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(マジか……。えっと、いち、にい、さん……)
「七人きょうだいだよ?」
いつの間にか足もとに戻ってきていた藍里が、教えてくれた。
「へっ、七人⁉ ……えぐいな」
ところが兄妹ケンカ中の女が、こちらを振り返りすぐさまそれを否定する。
「藍里ちゃん、ちがうよ! はーちーにーん! うちは八人兄妹なんだよ!」
確かに部屋の中には、恭介以外に八人いる。
「ばっか、舞子、藍里が正解だろーがっ。五歳児に頭脳負けしてんなよ、数もよめねぇのか⁉ 兄弟は七人だ、バーカバーカバーカ!」
「なにをぉぉ、この万年モテないクソ男がぁぁっ! 誰がなんと云おうとうちははーちーにーんー‼」
舞子は、悔しさに涙まで溜めている。なぜ兄弟の人数なんかで揉めるのだ。兄弟の人数なんてそんな流動的なものではないだろう。それに泣くようなことではない。
それともまさかこの大家族には、秘められた薄暗い過去でもあるのだろうか。
(兄弟がひとり亡くなっているとか? いやいまここに八人いるし……)
ひとり多いのはお客さんか、もしくは幽霊⁉ アホな想像までしてぞくりと怖気を走らせる。
恭介はヒステリックな彼女に気を使い、奈緒紀の耳もとの顔を寄せて彼に訊いてみた。
「で、どっちなんだ? 七人? 八人?」
すると、奈緒紀も伸びあがって恭介の耳もとで囁き返す。
「正確には七人ね。でも八人って云っておいてあげて。舞ちゃん、超のつく兄弟大好きっ子だから」
(それはいったい、どういうことなんだ?)
はっきりと真相が知りたかったが、舞子のいるこの場では詳しくは訊けそうにない。そう判断した恭介は、この件についてはあとで訊くことにして、ひとまずはおいておくことにした。
それにしても、家の中で行われる兄弟ゲンカというものは、恭介の想像以上のものだった。
いままでに街中でもまれに他所の兄弟ゲンカに出くわすこともあったが、これほど激しいものではなかった。やはり外出さきでは、兄弟ケンカも周囲に遠慮して行われるものなのだろうか。それともこのふたりのケンカが、激しすぎるのか。
「うっせ。ちょっとかわいいからって調子に乗んなっ。馬鹿舞子」
(なんだそれ。かわいいとか兄妹で云っちゃうの?)
「なによ! よっしーのバカバカバカ!」
「いってえよ! やめろってば‼ この暴力女っ!」
(え? イヤ、さっきの誉め言葉だろう? なんで怒るんだ?)
「もうっ、なんで除けるのよっ。あっ、手! 離してぇ! 変態っ、触んないでっ」
(いや、それ手ぇ、離せないだろ? それで殴られたらソイツ死ぬわ)
云いあっている内容だけを聞いていればふたりのケンカは互角だが、しかし舞子の手には分厚い辞書が握られている。その彼女の細い手首を掴み、なんとか殴られることを阻止しているよっしーと呼ばれている男の顔に、恭介はなんとなく見覚えがあった。
「お前の兄ちゃん? あれうちの学校の三年だよな?」
「そそ。良和。んで、高二の舞子ねぇちゃんも同じガッコだよ。見たことない?」
「兄さんのほう確か隣のクラスで、選択でいっしょだわ。上条って、こんな騒がしいやつだったんだ……」
「あはは。ギャップ萌えする? このふたりは顔を合わせるたんびにケンカだよ?」
肩を竦めた奈緒紀が、恭介を見上げた。
「そういや先輩ちの親のケンカも、こんな感じなの?」
「い、いや……。これよりは、マシかな……」
(これに比べたら、うちの夫婦喧嘩は、まだかわいいものだな……。うん)
両親は武器を持たないし、物も投げない。罵りあいにしても、ひとつおぼえのようにバカの連呼もさすがになかった。この兄妹ゲンカに比べれば自分のとこの夫婦ゲンカは、その破壊力も低い知性の露出度合いも格段にマシだ。
そしてこの騒動のなか、部屋の隅のテーブルで涼しい顔で勉強をする青年に、さっきから恭介は苦い気持ちを味わっている。恭介にはふつう人間ががこんなところで勉強ができるとは、考えられないからだ。自分はまず無理だ。
それなのに黙々とシャープペンをもつ手を動かしすらすら数字を連ねていく彼を見ていると、要は集中力の問題なのか、と気づいてしまう。
「そっかぁ。よっしーも相手は女の子なんだから、殴られてやったらいいのにね。そしたら舞子ちゃんだってすっきりできるんだからさ」
「いや。なんか暴力で解決はよくないと思いなおしたわ、俺」
よくよく見なくても、この家のリビングの襖にはいくつかの穴が開き、壁のあちこちには傷がついている。その様子から日ごろのありさまが窺い知れた。
上条家のリビングのあまりにもの騒がしい光景に、しくしくと痛みだした胃を撫でさすった恭介の隣で、奈緒紀は小首を傾げていた。
「そっかなぁ」
「なぁ、おい、ちょっと落ち着ける場所はないのか?」
ここはあまりにも騒々しすぎた。慣れない恭介はこのままここにいると、気分が悪くなりそうだったのだ。恭介が他に部屋はないのか? と訊ねると、
「いまみんなここにいるから、残りの部屋はどこも開いているよ?」
と、奈緒紀から意外な答えが返ってくる。
「は? ……聞いていいか。じゃあなんであのひと、こんなうるさいところで寝てるの?」
恭介はずっと壁にくっつくようにして眠っている長身の男を指さした。
