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第二章

まずは基礎から

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 リグレを追いかけて裏庭に移動して、授業の準備に取り掛かった。
 つるべ式の井戸から水を汲むのって、けっこう大変なんだな……。

「フォルテちゃん! 薪持ってきたよ!」

 家の影から、薪を二本持ったリグレが駆けてきた。よし、井戸周辺の掃き掃除もしたし、これで準備は整ったな。

「ありがとう、リグレ。じゃあ、その円の中に、薪を一本置いてくれる?」

「分かった! まーる、まーる!」

 リグレは歌いながら、地面に描いた円に薪を置いた。なんだか、何やってても楽しそうだな、この子。

「フォルテちゃん! これでいい!?」

「あ、うん。じゃあ、こっちにきて」

「はーい!」

 勢いのいい返事とともに、リグレはスタスタと駆け寄ってきた。多少元気すぎる気もするけど、言うことをちゃんと聞いてくれるのは助かるな。

「それで、それで!? これから、どうするの!?」

「えーと、まずは魔術の仕組みを簡単に説明するよ」

「うん!」

「まず、魔術を使うための力、魔力は多かれ少なかれ、誰でも持ってるものなんだ」

「うんうん! それで!?」

「それで、魔術の才能がある人は、魔力を他の力に変換するのが得意なんだ」

「他の力って!?」

「えーと……、たとえば、さっきリグレが見せてくれたみたいに、火に変換したりとか……」

「そうなんだ!」

「そうそう。それで、呪文を詠唱することによって想像力を働かせて、魔力を思ったとおりの威力で他の力に変換するっていうのが、魔術の仕組みなんだ」

「じゃあ、呪文を覚えれば、私にもいろんな魔法が使えるかな!?」

「あー、うん。呪文なしで積み木を浮かせる魔術を使えるくらいだから、多分」

「本当!?」

「まあ、その辺を確かめるために、今から基本的な呪文を教えるから、真似してみて」

「うん、分かった!」

「あと、ちょっと危ないから、もう少し後ろに下がって」

「はーい!」

 リグレは返事をすると、数歩後ずさりした。これくらい離れれば、大丈夫だろう。

 えーと、基本過ぎて最近は全然使ってなかったけど、焚き付けなしで薪を燃やすくらいの火力を出すには――

「燃やせ、燃やせ、枯れ木を燃やせ、釜を温め、湯を沸かせ」

  ボッ

 ――よし、間違ってなかったな。

「わぁ……、すごーい……」

 リグレは目を輝かせながら燃える薪を見つめて、声をもらした。

「これが一番基本的な、火属性の魔術。魔力を薪が燃えるくらいの火に変換して、対象にぶつけるんだ」

「私にも、できるかな?」

「そうだね、ここから先は、習うより慣れろの世界だから……、ちょっとやってみようか」

「分かった!」

「あ、その前に、今燃えてる薪の火を消すから、待ってて」

「はーい!」

 火を上げる薪に水をかけ鎮火したことを確認してから、少し離れた地面に円を描いた。

「じゃあ、今持ってる薪をこの円において、今度はリグレがやってみようか」

「うん!」

 リグレは勢いよく返事をして、薪を新しい円の中に置いた。それから、僕の隣に戻って、薪に向かって手をかざした。

「燃やせ、燃やせ、枯れ木を燃やせ……」

 リグレが呪文を詠唱し始めると同時に、適量の魔力が動く気配がした。

 このくらいの魔力があるなら、さっきの呪文は難なく使えるはず――

  ブブブブブブブブ

 ――ん? なんだ、この音?

