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 爽快に走りだしたバイクは住宅街を抜けていき、二十分も走れば山への登り口を通過した。ケーブル下駅からケーブルを使えば十分で山頂の展望台へ到着するが、そのケーブルカーが出発するのを待つあいだにバイクで充分、上の展望台へ到着してしまえる。だから展望台までバイクで充分だ。
 それにバイクでの移動はとても気持ちいい。ギアを上げて加速させたり、カーブを曲がるときの一体感がたまらなく自分を自由な存在だと、感じさせてくれる。
 あいにく辿りついた山頂展望台からの景色は、奈緒紀の期待を裏切り芳しくなかった。確かによく晴れていたが、そのぶんガスがかかっていて、市街地まではよく見渡せたが、遥か大阪湾に浮かぶ空港や和泉山脈あたりはまったく見えない状態だ。
 奈緒紀は見下ろした景色に「うーん」と難しい顔をしていたが、それでもすぐに気分を変えたらしく、途中で買いこんだお菓子をベンチに広げはじめた。
「せーんぱい。食べよ」
 トントンと彼が叩いた座面に腰を下ろすと、その密接した距離がまるでカップルのようだと感じて、恭介は自分にげんなりしてしまった。
「先輩、先輩。これ食べ終わったら次はポーアイ行こぉね」
 彼にとことんつきあってろうという気持ちは嘘ではなく、それくらいの距離ならば全然オッケーだったが、恭介は素直になれず嫌そうな声で「えぇ…」と呟く。
(だめだな。ほんと俺、根性が根腐れてきたな……)
 自分でも自分をくだらない人間だと卑下できるのに、奈緒紀はいたって気を悪くすることもなく、恭介に向かってにへっと笑う。口もとに突きだされたスナックに、気まずい気持ちで口を開けて喰いついた。
(だからカップルじゃねぇって)
「じゃあさ、今度は俺が運転してあげる」
「いいえ、ソレは結構です」
「なんでっ? 俺、ジグザー運転してみたい」
「お前の後ろに乗るの、こえーよ!」
「大丈夫だって。にいちゃんのXJRよりは扱いやすいって、きっと」
「お前、アレ運転したことあるのか?」
 恭介は育己に送ってもらった日に乗せてもらった、排気量四百の濃紺のボディーを思いだす。
 とても音のいいバイクだったが、こいつにあの車重とパワーを扱いこなせるのだろうか。恭介の怪訝な表情に気づいた奈緒紀が、ぴくっと片方の眉をあげた。
「なに、先輩。俺にアレが乗れないとでもいうの?」
「だって、お前ちびっ子だもん」
「そ、そりゃ片足しかつかないけどさっ。でも俺、まだ五回しか立ちコケしてないんだよっ⁉」
「五回もコケてりゃ充分だよ。育己さんもよくお前にあのバイク貸せたな。俺はぜってー、お前の後ろだけは乗らないからな! ほら、食ったんなら行くぞ」
「なになに、先輩チョー失礼っ。あっ、ちょっと、ねぇ、待ってってば!」
「いそげ。五時まわるとだんだん混むから、さっさと山おりるぞっ」
「んっもう! オーボーっ」
 奈緒紀をベンチに乗り残しさっさとバイクへ戻ると、さきにバイクに跨った恭介は奈緒紀に向かってヘルメットを放り投げた。走りながらそれをキャッチした奈緒紀は「もっと俺を大切にしてっ」と面白いことを云う。
「バーカ、バーカ。ほら、行くぞ」
 タンデムシートに 奈緒紀が飛び乗り、腹に彼の腕がしっかりまわされると、恭介は彼のリクエストである海に浮かんだ人工島に向かうために、また走りだした。



                    *



 奈緒紀にあっちだこっちだと背後から方向を指示されて、ようやくたどり着いた彼のお目当ての場所でバイクを停めると、奈緒紀は「よっ」と声をあげてタンデムシートから飛び降りた。
 人工島の南に位置するこの周辺は辺鄙なところで、今はまったく人通りがない。
「このフェンスに囲まれた先が緑地になってるでしょ? あの芝生の斜面見える? あそこに登ろう!」
 ヘルメットを抱えたほうとは逆の手で、彼が歩道に向かって指をさした。よく見ると歩道からは細い遊歩道が分かれていて、ずっと奥へとのびている。その遊歩道のさきが、芝生でできた高台につづいていた。
「はやくはやく」ときたてる奈緒紀に云われるまま、歩道にバイクを乗せあげて遊歩道の入り口に停めた恭介は、彼に手を引かれながらフェンスに囲まれた細い道を海のほうにむかって歩いた。
 ここからは海は見えてないが、ヘルメット取ったときから風に乗った潮の香りがずっと恭介の鼻腔を湿らしていた。
「こんなところになにがあるんだ?」
 

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