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第一話
異形の少女4
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レフリーがふたりを分けて、試合が再開される。
勇が蹴りを放つと、玲奈が関節を取るという展開が続いていた。
勇の身体は疲労の頂点に達していた。
しかも、一方的に関節を極められつづけていたため、体の関節で痛みのないところはなかった。
動きはどうしても鈍くなる。
そのスキをついて、玲奈は次々と技を決めていく。
観客は静まりかえっていた。
リングの上は鍛えられた肉体が悲鳴を上げる音、マットをシューズが滑る音、そして、時折きこえる苦痛のうめきと叫び声だけが支配していた。
勇の身体は苦痛のためか、所々、感覚がなくなっていた。
時々、意識が薄れることもあった。
そんな時、勇はプロレスをはじめた頃のことを思い出していた。
あの頃は楽しかった。
父親の勇吾の関節をいつか極めてやろうと夢中で身体を動かしていた。
ただ、強くなりたいというシンプルな意志だけで闘っていた。
苦痛が勇の心をその頃に戻しつつあった。
右足の膝に、熱い鉄のかたまりをつっこまれたような痛みがあった。
プロレスの膝十字固めと呼ばれる技だ。
ほっとけば膝の靭帯が伸びきって、使いものにならなくなる。
勇はマットを這いずって、ロープへと逃れてゆく。
やっと、つかんだ。
ロープブレイクだ。
亡霊のように勇は立ち上がった。
息をつく間も与えず、玲奈の腕が勇の身体に巻きついた。
すぐにまた、勇はマットにころがされた。
レズでもないのに、マットの上でこんなことをやっている自分がおかしかった。
さっき、倒れる時にちらりと見えたが、玲奈の身体も無事ではなかった。
胴着の下の腕が真っ赤に腫れあがっていたからだ。
私の蹴りも捨てたもんじゃないわ、と勇は思った。
顔はきれいだけど、玲奈の全身の皮膚は醜く変形しているはずだ。
それに、その頃になると、勇も関節技を切り返すことができるようになっていた。
まあ三回に一回ぐらいだが、これほどの関節技のスペシャリスト相手によくやっているほうだ。
たぶん、女子ブロレス界でもこれほどの使い手はめったにいないだろう。
ひょっとすると、皆無かもしれない。
だけど、一体、何分たったのだろうか。
時計を見ようとしたが、勇の身体はいつのまにかうつ伏せにされていた。
そして、何か熱いものが勇の首にまとわりついていた。
うめき声ともつかぬものが勇の喉の奥からもれた。
呼吸が苦しくなっていた。
玲奈の両腕が、後ろから勇の首を締めあげていた。
スリーパーホールドというプロレス技によく似ていた。
勇は身体をゆすって、なんとか逃れようとするが、玲奈の腕はますます彼女の首に深く巻きついていく。
もがき続けているうちに、汗で一瞬、玲奈の腕が滑った。
その一瞬を逃さず、勇は素早く身体をひねって、玲奈の両腕から逃れた。
不思議と追撃はなかった。
勇はまたロープをつかんで、やっと立ち上がった。
「神沢先輩、頑張ってください!」
エンジェル・プロレスの後輩の若手たちの叫び声だった。
最後の方は観客の拍手の音でかき消されていた。
その時になって初めて、勇は観衆たちが自分たちの試合に声援を送っていることに気づいた。
いつのまにかリングの上の熱い思いが観客たちに伝染病のように広がっていたのだ。
勇が立ち上がると、正面に秋月玲奈が立っていた。
今までとは違う緊張感が勇の内側に生じていた。
その刹那、玲奈の身体がなにげない様子でゆらりと動いた。
気づいた時には玲奈の両足は、勇の首にするりと巻きついていた。
おそるべき跳躍であった。
同時に、勇は利腕の右手の関節まで取られていた。
柔道の三角締めに酷似した技であった。
瞬時に、首と右手の関節が決まり、脱出はおそろしく困難であった。
激痛で勇の顔がゆがんだ。
呼吸が苦しく、ともすると意識が遠のき、このまま眠ってしまいたい誘惑にかられた。
だが、勇の身体はそれを許さなかった。
無意識のうちに、勇は玲奈の足首の関節を取っていた。
玲奈の足が一瞬ズレた時、勇の左手がするすると玲奈の足の間に忍び込んで、伸びきった右腕をつかんで引き戻した。
後は、自分の腕をロックしたまま身体を回転させて、ロープにようやく逃れた。
もう、後がなかった。
あと、一回のロープエスケープだけで勝負は決まってしまう。
「うおぉ!」
勇は叫びながら、立ち上がると同時に、猛烈なラッシュをかけた。
