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「華麗なる萬★ジョン次郎先生」とホラー
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なんだかんだで、今日も手土産を片手に友人の家を訪ねた。
そして、インターホンでいつもの会話をして、花と写真が飾られた玄関を上がり、二階の部屋の前へ辿り着く。
「『華麗なる萬★ジョン次郎先生』、お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
ふざけた名前を呼びかけながら扉をノックすると、いつものように偉そうな返事が来る――
「うむ、入ってきて、くれたまえ……」
――はずだった。
返事はいつも通りだったけれど、声がこれでもかと言うほどしょげている。
扉を開けると、薄幸そうな未亡人ぽい見た目の友人、立花ゆかり、またの名を自称Web小説家の「華麗なる萬★ジョン次郎先生」が、こちらに顔を向けながら机に頭を預けていた。
「……一体、何があったの?」
「ああ、ご覧のとおり、久しぶりに本格的に落ち込んでいてね……」
「え!? 大丈夫なの!?」
「すまない、真由美、今回ばかりは全く駄目なようだ。『華麗なる萬★ジョン次郎先生』ってば、大ショックだから……」
「あ、うん。とりあえず、そこまで心配しなくても大丈夫みたいだね」
私の言葉に、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は不服そうな表情を浮かべて、机から身を起こした。
「もう少しくらい、心配してくれても良いではないか」
「人に心配をねだれるくらいなら、そこまで深刻じゃないでしょ。でも、まあ、一体何があったかは聞いておきましょうか」
「それはどうも」
「ほらほら、むくれないでよ! それで、やっぱりWeb小説関連で何かあったの?」
「ああ、そうなんだ……」
深いため息と共に、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は力なくうな垂れた。
「私はな、数ある小説のジャンルの中でも、ホラーが一番好きなんだ」
「あー、そういえば、高校のころからホラー系の小説とかマンガとか映画が好きだったもんね」
「ああ、そうだ。たとえ、ホラー小説を読んだり書いたりする奴は極悪人だ、と罵られようとも、ホラーを愛しているのだよ」
「え? そんなこと言ってくる人がいるの?」
「あ、いや、そこまでではなかったのだが、短編ホラーを投降したら、『信じられない』、『なんでホラーなんか書けるの!?』、というメッセージを立て続けに送ってきてくれた人がいて……」
「ああ、それでへこんでたのか」
「いや、そういうわけじゃないんだ」
「え? 違うの?」
「ああ。その方、『いっけなーい『華麗なる萬★ジョン次郎先生』ったら、またホラー書いちゃった! てへっ★メンゴメンゴ!』、と返信して以降、メッセージをくれなくなったから」
「アンタのそのメンタルの強さは、たまに羨ましくなるわ……」
「ふふふ、この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』のことは、どんどん見習ってくれていいのだよ」
「あー、そうですねー」
「なんだか返事に気持ちがこもってない気がするのは、気のせいだろうか?」
「気のせい、気のせい。それじゃあ、結局なんでへこんでるの?」
「それがだな……とある小説投稿サイトでは、作品を投稿してる人が非公式のコンテストを開けるんだよ」
「へー、そうなんだ」
「ああ、そうだ。そこで、『怪・文・書! あつまれ今日も元気な仲間!』というコンテストを開こうとしたら、運営さんに『ふざけたことをするとぶん殴りますわよ』というような警告をくらってしまって……」
「うん。運営してる方々も、そんな往年の子供番組のオープニングみたいなノリで怪文書を集められたら、ぶん殴りたくもなると思うよ」
私の言葉に、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は深いため息を吐いた。
「そうかぁ……、一応、『実在する特定の個人や企業を誹謗中傷する目的の文書は禁止します』という注意書きをつけたんだがなぁ……」
「それでも、リスクが高すぎるでしょうよ……それで、なんで怪文書コンテストなんて開催しようと思ったの?」
「うむ、話は長くなるんだが、最近のホラー小説ってさ、Webも紙媒体もエンターテイメント性が高い物が多いんだよ」
