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「華麗なる萬★ジョン次郎先生」と宣伝
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今日も飽きることなく、手土産を片手に友人の家を訪ねた。
そして、インターホンでお決まりの会話をして、花と写真が飾られた玄関を上がり、二階の部屋の前に辿り着く。
「『華麗なる萬★ジョン次郎先生』、お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
「うむ、入ってくれたまえ」
今日もまたふざけた名前を呼びかけ、偉そうな返事を受けてから部屋に入る。部屋の中では、薄幸そうな未亡人っぽい見た目の女性がノートパソコンを覗き込んでいた。
コイツこそが私の高校時代からの友人、立花ゆかり、もとい、自称Web小説家の「華麗なる萬★ジョン次郎先生」だ。
「やあ、真由美、調子はどうだい?」
そんな「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は、回転椅子を回して、こちらに笑顔を向けた。
「まあ、ボチボチだね。それよりも、そっちの方は?」
「ふふふ、オブスキューティーな中にリメインといった感じだね」
「つまり、相変わらずくすぶっていると」
「まあ、そういうことだね」
いつものごとく、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」はのんきな口調で答えた。閲覧者数を増やしたいと言っているのにそれで良いのかとも思うけれど、先週みたいに落ち込んでいるよりはマシか。
あれ? そういえば……
「真由美、どうしたんだい? キジが散弾銃くらったような顔をして」
「そんな凄まじい表情はしてない!」
「ははは、そうだったか。すまない、すまない」
「まったくもう……。ともかく、ちょっと気になったんだけど、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』は、SNSをしてるんだよね?」
「ああ! それはもう、今日は買い物途中にどんぐりを見つけただとか、今日は通勤中に松ぼっくりを見つけただとか、日々様々なことを呟いているぞ!」
「なんでそんなリスとかが喜びそうなことばかり呟いてるのよ……、そうじゃなくて、もっと、こう、作品の宣伝とかはしないの?」
「ふむ、宣伝か……」
そう言うと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は腕を組んで、ふんぞり返った。
「まあ、作品を更新したり、新作を公開したりしたときは、一応その旨を呟いているよ」
「ふーん。ならさ、そんな感じでもっといっぱい宣伝すれば、閲覧者数も増えるんじゃないの?」
問いかけると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」はなぜか勝ち誇ったような表情を浮かべた。
「ふっふっふ、真由美君、SNSで効果的に宣伝するには、『こんなに沢山の人が読んでいます!』というような閲覧数が必要なのだよ。この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』の作品に、そんな閲覧数がついているとでも?」
……なんて悲しいことを威張っているんだお前は。
なんて、ツッコミは、やめておいてあげるか。
「うん。なんか、ごめんね……」
「気にするな! まあ、あとは、『こんなに有名な先生に絶賛されました!』、が有効だ。しかし、この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』には作品を絶賛してくれるほど親密な有名作家の知り合いは、いないからなぁ……」
「まあ、そんな人とは中々知り合いになれないよね」
「ああ。それに、よくよく考えてみれば、この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』には、真由美以外の友人すらいないしな」
「うん、そのへんについては、もうちょっと交友関係を広げた方が良いと思うよ」
「ふむ、そうか、真由美がそう言うなら善処してみよう。まあ、ともかくそんな感じで、あまり効果的な宣伝はできていないのが実情かな」
「中々難しいもんなんだね」
「そうだな。それでも、アクセス解析というのをしてみると、いつもの宣伝で興味を持って見に来てくれるって人も、ゼロではないようなのだよ」
「へー、そうなんだ。なら、そういう人が積み重なって、いつか閲覧者数が宣伝に使えるくらいになるといいね」
私の言葉に、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は顔をしかめて、うーん、と唸った。
