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「華麗なる萬★ジョン次郎先生」と不安商法

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 今日も性懲りもなく、手土産を片手に友人の家を訪れている。

「ああ、真由美だね。鍵は開いているから、勝手に入ってくれ」

「うん、そうさせてもらうね」

「ああ、そうしてくれたまえ」

 いつものやり取りを済ませて、花と写真が飾られた玄関を上がり、二階の部屋まで足を進める。

「『華麗なる萬★ジョン次郎先生』、お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」

「うむ、入ってくれたまえ」

 ふざけた名前を呼びかけると、部屋の扉から満足げな声が返ってくる。
 扉を開けると、薄幸そうな未亡人っぽい見た目の女性がノートパソコンを覗き込んでいた。

 コイツこそが私の高校時代からの友人、立花ゆかり、もとい、自称Web小説家の「華麗なる萬★ジョン次郎先生」だ。

 そんな「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は回転椅子を回して、こちらに笑顔を向けた。

「やあ、真由美、調子はどうだい?」

「ボチボチってところだね。そっちの方は?」

「ふふふ、ダストにビーカバーウイズといったところだね」

「つまり、いつものごとく埃を被ってると」

「まあ、そういうことだね……」

 いつもなら、のんきな口調で相槌を打つはずなのに、今日の「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は疲れた表情で深いため息を吐いた。

「えーと、ほら、閲覧数が伸びなくても、私は『華麗なる萬★ジョン次郎先生』の話、好きだよ」

 フォローの言葉を入れると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は苦笑を浮かべた。

「あ、いや、閲覧数が伸びないのはいつものことだから、別に気にしていないのだよ」

「いやいや、そこは気にした方がいいでしょうよ……、それじゃあ、一体何があったの?」

 改めて問いかけると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は再び深いため息を吐いた。

「ああ、実はこの『華麗なる萬★ジョン次郎先生』は、いわゆるSNSという奴にも手を出してるのだよ」

「あー、そうだったね」

「そうそう。それで、そのSNSで、結構好きだったプロ作家さんと、相互フォローという関係になっているんだよ」

「ふーん、それは良かったじゃん」

「ああ、非常に幸運だと思っていたよ。それで、その方はSNSで創作に関するアドバイスを発信していて、『作品にはオリジナリティーを出しましょう』、ということを常々言っていたんだ」

「ふんふん、やっぱりプロで勝負していくには、オリジナリティーが必要なんだね」

「ああ。私もそんな感じで感心しながら、いつもその方の発信するアドバイスを楽しみにしていたんだよ。そんな中、その方がライトノベルを出版するって宣伝が、ちょっと前にSNSに流れてきたんが……」

 そう言いながら、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」はこちらにノートパソコンの画面を向けた。

「へー、どれどれ……、『お料理が大好きな私が異世界でのしあがります!』、あれ? こんなタイトルのマンガ、どこかで見たことがあるような……」

「うん、まあ、なんというか……、正直なところ既にヒットしてる『料理人の私が異世界に転生しました!』と、ほぼ同一の設定というか……」

「へー……」

「まあ、そんなこんなで、この宣伝をして以降、それまでとは打って変わって、『良作を真似ることは大事です』、とか、『どうすれば人に伝わるか、他の作品を真似て学びましょう』、という発言が増えてだな……」

「すがすがしいくらい、手の平クルックルだね……」

「そうだな……それで思い切って、『先日まではオリジナリティーが大切とおっしゃっていましたが、なにか心情の変化があったのですか』、って聞いてみたのだよ」

「ずいぶんと、思い切ったことするね……それで、どうなったの?」

「ああ、『オリジナリティーを出すことと、良作を真似ることは相反しません』という返信をいただいたよ」

「なにそれ、禅問答かなにかかな?」

「あ、いや、別にその回答は間違っていないのだよ。ほら、古典の時代から伊勢やら源氏やらの名作を参考に新しい物語が生まれたり、和歌にも本歌取りなんて技法もあったりするのだから。だから、むしろ納得したのだ」

「じゃあ、発言の方針が急に変わったことについて、ガッカリしてたわけじゃないんだ」

「ああ」

「それなら、一体何にガッカリしてるの?」

「実は、先ほどの回答のあとに、『そのあたりが分からないようでは、プロ作家としてやっていくのは難しいと思います。それでも、ここで終わりたくないのであれば、私が主催する作家養成講座にご参加いただければ力になりますよ。年会費は百二十万円……』と、続いたわけだよ……」

「ひ、百二十万!? さすが、ぼったくりすぎじゃない!?」

「まあ、プロ作家による小説講座の相場の、十倍以上だな……」

「大丈夫!? 無理矢理申し込みさせられたりしてない!?」

「あ、いや、今回は遠慮します、と返信したら大丈夫だったよ。でも、どうしてもプロデビューしたいって、焦ってる人とかがプロからさっきの内容を聞いたら……」

「あー……、藁にも縋る思いって奴になるかもね。あくどい奴もいたもんだ……」

「あくどい奴か……」

「え? なんなの、その不服そうな呟きと表情は?」

 問い返すと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は苦笑を浮かべた。

「あ、いや、すまない。実はな、Web小説を始めたばかりのころ、創作に行き詰まったとSNSに投降したら、この方が親身になって励ましてくれたのだよ。もちろん、さっきのような勧誘はなしでね」

「そっか……」

「それ以来、この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』は、この方を勝手に信頼していたんだが……」

「あー……つまり、さっきの勧誘で理想が崩れちゃったから、落ち込んでたわけか」

「まあ、そんなところだ」

 肩を落としながら、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は椅子を回して窓の方に顔を向けた。窓の外では、紐の切れたアドバルーンが水色の空を飛んでいた。

「こんな状況で『日常』を続けていくには、恥も外聞もなく死に物狂いならなきゃいけないって、分かってたはずなんだけどね」

 ゆかりはそう言うと、小さくため息を吐いた。
 たしかに、「日常」を続けていくために余裕をなくした人なんて、「あの日」以降いろんなところでよく目にする。

「……それじゃ、私たちも日常を続けていくために、恥も外聞もなくして甘いものを貪りませんこと? 今日の手土産は、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』が好きなモンブランですわよ!」

「なんだとう!」

 おどけて声をかけると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は勢いよく椅子を回してこちらを向いた。

「それは実にありがたい! それでは、本日は特級品の紅茶を用意しようではないか!」

 そう言って「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は椅子から飛び降り、軽やかな足取りで部屋を出ていった。
 今日の飲み物は、珍しく紅茶なのか。日常を続けていくしかないのだとしても、このくらいの非日常なら、楽しんでもバチはあたらないはず。
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