「エンターテイメント性が高い?」
「ああ。『悪人たちを懲らしめる復讐系の話』だとか、『多少のグロテスクな表現はあるけど、主人公たちが悪霊を打ち払って終わる系の話』だとか、『多少のグロテスクな表現はあるけれど、本質的には美男美女の活躍を描いたミステリー系の話』だとか」
「あ、うん。ホラー苦手だけど、そういう話なら私も読みたいかも」
「やっぱり、そうだよな……。人気だから数が増えるのは分かるし、私もそういう話が嫌いってわけじゃないんだ。でも、もっとこう、得体の知れない恐怖、みたいな物が最初から最後まで溢れてる話の方が、私は好きなんだよ。最近、めっきり減ってきたけど」
「あー、そういえば、高校のころ読んでた本も、そんな感じのが多かったよね」
「ああ、そうだ。だからな、長年愛したそういう感じのホラーを集めようとしたんだが、私が求めている話を事細かに説明すると、コンテスト概要がとんでもなく長くなると思い……」
「ふざけたタイトルのコンテストを開催することに、になったわけか」
「ああ、まったくもってそのとおりだ」
そう言うと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は回転椅子を回して、窓に顔を向けた。窓の外には、無数のアドバルーンが浮かんだ鮮やかな緑色の空が広がっている。
「まあ、『あの日』以降、現実の方が得体の知れない恐怖で溢れちゃってるんだけどね。望んでもいないのに……」
ゆかりはそう言うと、深いため息を吐いた。
……うん。いくらホラー作品が好きだからといって、ゆかりが今の状況を望んでいたはずはない。
「……それなら、ショートケーキという定番の美味しいケーキを食べて、得体の知れない現実を乗り切ることにしませんこと?」
おどけて声をかけると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は勢いよく椅子を回して、立ち上がった。
「それなら、望むところだよ! 待っていてくれ、今から特級品のバタフライピー茶を淹れようじゃないか!」
そう言うと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は足取り軽く部屋を出ていった。
結局得体の知れない物を口にすることになったけれど、楽しそうだからよしとしようかな。
そして、インターホンでいつもの会話をして、花と写真が飾られた玄関を上がり、二階の部屋の前へ辿り着く。
「『華麗なる萬★ジョン次郎先生』、お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
ふざけた名前を呼びかけながら扉をノックすると、いつものように偉そうな返事が来る――
「うむ、入ってきて、くれたまえ……」
――はずだった。
返事はいつも通りだったけれど、声がこれでもかと言うほどしょげている。
扉を開けると、薄幸そうな未亡人ぽい見た目の友人、立花ゆかり、またの名を自称Web小説家の「華麗なる萬★ジョン次郎先生」が、こちらに顔を向けながら机に頭を預けていた。
「……一体、何があったの?」
「ああ、ご覧のとおり、久しぶりに本格的に落ち込んでいてね……」
「え!? 大丈夫なの!?」
「すまない、真由美、今回ばかりは全く駄目なようだ。『華麗なる萬★ジョン次郎先生』ってば、大ショックだから……」
「あ、うん。とりあえず、そこまで心配しなくても大丈夫みたいだね」
私の言葉に、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は不服そうな表情を浮かべて、机から身を起こした。
「もう少しくらい、心配してくれても良いではないか」
「人に心配をねだれるくらいなら、そこまで深刻じゃないでしょ。でも、まあ、一体何があったかは聞いておきましょうか」
「それはどうも」
「ほらほら、むくれないでよ! それで、やっぱりWeb小説関連で何かあったの?」
「ああ、そうなんだ……」
深いため息と共に、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は力なくうな垂れた。
「私はな、数ある小説のジャンルの中でも、ホラーが一番好きなんだ」
「あー、そういえば、高校のころからホラー系の小説とかマンガとか映画が好きだったもんね」
「ああ、そうだ。たとえ、ホラー小説を読んだり書いたりする奴は極悪人だ、と罵られようとも、ホラーを愛しているのだよ」
「え? そんなこと言ってくる人がいるの?」
