの「華麗なる萬★ジョン次郎先生」だった。
それに、無性に腹が立った。
だから――
「しかし、ご安心ください! 本日帰ってこられなかった方々も、『光の内――」
「……泣いているのは、アンタの方じゃない」
――テレビの電源を切って、真っ黒い画面に映る泣き顔を見てやった。
「……ははは、真由美、人の家のテレビを勝手にいじるものではないよ」
それでも、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は涙を流しながら、楽しげな笑顔を浮かべている。
本当に、腹が立つ。
「あのさ、ゆかり。私は泣いている親友に胸も貸さないような、薄情な奴だと思われてるわけ?」
そう言いながら近づいて顔を覗き込んでやると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は肩を震わせた。
「いや……決してそういうわけでは……」
「なら、さっさと、しがみついて泣きなさいよ」
「しかし……この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』が弱音を吐くわけには……」
「ああ! もう! グズグズ言わない! 今日は『華麗なる萬★ジョン次郎』は休業! 良いわね!」
そう言いながら抱きしめると、胸元から鼻をすする音が聞こえた。
「……ごめんね、真由美」
それから、ようやくゆかりの言葉も聞こえた。
「別に、どうせ安物の服なんだから、鼻水がついたってどうってことないわよ」
「そっか、ゴメンね……」
「だから、謝らなくていいってば」
「うん……あのさ、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』が休業なら、少し弱音を吐いていい?」
「うん。それでゆかりが少しでも楽になるなら、そうしな」
「……今年こそは、帰ってきてくれると信じていたんだ」
「そっか……」
「私はいつまで、あのあの人が見てくれているかどうかも分からない小説を書き続けないといけないのかなぁ……」
「……きっと、来年こそはけりがつくよ」
「……ありがとう。でもね、ちょっとだけ、辛くなったんだ……」
「……そう。なら、もう『華麗なる萬★ジョン次郎先生』は廃業する?」
問いかけると、ゆかりは胸に押しつけていた顔を横に振った。
「ううん、もうちょっとだけ、続けてみようと思う。あの人が見てくれている可能性も、ゼロじゃないはずだから」
「うん、そうだね」
「だから……今はもう少しだけ、泣いててもいい……?」
「だから、最初から泣いとけって言ってるでしょ」
「うん……そう、だったね……」
それから、泣き続けるゆかりをずっと抱きしめていた。
「皆様! 今日も一日、健やかに日常を過ごしましょう!」
不意に、時報代わりの町内放送が喚きだした。
親友を悲しませる「日常」を望む奴らなんて、全員滅んでしまえば良いのに。
「ゆかり、勝手に入るよ?」
「……」
本名を呼んだのに、インターホンからはなんの反応もない。
……あまり良い予感はしないけど、気のせいということにしよう。ほら、インターホンの音が聞こえないくらい、旦那さんと話し込んでるのかもしれないし。
鍵のかかっていない扉を開け、旦那さんとのツーショット写真と花と食虫植物が飾られた玄関を上がる。そうすると、リビングの方から、何かザワザワとした音が聞こえていた。
ゆかりと旦那さんの話し声ならいいんだけど――
「お邪魔します」
「今年も、多くの人々が『光の内側』から帰ってきました!」
「お父さん! 会いたかった!」
「あなた……良かった……」
「お母さん! お帰りなさい!」
「本当に良かった……もう一度、会えるなんて……」
――聞こえていたのは、テレビの音声だった。
ゆかりは、薄暗い部屋で照明もつけずに、テレビの目の前に座り、画面を眺めていた。
いつもお茶をするテーブルの上には、スマートフォンが伏せて置かれている。
「……ああ、真由美か。すまないね、返事ができなくて」
ゆかりは、こちらに振り返ることなく謝った。
その口調は、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」のものだった。
「本日『光の内側』から帰ってきた方々の一覧表については、下記のホームページに掲載されています。また、個人番号が分かる場合は、下記の電話番号でも確認ができます」
テレビの中には、笑顔を浮かべるアナウンサーとホームページのアドレスと電話番号が映っている。
それなのに、ゆかりはスマートフォンを手に取ろうとすらしない。
「ゆかり……」
……確認しなくて良いの?