もう足が折れてもかまわない、というような蹴りの嵐を玲奈の身体に叩き込んでゆく。
その時、勇の身に異変が起こった。
勇が蹴りを放つと、玲奈が関節を取るという展開が続いていた。
勇の身体は疲労の頂点に達していた。
しかも、一方的に関節を極められつづけていたため、体の関節で痛みのないところはなかった。
動きはどうしても鈍くなる。
そのスキをついて、玲奈は次々と技を決めていく。
観客は静まりかえっていた。
リングの上は鍛えられた肉体が悲鳴を上げる音、マットをシューズが滑る音、そして、時折きこえる苦痛のうめきと叫び声だけが支配していた。
勇の身体は苦痛のためか、所々、感覚がなくなっていた。
時々、意識が薄れることもあった。
そんな時、勇はプロレスをはじめた頃のことを思い出していた。
あの頃は楽しかった。
父親の勇吾の関節をいつか極めてやろうと夢中で身体を動かしていた。
ただ、強くなりたいというシンプルな意志だけで闘っていた。
苦痛が勇の心をその頃に戻しつつあった。
右足の膝に、熱い鉄のかたまりをつっこまれたような痛みがあった。
プロレスの膝十字固めと呼ばれる技だ。
ほっとけば膝の靭帯が伸びきって、使いものにならなくなる。
勇はマットを這いずって、ロープへと逃れてゆく。
やっと、つかんだ。
ロープブレイクだ。
亡霊のように勇は立ち上がった。
息をつく間も与えず、玲奈の腕が勇の身体に巻きついた。
すぐにまた、勇はマットにころがされた。
レズでもないのに、マットの上でこんなことをやっている自分がおかしかった。
さっき、倒れる時にちらりと見えたが、玲奈の身体も無事ではなかった。
胴着の下の腕が真っ赤に腫れあがっていたからだ。
私の蹴りも捨てたもんじゃないわ、と勇は思った。
顔はきれいだけど、玲奈の全身の皮膚は醜く変形しているはずだ。
それに、その頃になると、勇も関節技を切り返すことができるようになっていた。
まあ三回に一回ぐらいだが、これほどの関節技のスペシャリスト相手によくやっているほうだ。
たぶん、女子ブロレス界でもこれほどの使い手はめったにいないだろう。
ひょっとすると、皆無かもしれない。
だけど、一体、何分たったのだろうか。
時計を見ようとしたが、勇の身体はいつのまにかうつ伏せにされていた。
そして、何か熱いものが勇の首にまとわりついていた。
うめき声ともつかぬものが勇の喉の奥からもれた。
呼吸が苦しくなっていた。
玲奈の両腕が、後ろから勇の首を締めあげていた。
スリーパーホールドというプロレス技によく似ていた。
勇は身体をゆすって、なんとか逃れようとするが、玲奈の腕はますます彼女の首に深く巻きついていく。
もがき続けているうちに、汗で一瞬、玲奈の腕が滑った。
その一瞬を逃さず、勇は素早く身体をひねって、玲奈の両腕から逃れた。
不思議と追撃はなかった。
勇はまたロープをつかんで、やっと立ち上がった。
「神沢先輩、頑張ってください!」
エンジェル・プロレスの後輩の若手たちの叫び声だった。
最後の方は観客の拍手の音でかき消されていた。
その時になって初めて、勇は観衆たちが自分たちの試合に声援を送っていることに気づいた。
いつのまにかリングの上の熱い思いが観客たちに伝染病のように広がっていたのだ。
勇が立ち上がると、正面に秋月玲奈が立っていた。
今までとは違う緊張感が勇の内側に生じていた。
その刹那、玲奈の身体がなにげない様子でゆらりと動いた。
気づいた時には玲奈の両足は、勇の首にするりと巻きついていた。
おそるべき跳躍であった。
同時に、勇は利腕の右手の関節まで取られていた。
柔道の三角締めに酷似した技であった。
瞬時に、首と右手の関節が決まり、脱出はおそろしく困難であった。
激痛で勇の顔がゆがんだ。
呼吸が苦しく、ともすると意識が遠のき、このまま眠ってしまいたい誘惑にかられた。
だが、勇の身体はそれを許さなかった。
無意識のうちに、勇は玲奈の足首の関節を取っていた。
玲奈の足が一瞬ズレた時、勇の左手がするすると玲奈の足の間に忍び込んで、伸びきった右腕をつかんで引き戻した。
後は、自分の腕をロックしたまま身体を回転させて、ロープにようやく逃れた。
もう、後がなかった。
あと、一回のロープエスケープだけで勝負は決まってしまう。
「うおぉ!」
勇は叫びながら、立ち上がると同時に、猛烈なラッシュをかけた。
もう足が折れてもかまわない、というような蹴りの嵐を玲奈の身体に叩き込んでゆく。
その時、勇の身に異変が起こった。
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