「なによ、せっかく励ましたのに、何か不満なの?」
「ああ、すまない! 決して、不満なわけではないのだよ!」
「じゃあ、なんでそんなバニラエッセンスを舐めちゃったような顔してるのよ?」
「それはずいぶんと苦い顔をしてしまったみたいだね。ともかく、自分で言っておいてなんだが、閲覧者数を宣伝文句にするのは、危険な側面もあるんだよ」
「え、危険?」
「ああ。たとえば、『閲覧数をひけらかして楽しいですか?』とか、『その程度の閲覧数で自慢して恥ずかしくないんですか?』とか、そのへんの否定的なコメントが届いたり……」
「あー……、そういうことも、あるのか……」
「悲しいかな、そういうこともあるのだよ。ちなみに、有名作家さんからの評価を宣伝に使った場合、『でも僕(または私)はつまらないと思いました』とか、『コネでごり押しですね』とかそんな感じのコメントが……」
「まあ、そういうこと言う人は、どこの世界にもいるよね……」
「まあ、そうだよなぁ……」
深いため息を吐いてから、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は回転椅子を回して、窓に顔を向けた。窓の外では、雲一つない青空の中、大量のアドバルーンが揺れている。
「いちいち腹を立てるよりも、『まだこんなにも沢山の人が、Web小説を読めているんだ』、だとか、『褒められたら宣伝になるくらい有名な作家さんが、まだ健在なんだ』、って喜んだ方がいいような気がするんだけどね、私は」
ゆかりはそう言うと、再び深いため息を吐いた。
ゆかりにとって、「あの日」を超えても残っているものは、とてもかけがえのないのもなんだろう。
「……じゃあ、私たちは今から、駅前商店街の美味しい老舗パン屋さんがまだ残ってたことを喜ぶことにしない? 今日の手土産は趣向を変えて、ベーコンエピだよ」
声をかけると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は勢いよく回転椅子を回してこちらを向いた。
「そうか! それはありがたい! それでは、本日は特級品の麦酒を用意しよう!」
「え!? こんな昼間から飲むの?」
「ははは! 良いではないか! 私も真由美も、今日と明日は休日なんだから!」
そう言いながら、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は意気揚々と部屋を出ていった。
まあ、少しだけ後ろめたさはあるけど、昼間からアルコールを出すほど心弾んでもらえたなら、なによりかな。
そして、インターホンでお決まりの会話をして、花と写真が飾られた玄関を上がり、二階の部屋の前に辿り着く。
「『華麗なる萬★ジョン次郎先生』、お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
「うむ、入ってくれたまえ」
今日もまたふざけた名前を呼びかけ、偉そうな返事を受けてから部屋に入る。部屋の中では、薄幸そうな未亡人っぽい見た目の女性がノートパソコンを覗き込んでいた。
コイツこそが私の高校時代からの友人、立花ゆかり、もとい、自称Web小説家の「華麗なる萬★ジョン次郎先生」だ。
「やあ、真由美、調子はどうだい?」
そんな「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は、回転椅子を回して、こちらに笑顔を向けた。
「まあ、ボチボチだね。それよりも、そっちの方は?」
「ふふふ、オブスキューティーな中にリメインといった感じだね」
「つまり、相変わらずくすぶっていると」
「まあ、そういうことだね」
いつものごとく、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」はのんきな口調で答えた。閲覧者数を増やしたいと言っているのにそれで良いのかとも思うけれど、先週みたいに落ち込んでいるよりはマシか。
あれ? そういえば……
「真由美、どうしたんだい? キジが散弾銃くらったような顔をして」
「そんな凄まじい表情はしてない!」
「ははは、そうだったか。すまない、すまない」
「まったくもう……。ともかく、ちょっと気になったんだけど、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』は、SNSをしてるんだよね?」
「ああ! それはもう、今日は買い物途中にどんぐりを見つけただとか、今日は通勤中に松ぼっくりを見つけただとか、日々様々なことを呟いているぞ!」
「なんでそんなリスとかが喜びそうなことばかり呟いてるのよ……、そうじゃなくて、もっと、こう、作品の宣伝とかはしないの?」
「ふむ、宣伝か……」
そう言うと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は腕を組んで、ふんぞり返った。