「あ、いや、そこまでではなかったのだが、短編ホラーを投降したら、『信じられない』、『なんでホラーなんか書けるの!?』、というメッセージを立て続けに送ってきてくれた人がいて……」
「ああ、それでへこんでたのか」
「いや、そういうわけじゃないんだ」
「え? 違うの?」
「ああ。その方、『いっけなーい『華麗なる萬★ジョン次郎先生』ったら、またホラー書いちゃった! てへっ★メンゴメンゴ!』、と返信して以降、メッセージをくれなくなったから」
「アンタのそのメンタルの強さは、たまに羨ましくなるわ……」
「ふふふ、この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』のことは、どんどん見習ってくれていいのだよ」
「あー、そうですねー」
「なんだか返事に気持ちがこもってない気がするのは、気のせいだろうか?」
「気のせい、気のせい。それじゃあ、結局なんでへこんでるの?」
「それがだな……とある小説投稿サイトでは、作品を投稿してる人が非公式のコンテストを開けるんだよ」
「へー、そうなんだ」
「ああ、そうだ。そこで、『怪・文・書! あつまれ今日も元気な仲間!』というコンテストを開こうとしたら、運営さんに『ふざけたことをするとぶん殴りますわよ』というような警告をくらってしまって……」
「うん。運営してる方々も、そんな往年の子供番組のオープニングみたいなノリで怪文書を集められたら、ぶん殴りたくもなると思うよ」
私の言葉に、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は深いため息を吐いた。
「そうかぁ……、一応、『実在する特定の個人や企業を誹謗中傷する目的の文書は禁止します』という注意書きをつけたんだがなぁ……」
「それでも、リスクが高すぎるでしょうよ……それで、なんで怪文書コンテストなんて開催しようと思ったの?」
「うむ、話は長くなるんだが、最近のホラー小説ってさ、Webも紙媒体もエンターテイメント性が高い物が多いんだよ」
「エンターテイメント性が高い?」
「ああ。『悪人たちを懲らしめる復讐系の話』だとか、『多少のグロテスクな表現はあるけど、主人公たちが悪霊を打ち払って終わる系の話』だとか、『多少のグロテスクな表現はあるけれど、本質的には美男美女の活躍を描いたミステリー系の話』だとか」
「あ、うん。ホラー苦手だけど、そういう話なら私も読みたいかも」
「やっぱり、そうだよな……。人気だから数が増えるのは分かるし、私もそういう話が嫌いってわけじゃないんだ。でも、もっとこう、得体の知れない恐怖、みたいな物が最初から最後まで溢れてる話の方が、私は好きなんだよ。最近、めっきり減ってきたけど」
「あー、そういえば、高校のころ読んでた本も、そんな感じのが多かったよね」
「ああ、そうだ。だからな、長年愛したそういう感じのホラーを集めようとしたんだが、私が求めている話を事細かに説明すると、コンテスト概要がとんでもなく長くなると思い……」
「ふざけたタイトルのコンテストを開催することに、になったわけか」
「ああ、まったくもってそのとおりだ」
そう言うと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は回転椅子を回して、窓に顔を向けた。窓の外には、無数のアドバルーンが浮かんだ鮮やかな緑色の空が広がっている。
「まあ、『あの日』以降、現実の方が得体の知れない恐怖で溢れちゃってるんだけどね。望んでもいないのに……」
ゆかりはそう言うと、深いため息を吐いた。
……うん。いくらホラー作品が好きだからといって、ゆかりが今の状況を望んでいたはずはない。
「……それなら、ショートケーキという定番の美味しいケーキを食べて、得体の知れない現実を乗り切ることにしませんこと?」
おどけて声をかけると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は勢いよく椅子を回して、立ち上がった。
「それなら、望むところだよ! 待っていてくれ、今から特級品のバタフライピー茶を淹れようじゃないか!」
そう言うと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は足取り軽く部屋を出ていった。
結局得体の知れない物を口にすることになったけれど、楽しそうだからよしとしようかな。
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