腹から頭まですっぽりタオルケットを被っているので、彼がどんな顔をしているのかはわからないが、見える手足の肌から、彼がまだ若いことがわかる。
「七人きょうだいだよ?」
いつの間にか足もとに戻ってきていた藍里が、教えてくれた。
「へっ、七人⁉ ……えぐいな」
ところが兄妹ケンカ中の女が、こちらを振り返りすぐさまそれを否定する。
「藍里ちゃん、ちがうよ! はーちーにーん! うちは八人兄妹なんだよ!」
確かに部屋の中には、恭介以外に八人いる。
「ばっか、舞子、藍里が正解だろーがっ。五歳児に頭脳負けしてんなよ、数もよめねぇのか⁉ 兄弟は七人だ、バーカバーカバーカ!」
「なにをぉぉ、この万年モテないクソ男がぁぁっ! 誰がなんと云おうとうちははーちーにーんー‼」
舞子は、悔しさに涙まで溜めている。なぜ兄弟の人数なんかで揉めるのだ。兄弟の人数なんてそんな流動的なものではないだろう。それに泣くようなことではない。
それともまさかこの大家族には、秘められた薄暗い過去でもあるのだろうか。
(兄弟がひとり亡くなっているとか? いやいまここに八人いるし……)
ひとり多いのはお客さんか、もしくは幽霊⁉ アホな想像までしてぞくりと怖気を走らせる。
恭介はヒステリックな彼女に気を使い、奈緒紀の耳もとの顔を寄せて彼に訊いてみた。
「で、どっちなんだ? 七人? 八人?」
すると、奈緒紀も伸びあがって恭介の耳もとで囁き返す。
「正確には七人ね。でも八人って云っておいてあげて。舞ちゃん、超のつく兄弟大好きっ子だから」
(それはいったい、どういうことなんだ?)
はっきりと真相が知りたかったが、舞子のいるこの場では詳しくは訊けそうにない。そう判断した恭介は、この件についてはあとで訊くことにして、ひとまずはおいておくことにした。
それにしても、家の中で行われる兄弟ゲンカというものは、恭介の想像以上のものだった。
いままでに街中でもまれに他所の兄弟ゲンカに出くわすこともあったが、これほど激しいものではなかった。やはり外出さきでは、兄弟ケンカも周囲に遠慮して行われるものなのだろうか。それともこのふたりのケンカが、激しすぎるのか。
「うっせ。ちょっとかわいいからって調子に乗んなっ。馬鹿舞子」
(なんだそれ。かわいいとか兄妹で云っちゃうの?)
「なによ! よっしーのバカバカバカ!」
「いってえよ! やめろってば‼ この暴力女っ!」
(え? イヤ、さっきの誉め言葉だろう? なんで怒るんだ?)
「もうっ、なんで除けるのよっ。あっ、手! 離してぇ! 変態っ、触んないでっ」
(いや、それ手ぇ、離せないだろ? それで殴られたらソイツ死ぬわ)
云いあっている内容だけを聞いていればふたりのケンカは互角だが、しかし舞子の手には分厚い辞書が握られている。その彼女の細い手首を掴み、なんとか殴られることを阻止しているよっしーと呼ばれている男の顔に、恭介はなんとなく見覚えがあった。
「お前の兄ちゃん? あれうちの学校の三年だよな?」
「そそ。良和。んで、高二の舞子ねぇちゃんも同じガッコだよ。見たことない?」
「兄さんのほう確か隣のクラスで、選択でいっしょだわ。上条って、こんな騒がしいやつだったんだ……」
「あはは。ギャップ萌えする? このふたりは顔を合わせるたんびにケンカだよ?」
肩を竦めた奈緒紀が、恭介を見上げた。
「そういや先輩ちの親のケンカも、こんな感じなの?」
「い、いや……。これよりは、マシかな……」
(これに比べたら、うちの夫婦喧嘩は、まだかわいいものだな……。うん)
両親は武器を持たないし、物も投げない。罵りあいにしても、ひとつおぼえのようにバカの連呼もさすがになかった。この兄妹ゲンカに比べれば自分のとこの夫婦ゲンカは、その破壊力も低い知性の露出度合いも格段にマシだ。
そしてこの騒動のなか、部屋の隅のテーブルで涼しい顔で勉強をする青年に、さっきから恭介は苦い気持ちを味わっている。恭介にはふつう人間ががこんなところで勉強ができるとは、考えられないからだ。自分はまず無理だ。
それなのに黙々とシャープペンをもつ手を動かしすらすら数字を連ねていく彼を見ていると、要は集中力の問題なのか、と気づいてしまう。
「そっかぁ。よっしーも相手は女の子なんだから、殴られてやったらいいのにね。そしたら舞子ちゃんだってすっきりできるんだからさ」
「いや。なんか暴力で解決はよくないと思いなおしたわ、俺」
よくよく見なくても、この家のリビングの襖にはいくつかの穴が開き、壁のあちこちには傷がついている。その様子から日ごろのありさまが窺い知れた。
上条家のリビングのあまりにもの騒がしい光景に、しくしくと痛みだした胃を撫でさすった恭介の隣で、奈緒紀は小首を傾げていた。
「そっかなぁ」
「なぁ、おい、ちょっと落ち着ける場所はないのか?」
ここはあまりにも騒々しすぎた。慣れない恭介はこのままここにいると、気分が悪くなりそうだったのだ。恭介が他に部屋はないのか? と訊ねると、
「いまみんなここにいるから、残りの部屋はどこも開いているよ?」
と、奈緒紀から意外な答えが返ってくる。
「は? ……聞いていいか。じゃあなんであのひと、こんなうるさいところで寝てるの?」
恭介はずっと壁にくっつくようにして眠っている長身の男を指さした。
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