「まあ、作品を更新したり、新作を公開したりしたときは、一応その旨を呟いているよ」
「ふーん。ならさ、そんな感じでもっといっぱい宣伝すれば、閲覧者数も増えるんじゃないの?」
問いかけると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」はなぜか勝ち誇ったような表情を浮かべた。
「ふっふっふ、真由美君、SNSで効果的に宣伝するには、『こんなに沢山の人が読んでいます!』というような閲覧数が必要なのだよ。この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』の作品に、そんな閲覧数がついているとでも?」
……なんて悲しいことを威張っているんだお前は。
なんて、ツッコミは、やめておいてあげるか。
「うん。なんか、ごめんね……」
「気にするな! まあ、あとは、『こんなに有名な先生に絶賛されました!』、が有効だ。しかし、この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』には作品を絶賛してくれるほど親密な有名作家の知り合いは、いないからなぁ……」
「まあ、そんな人とは中々知り合いになれないよね」
「ああ。それに、よくよく考えてみれば、この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』には、真由美以外の友人すらいないしな」
「うん、そのへんについては、もうちょっと交友関係を広げた方が良いと思うよ」
「ふむ、そうか、真由美がそう言うなら善処してみよう。まあ、ともかくそんな感じで、あまり効果的な宣伝はできていないのが実情かな」
「中々難しいもんなんだね」
「そうだな。それでも、アクセス解析というのをしてみると、いつもの宣伝で興味を持って見に来てくれるって人も、ゼロではないようなのだよ」
「へー、そうなんだ。なら、そういう人が積み重なって、いつか閲覧者数が宣伝に使えるくらいになるといいね」
私の言葉に、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は顔をしかめて、うーん、と唸った。
「なによ、せっかく励ましたのに、何か不満なの?」
「ああ、すまない! 決して、不満なわけではないのだよ!」
「じゃあ、なんでそんなバニラエッセンスを舐めちゃったような顔してるのよ?」
「それはずいぶんと苦い顔をしてしまったみたいだね。ともかく、自分で言っておいてなんだが、閲覧者数を宣伝文句にするのは、危険な側面もあるんだよ」
「え、危険?」
「ああ。たとえば、『閲覧数をひけらかして楽しいですか?』とか、『その程度の閲覧数で自慢して恥ずかしくないんですか?』とか、そのへんの否定的なコメントが届いたり……」
「あー……、そういうことも、あるのか……」
「悲しいかな、そういうこともあるのだよ。ちなみに、有名作家さんからの評価を宣伝に使った場合、『でも僕(または私)はつまらないと思いました』とか、『コネでごり押しですね』とかそんな感じのコメントが……」
「まあ、そういうこと言う人は、どこの世界にもいるよね……」
「まあ、そうだよなぁ……」
深いため息を吐いてから、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は回転椅子を回して、窓に顔を向けた。窓の外では、雲一つない青空の中、大量のアドバルーンが揺れている。
「いちいち腹を立てるよりも、『まだこんなにも沢山の人が、Web小説を読めているんだ』、だとか、『褒められたら宣伝になるくらい有名な作家さんが、まだ健在なんだ』、って喜んだ方がいいような気がするんだけどね、私は」
ゆかりはそう言うと、再び深いため息を吐いた。
ゆかりにとって、「あの日」を超えても残っているものは、とてもかけがえのないのもなんだろう。
「……じゃあ、私たちは今から、駅前商店街の美味しい老舗パン屋さんがまだ残ってたことを喜ぶことにしない? 今日の手土産は趣向を変えて、ベーコンエピだよ」
声をかけると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は勢いよく回転椅子を回してこちらを向いた。
「そうか! それはありがたい! それでは、本日は特級品の麦酒を用意しよう!」
「え!? こんな昼間から飲むの?」
「ははは! 良いではないか! 私も真由美も、今日と明日は休日なんだから!」
そう言いながら、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は意気揚々と部屋を出ていった。
まあ、少しだけ後ろめたさはあるけど、昼間からアルコールを出すほど心弾んでもらえたなら、なによりかな。
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