4 / 11
ようこそ残飯食堂へ
四 飢餓
しおりを挟む
金城は後ずさりしながら、ささくれだった人差し指を震わせて、その奇妙な穴を指した。
「おっおまえ!そ、その目ぇどうした!?」
彼女はしばらくは唇を結んでじっと黙っていた。それから薄く口を開いた。
「あなた方は世界にどの位の残飯があるか、ご存知でしょうか?」
「ああん!?知るわきゃねえだろ」
「私も知りません。しかし、今この時、この一瞬の間にも世界の色々な場所で食べ物は破棄され続けてます。はい、言いたいことは分かります。空腹なら仕方ありません。ですが、現代では私欲を満たす為だけに食べ物を利用し、なんの迷いもなく捨てる。そんな行為がまかり通っているのです」
まっすぐ揃えられた毛先を下げ、彼女は眼帯を拾って左眼に付け直す。
「私は人生で一度もご飯を残したことがありません」
「はあ?だから何だってんだよ。良い子でちゅねえとでも褒めろってか?」
「この眼さえも、私の胃袋に入りました」
俺も、金城も耳を疑った。今、この女は自分の眼を食べたって言ったのか?
「私の母は、私が幼い頃に私の世話を放棄し、男と逃げたきり帰ってきませんでした。狭い畳の部屋に小さく座って、朝も昼もいつも食べ物のことばかり考えてました。ある日、朦朧とした私は無意識にフォークで自分の左眼を抉って口に入れていました。軟骨より少し硬く、歯で押し潰すとグレープフルーツのように汁が溢れてきました。私は倒れて天井を見上げながらそこにはいない母に言いました。ごちそうさまって」
黒い瞳は、少し幼い翳りを見せてどこか遠くへと泳いだ。それから現実に戻って俺達に向けた。
「あなた方は人生の残飯を食べるべきです」
「はっ……同情しろってか?」
金城は、背もたれに勢いよく凭れて座った。そしてずれた眼鏡の真ん中を指の関節で持ち上げた。
「同情?……ふっふふふ、っあはははは!」
少女は高く笑い声を響かせた。俺は目を見張って、異常な状況を見続けた。
「私はすごく嬉しかったんです。だって、私は母のお腹の中で育った最高の手料理ですから。私は、母の愛のこもった手料理を食べたんです。だから、だから……なんでもありません。それに、もう限界なのではありませんか?あなた方は、既にお腹が空いて仕方がないはずです」
狂ってる。俺は心の中で唱えた。しかし、彼女の言うとおり俺の腹はクウウと情けない音を発した。すでに背に腹がくっつきそうな勢いだった。
「すみません、お水を貰えませんか?」
「はい、もちろんです」
メイドは手際よく、水差しからコップへと水を注いで俺に手渡した。
「ありがとう」
水の中に毒が入っていないか、少し飲むのを躊躇する。
「気をつけろ、毒が入ってるかもしれねえぞ」
と、金城がこっちを見ている。俺は心配しながらも、腹を決めてぐっと水を一気に飲み干した。冷たい液体が喉を通り抜ける。味は問題ない。ただの無味無臭の水だ。普通の水だと分かって、安心して息を吐き出す。
「こんなに腹が減るのも、てめえの仕業か?」
この状況に慣れてきたのか、金城は少し冷静に尋ねた。
「お客様に一番美味しい状態で食事をして頂くために、この食堂の中では皆様空腹になるのです」
「あああっ、くそぉ!」
金城は突然額をテーブルに打ち付けた。そして、こめかみに青筋を伝わせながら、ゆっくりと顔を上げて細長い編み籠の中に入っていた銀色のスプーンを乱暴に手繰り寄せた。
「本当に、最後まで食えば出られるんだな?」
「はい」
「おっおまえ!そ、その目ぇどうした!?」
彼女はしばらくは唇を結んでじっと黙っていた。それから薄く口を開いた。
「あなた方は世界にどの位の残飯があるか、ご存知でしょうか?」
「ああん!?知るわきゃねえだろ」
「私も知りません。しかし、今この時、この一瞬の間にも世界の色々な場所で食べ物は破棄され続けてます。はい、言いたいことは分かります。空腹なら仕方ありません。ですが、現代では私欲を満たす為だけに食べ物を利用し、なんの迷いもなく捨てる。そんな行為がまかり通っているのです」
まっすぐ揃えられた毛先を下げ、彼女は眼帯を拾って左眼に付け直す。
「私は人生で一度もご飯を残したことがありません」
「はあ?だから何だってんだよ。良い子でちゅねえとでも褒めろってか?」
「この眼さえも、私の胃袋に入りました」
俺も、金城も耳を疑った。今、この女は自分の眼を食べたって言ったのか?