そんな無神経な質問を思わずしてしまいそうになった。
聞かなくても、答えはもう決まっている。
だって、帰ってきた人たちについてのニュースは、早朝から流れているんだから。
それに――
「ははは、真由美、何度も言っているだろう? 私は『華麗なる萬★ジョン次郎先生』だって」
――ゆかりがまだ、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」でいるのだから。
「……そっか」
「ああ、そうだとも! ご好評につき、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」の営業は、またしても一年延長となりました!」
いつもの調子で、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」はそう言い放つ。
「……そう」
「ふふふ、人気者というのは、中々に大変だね」
その声は、いつも通りのんきで……
「そうだね……」
「おや? 真由美、どうしたんだい? また一年、この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』の面白楽しい作品が無料で読めるというのに、ずいぶんと悲しそうな声をしているではないか!」
いつも通り、楽しげで……
「そうかな……」
「そうだとも! 何か辛いことがあったのならば、いつだってこの『華麗なる萬★ジョン次郎先生』の胸で泣いていいんだぞ!」
……本当に、いつも通りの「華麗なる萬★ジョン次郎先生」だった。
それに、無性に腹が立った。
だから――
「しかし、ご安心ください! 本日帰ってこられなかった方々も、『光の内――」
「……泣いているのは、アンタの方じゃない」
――テレビの電源を切って、真っ黒い画面に映る泣き顔を見てやった。
「……ははは、真由美、人の家のテレビを勝手にいじるものではないよ」
それでも、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は涙を流しながら、楽しげな笑顔を浮かべている。
本当に、腹が立つ。
「あのさ、ゆかり。私は泣いている親友に胸も貸さないような、薄情な奴だと思われてるわけ?」
そう言いながら近づいて顔を覗き込んでやると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は肩を震わせた。
「いや……決してそういうわけでは……」
「なら、さっさと、しがみついて泣きなさいよ」
「しかし……この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』が弱音を吐くわけには……」
「ああ! もう! グズグズ言わない! 今日は『華麗なる萬★ジョン次郎』は休業! 良いわね!」
そう言いながら抱きしめると、胸元から鼻をすする音が聞こえた。
「……ごめんね、真由美」
それから、ようやくゆかりの言葉も聞こえた。
「別に、どうせ安物の服なんだから、鼻水がついたってどうってことないわよ」
「そっか、ゴメンね……」
「だから、謝らなくていいってば」
「うん……あのさ、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』が休業なら、少し弱音を吐いていい?」
「うん。それでゆかりが少しでも楽になるなら、そうしな」
「……今年こそは、帰ってきてくれると信じていたんだ」
「そっか……」
「私はいつまで、あのあの人が見てくれているかどうかも分からない小説を書き続けないといけないのかなぁ……」
「……きっと、来年こそはけりがつくよ」
「……ありがとう。でもね、ちょっとだけ、辛くなったんだ……」
「……そう。なら、もう『華麗なる萬★ジョン次郎先生』は廃業する?」
問いかけると、ゆかりは胸に押しつけていた顔を横に振った。
「ううん、もうちょっとだけ、続けてみようと思う。あの人が見てくれている可能性も、ゼロじゃないはずだから」
「うん、そうだね」
「だから……今はもう少しだけ、泣いててもいい……?」
「だから、最初から泣いとけって言ってるでしょ」
「うん……そう、だったね……」
それから、泣き続けるゆかりをずっと抱きしめていた。
「皆様! 今日も一日、健やかに日常を過ごしましょう!」
不意に、時報代わりの町内放送が喚きだした。
親友を悲しませる「日常」を望む奴らなんて、全員滅んでしまえば良いのに。
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