 音に顔を向けて目をこらすと、黒い煙のような物がこちらに向かってきていた。
 あれは……、魔力の流れに敏感な羽虫の群れか。リグレの詠唱につられて、寄ってきたんだな……。

 なんて、悠長に状況を解説してる場合じゃない。

「リグレ! 詠唱をやめて伏せるんだ!」

「……え? なんで!?」

「いいから、早く!」

「わ、分かった!」

 リグレは、頭を手でかばいながら地面に伏せた。
 ひとまず、リグレに虫が向かわないようにしないと。

「西をつかさどるものよ、あらゆるものを冷やし潤すものよ……」

  ブブブブブブブ

 詠唱につられて、羽虫の群れが僕に向かってきた。

「浄化と怠惰を授けるものよ……」

  ガサガサガサ

 集まってきた虫がローブや、顔や、手にとまって、ときおりかじりついてくる。気色悪いけど、あと少しの我慢だ。

「……かの者共の一切を凍てつかせたまえ!」

 詠唱が終わると同時に虫たちに霜が降りて、ポロポロと身体から剥がれ落ちていく。
 うん、怯み無効のおかげで痛みは全く感じないけどさ……、虫はなんというか正気度をガリガリと削っていくな……。

「フォルテちゃん、もう平気?」

「あ、うん。もう大丈夫だよ」

「分かった!」

 リグレは返事をして立ち上がり……。

「きゃぁっ!?」

 ……地面に落ちた虫の群れと僕を見て、悲鳴をあげた。まあ、悲鳴をあげるのも無理はないか。

「フォ、フォルテちゃん!? 大丈夫!?」

「あー、うん。この虫は、毒は持ってないから大丈夫だよ」

「でも、お顔とか手が、ポチポチ赤くなってるよ! 痛くないの!?」

「そうだね……、あとちょっとしたら痛がゆくなるかもしれないけど、今はまだ平気」

「え? 痛く、ないの?」

「うん。僕は、『怯み無効』っていう固有スキルを持ってるからね。呪文を詠唱してる間は、痛みを感じないんだ」

「そう、なの?」

「うん。でも『怯み無効』を持ってない人は、痛みを感じるからね。えーと、リグレはダンジョン探索者になりたかったりする?」

「うん。お父ちゃんとお母ちゃんに、キラキラした宝物をいっぱい持ってきてあげたいから」

「そうか……。えーと、ダンジョンで魔術を使うときは、魔力の流れに敏感な虫やモンスターが寄ってきて攻撃をしてくるから、周りをよく見て避けないといけないんだよ」

「そうなんだ……」

「そうだよ。だから、動き回りながら詠唱する訓練も、しないといけないか……」

「フォルテちゃんも、一緒に?」

「いや、僕は避けなくても平気だから……」

「平気じゃないでしょ!」

 突然、リグレが怒りだした。えーと、なんでいきなり?

「フォルテちゃんも、ちゃんと避けなきゃ!」

「いや、だから、僕は固有スキルがあるから痛みを感じないし……」

「でも、攻撃があたったらケガしちゃうでしょ!」

「そう、だけど。実際のダンジョン探索には、かならず回復術士が同行するし……」

「でも、回復術士さんが治せないくらい、大ケガしちゃったらどうするの!?」

「それは……」

「そんなことになったら、死んじゃうかもしれないんだよ!?」

 そうかも、しれないけど……。

「まあ……、僕が死んでも悲しむ人なんて、そんなにいないし……」

「そんなことないもん! フォルテちゃんがいなくなったら、私いやだもん!」

 いつの間にか、リグレの目には涙がたまっていた。
 えーと、よく分からないけど、懐かれたみたいだ……。
 懐いてくれた子を泣かせるのも、後味が悪いか……。

「えーと、じゃあ……、動き回りながら呪文を詠唱する訓練、僕もつきあうから」

「……本当?」

「うん、本当、本当。だから、泣かないで?」

「……うん! 分かった!」

 リグレは目を拭って、笑顔を浮かべた。

「それで、それで! どんな練習をするの!?」

「ああ、うん。詠唱しながら動き回ってもバテないように、ランニングで肺活量を鍛えたり……」

「ランニング……、分かった! かけっこだね! じゃあ、いっくよー!」

「あ、ちょ、ちょっと待って!」

 リグレは制止も聞かずに、ものすごい速さで駆け出していった。運動はあんまり得意じゃないけど、リグレを一人で放っておくわけにもいかないから、追いかけないと。
 それにしても、まさかこの歳になって、基礎訓練をする日々が始まるとは思わなかったな……。
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