「私の母は、私が幼い頃に私の世話を放棄し、男と逃げたきり帰ってきませんでした。狭い畳の部屋に小さく座って、朝も昼もいつも食べ物のことばかり考えてました。ある日、朦朧とした私は無意識にフォークで自分の左眼を抉って口に入れていました。軟骨より少し硬く、歯で押し潰すとグレープフルーツのように汁が溢れてきました。私は倒れて天井を見上げながらそこにはいない母に言いました。ごちそうさまって」
黒い瞳は、少し幼い翳りを見せてどこか遠くへと泳いだ。それから現実に戻って俺達に向けた。
「あなた方は人生の残飯を食べるべきです」
「はっ……同情しろってか?」
金城は、背もたれに勢いよく凭れて座った。そしてずれた眼鏡の真ん中を指の関節で持ち上げた。
「同情?……ふっふふふ、っあはははは!」
少女は高く笑い声を響かせた。俺は目を見張って、異常な状況を見続けた。
「私はすごく嬉しかったんです。だって、私は母のお腹の中で育った最高の手料理ですから。私は、母の愛のこもった手料理を食べたんです。だから、だから……なんでもありません。それに、もう限界なのではありませんか?あなた方は、既にお腹が空いて仕方がないはずです」
狂ってる。俺は心の中で唱えた。しかし、彼女の言うとおり俺の腹はクウウと情けない音を発した。すでに背に腹がくっつきそうな勢いだった。
「すみません、お水を貰えませんか?」
「はい、もちろんです」
メイドは手際よく、水差しからコップへと水を注いで俺に手渡した。
「ありがとう」
水の中に毒が入っていないか、少し飲むのを躊躇する。
「気をつけろ、毒が入ってるかもしれねえぞ」
と、金城がこっちを見ている。俺は心配しながらも、腹を決めてぐっと水を一気に飲み干した。冷たい液体が喉を通り抜ける。味は問題ない。ただの無味無臭の水だ。普通の水だと分かって、安心して息を吐き出す。
「こんなに腹が減るのも、てめえの仕業か?」
この状況に慣れてきたのか、金城は少し冷静に尋ねた。
「お客様に一番美味しい状態で食事をして頂くために、この食堂の中では皆様空腹になるのです」
「あああっ、くそぉ!」
金城は突然額をテーブルに打ち付けた。そして、こめかみに青筋を伝わせながら、ゆっくりと顔を上げて細長い編み籠の中に入っていた銀色のスプーンを乱暴に手繰り寄せた。
「本当に、最後まで食えば出られるんだな?」
「はい」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
暗闇の中の囁き
葉羽
ミステリー
名門の作家、黒崎一郎が自らの死を予感し、最後の作品『囁く影』を執筆する。その作品には、彼の過去や周囲の人間関係が暗号のように隠されている。彼の死後、古びた洋館で起きた不可解な殺人事件。被害者は、彼の作品の熱心なファンであり、館の中で自殺したかのように見せかけられていた。しかし、その背後には、作家の遺作に仕込まれた恐ろしいトリックと、館に潜む恐怖が待ち受けていた。探偵の名探偵、青木は、暗号を解読しながら事件の真相に迫っていくが、次第に彼自身も館の恐怖に飲み込まれていく。果たして、彼は真実を見つけ出し、恐怖から逃れることができるのか?
