少女格闘伝説

坂崎文明

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第三話

孤独な女王6~ただ、プロレスラーとして~

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 楓が意識を失っていたのは、ほんの少しの間、時間にするとわずか数十秒の間だったろう。
 
 姫子の一撃は確かに楓の顎を的確に捉えていた。
 
 が、その刹那、楓は無意識のうちにスウェーで微妙に打撃点をずらしていた。
 
 目を覚ました彼女の視界にはロープにもたれかかって、自分を睨みつけている姫子の姿が映った。
 
 わずか数十秒とはいえ、追撃の時間は十分にあったはずだ。
 
 それはもはや、姫子に反撃の力が残っていないことを物語ってもいた。
 
 楓は頭を振りつつ、マットをもう一度、踏みしめる。
 
 軽い目眩がした。
 
 もう一度、身体に力を込めた。
 
 ようやく、意識がはっきりとしてくる。
 


 ふと見上げた楓の視線の先では、姫子が折れた足を引きづりながら楓に向かってきていた。
 
 その顔は苦痛で歪み、歩くというよりマットの上を這っているように見えた。
 
 だが、姫子は姫子なりにまだ、戦おうとしていた。
 


 苦悶の果てに姫子は楓の目の前についに辿り着いた。
 
 が。ついに力つきたのか、前のめリに倒れ込む。
  
  楓が受け止める。
  
  姫子はただ一言。
 
「手加減無用」
 
 しっかりと抱きとめる。
 
 それは愛しい恋人を抱擁しているように見えた。
 

 楓は姫子の身体を抱えて、しっかりとクラッチした。
 
 本当は、もう、投げたくなかった。
 
 もはや、姫子には受け身を取るだけの力さえ残ってはいないだろう。
 
 でも、それでは姫子の信頼を裏切ることになる。
 
 彼女の誇りをもう一度、傷つけることになる。
 
 それだけはできない。
 
 彼女の願いを最後に叶えてやるしか、楓の選択肢は残されていなかった。
 
 意識を奪い去らなければ、姫子は何度でも向かってくるはずである。



 最後は、せめて最強の技で終わらせたい。
 
 楓は両手に力を込めた。
 
 一瞬、姫子の身体から重力が消え去った。
 
 サイドワインダー。
 
 サイドスープレックスで抱え上げてから、肩口からマットに真っ逆さまに落とすという危険な技である。
 
 間違いなく姫子を再起不能へと追い込む技であった。
 

 楓は泣きながら、叫んだ。 

「うわぁぁぁぁぁ!」
 
 絶叫が頂点に達した時、急角度で姫子の肩がマットに激突した。
 
 骨の砕ける嫌な音がした。
 
 楓の泣き声はいつまでもマットに響いていた。
 
 あまりの光景に、会場は静まり返っていた。
 
 だけど、ふたりの想いはひとつだった。
 
 ただ、プロレスラーとして。 


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