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 ちなみに今回このカレーで試してみて、実際に恭介が自炊のほうが利便性にけていると思ったのならば、奈緒紀がいくらでもお手軽に作れる料理を教えてくれるそうだ。
 でも結果がどうであろうが、恭介ははじめから料理は教えてもらうつもりでいた。




 あれから恭介は彼の妹たちと遊ぶ約束を果たすために、いちど彼のマンションに遊びにいっている。
 そのときもあそこはとても騒々しくて、恭介は玄関に足を踏みいれた途端に貧血を起こして、廊下に片膝をついてしまった。

 それでもまぁ、いちど醜態を晒している家だし、今更とり繕う必要も感じられず、恭介はひらきなおってやりたいようにやってやったのだ。

「ほんとにほんとにあの宮内先輩? っていうかこの間も来ました?」
 だっこだっこと膝のうえに乗り上げてくる由那と藍里の面倒を見ることまでは、奈緒紀との約束だったので我慢した。

 しかし舞子の相手まではしていられるかと、恭介はしつこく話しかけてくる彼女をぞんざいに扱ってやったのだ。

「ねぇ、俺、今日はこの子たちの相手しにきてんの、あんたはあっち行っててくんない?」
 ねぇねぇ、とずいずい迫ってくる彼女にうんざりして、恭介が横柄に顎をしゃくると、彼女は一瞬キョトンとした。そりゃそうだろう。学校で知られている自分は、穏やかでやさしい頭のいいイケメンの優等生なのだから。

 それでもすぐに動こうとしない舞子に「はやく退いて」と重ねて云うと、彼女は顔を真っ赤にして怒りはじめたのだ。

「なっ、ひ、ひどいっー! 先輩がそんなひとだとは思わなかった!」
 涙目で仁王立ちになった彼女に受けて立とうと思った恭介だったが、よもやそこに「だれだ、舞子を泣かしてんのわっ⁉」と、帰宅した良和が乱入してくるとは思ってもおらず、恭介は舞子を泣かしたと怒り狂うシスコンの良和と、掴み合いのケンカになってしまったのだ。

 結局ふたりのケンカの勝敗はつかなかった。智の準備していた料理の載った皿をひっくり返したところで、双方奈緒紀と智に羽交い絞めにされてひき離されてしまったのだ。そのあとは怒った智にふたり並んで正座で、説教を受けることとなった。

 年下のそれも中学生にされる説教には多少情けない思いもしたが、それでも自分が良和に腹に二発拳こぶしを食らったのにたいして、彼には三発入れることができていた恭介はまんざらでもなかった。 
 
 奈緒紀の家ではたいてい弟の智が食事をつくるそうだ。智はまだ中学三年生なのに、彼の見せる玄人はだしの包丁さばきや中華鍋の扱いに、恭介は目を瞠らされた。

 奈緒紀の家では恭介とかわらない年齢の彼らが、当たりまえのように洗濯も掃除もこなしている。
 恭介はそれを目の当たりにしたとき、なんで自分はそれらをしたことがないのだろうと首を捻ったのだ。

 そしてよくよく考えると、恭介は母に頼まれたことも無ければ、やりかたを教えられてもいないことに気がついた。

 それに恭介自身もいちども自分からやろうと思ったり、教えてもらおうともしていなかったのだ。
 あの日、恭介は自分が『云われないとなにをすればいいのかわからない』そんなだめな人種だったんだと気づいて、愕然とした。自分はまるで子どもだったのだと。

 身長や手足が伸びて、幼かった頃に届かなかったものに手が届くようになったことで、自分が大人になったのだと勘違いしていたのだ。

 身体の成長と精神の成長は、また別のものだとわかっていなかった。
 そう思いはじめると、自分が既に大人だったとはき違えていたことがたまらなく恥ずかしくて、それは奈緒紀に弱いところを知られたときよりも、恭介のプライドを打ちのめした。

 大人になりきれていない両親を心のなかでいつも詰っていた自分を、いまはなんておこがましかったのだと反省している。いまのままでは自分も彼らと同じ轍を踏むのだとやっと気づけたのだ。

 やたらと両親に反発したのは、彼らに自分の姿を投影していたからなのかもしれない。そう省みた恭介は、いつまでも自分の責任を親に押しつけるのをやめようと決意した。

 まずは自分の責任は自分で果たそう。それに自分が変われば、あの両親たちにもなにか変化があるのかもしれない。
 それにたとえ彼らがなにも変わらなかったとしても、確実に自分の将来は改善されていくのだ。

 恭介は奈緒紀の家から帰った日から、受験勉強の合間に自分にできることをするようになっていた。気がついたらリビングに掃除機をかけ、物干し竿から乾いた衣類を取りこむくらい程度のことだが、案外気分転換になっていいものだった。

 今も目のまえで奈緒紀がカレーを作るのを見ていたので、恭介はさっそく近いうちに真似して作ってみるつもりでいる。




 それにしてもだ。恭介はこの一つ年下の親切な恋人にひとつだけ不満があった。ちなみにまだ彼にはまだ「好きだ」とも「つきあってほしい」とも伝えていないので、恭介が勝手に彼を恋人として扱っているだけなのだが――。

「なぁ、奈緒紀。なんでエプロンしないの?」
「はい?」
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