世界は妖しく嗤う【リメイク前】
明智風龍
ミステリー
その日の午後8時32分にそれは起きた。
父親の逮捕──により少年らは一転して加害者家族に。
唐突に突きつけられたその現実に翻弄されながら、「父親は無実である」というような名を名乗る謎の支援者に励まされ、
──少年は決意する。
「父さんは無実だ」
その言葉を信じ、少年は現実に活路を見いだし、立ち上がる。
15歳という少年の身でありながら、父親を無事救い出せるのか?
事件の核心に迫る!!
◆見所◆
ギャグ回あり。
おもらしにかける熱い思いをミニストーリーとして、2章学校編7~9に収録。
◆皆さん。謎解きの時間です。
主人公の少年、五明悠基(ごみょうゆうき)君が、とある先生が打鍵している様子と、打鍵したキーのメモを挿し絵に用意してます。
是非解いてみてください。
挿し絵の謎が全て解けたなら、物語の核心がわかるかもしれません!
◆章設定について。
おおよそ区別してます。
◆報告
しばらく学校編続きます!
R18からR15にタグ変更しました。
◆表紙ははちのす様に描いていただきましたので表紙を更新させていただきます!
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
待ち合わせは美術館で~地上の『深海の星』~
霜條
ミステリー
怪盗稼業を引き継いだばかりの『フローライト』は、三度目の失敗でついに心が折れた。
相棒のアウィン(猫)が気分転換に提案したのは、美術館がひしめく『アシャンゴラ・ビ・アゲート』へ息抜きがてら行くことに。
連日ここに届く予告状の多さと連日逮捕される同業者に、警官になった方が張り合いのある生活が遅れるのではと本末転倒な考えに至る。
アシャンゴラ・ビ・アゲートの警官になるフローライトだったが、まさかのここに来たばかりのラミナ・クロスフィードの元に配属されてしまった。
『深海の星』の所持者の死の謎を突き止めるため捜査に加わることに。
その事件を刑事と元怪盗のコンビが追っていく――。
※コメディ要素多めの短編の予定です。
※念のため『残酷な描写あり』にチェックしていますが、第一話以上のことはないかと思います。
幽子さんの謎解きレポート
しんいち
ミステリー
オカルトに魅了された主人公、しんいち君は、ある日、霊感を持つ少女「幽子」と出会う。彼女は不思議な力を持ち、様々な霊的な現象を感じ取ることができる。しんいち君は、幽子から依頼を受け、彼女の力を借りて数々のミステリアスな事件に挑むことになる。
彼らは、失われた魂の行方を追い、過去の悲劇に隠された真実を解き明かす旅に出る。幽子の霊感としんいち君の好奇心が交錯する中、彼らは次第に深い絆を築いていく。しかし、彼らの前には、恐ろしい霊や謎めいた存在が立ちはだかり、真実を知ることがどれほど危険であるかを思い知らされる。
果たして、しんいち君と幽子は、数々の試練を乗り越え、真実に辿り着くことができるのか?彼らの冒険は、オカルトの世界の奥深さと人間の心の闇を描き出す、ミステリアスな物語である。
婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します
Kouei
恋愛
夜の寝所で裸で抱き合う男女。
女性は従姉、男性は私の婚約者だった。
私は泣きながらその場を走り去った。
涙で歪んだ視界は、足元の階段に気づけなかった。
階段から転がり落ち、頭を強打した私は死んだ……はずだった。
けれど目が覚めた私は、過去に戻っていた!
※この作品は、他サイトにも投稿しています。
【完結】縁因-えんいんー 第7回ホラー・ミステリー大賞奨励賞受賞
衿乃 光希
ミステリー
高校で、女子高生二人による殺人未遂事件が発生。
子供を亡くし、自宅療養中だった週刊誌の記者芙季子は、真相と動機に惹かれ仕事復帰する。
二人が抱える問題。親が抱える問題。芙季子と夫との問題。
たくさんの問題を抱えながら、それでも生きていく。
実際にある地名・職業・業界をモデルにさせて頂いておりますが、フィクションです。
R-15は念のためです。
第7回ホラー・ミステリー大賞にて9位で終了、奨励賞を頂きました。
皆さま、ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる