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「うわっ! なにすんのっ、まきちゃん!」
「うっせい。黙れ、奈緒。おいっ、恭介とか云うヤツ!」
シノザキの腕からひったくった奈緒紀をひとことで黙らせたマサキが、恭介を睨めつけた。
「お前次の日曜、こいつ連れて一緒に免許とってこい」
「うわっ!」
そう云ったマサキが奈緒紀を恭介に投げつけてきた。とっさに彼のちいさい身体を受け止めてやったが、恭介の胸に強かに鼻をぶつけた奈緒紀は、鼻を押さえて「ふにゃぁ」と鳴いている。
「え、次の日曜? ってか、こいつと?」
「そうだ。一発で取れるだろう? お前の頭の良さは神田に聞いている。実技だっていままでずっと乗りまわしていたんだ、いまさらだろ?」
「でも、なんでこいつと?」
「お前へのペナルティーだよ。ふたりで免許取れるまで、お前ここ出禁な。シノザキに迷惑かけんなっ」
それだけ云うと、マサキはムッとした顔で黙りこんだ。
「えー……。俺はともかく、コイツ、頭わる――」
「だれが頭わるいだっ。いやちょっと悪いかもだけど!」
弾けるようにして、恭介の胸から飛びのいた奈緒紀が、うっかり口の滑った恭介の言葉に目くじらを立てて騒ぎだす。
「いや、俺が悪かったって。ごめんごめん。ただちょっと心配になっただけ」
すると意外にも、奈緒紀をフォローしたのがシノザキだった。
「こいつ、学科の勉強は結構まえからコツコツやってるんだ。実技も合格レベルだと思う」
「そうなんですか?」
「でもひとりで会場に行けるかがちょい心配なんで、お前面倒みてやって」
自分の身の処遇を案じてか、奈緒紀はじっと恭介を見あげていた。
(ほんとでかい目だな。しかもまつ毛もびっしりか……)
「はぁ。わかりました」
自分は何とかなるのだ。いままで無免だったのは、ただ単に免許取得はまぁそのうちでいいかと暢気に構えていて、延ばし延ばしになっていただけなのだから。
ただこいつがな、と恭介は眉を顰めた。
面倒をさけていたら、余計に面倒なことになってしまった。吐きそうになった溜息を恭介は飲みこむ。
(まぁ、いっか。こいつがダメだったら、ここに来るのをやめればいいだけだ)
恭介は軽く考えることにして、とりあえずは奈緒紀と連絡先を交換した。それを見届けたマサキが冷たい声で告げる。
「交換終わったんなら、奈緒。もうお前は帰れ。おまえ見た目が中学生なんだから、こんな時間にここにいるとややこしいんだよ」
「でもだって俺、今日は用事があって来たんだから。それにお巡りさんにもさっきちゃんと理由云って許してもらったよ」
「既に捕まってたんか……」
けろっと云った奈緒紀に、呆れたようにシノザキが呟くと、マサキが偉そうな口ぶりで奈緒紀に訊く。
「いったいなんの用事だよ?」
「うん。それがぁ……、あっ みっちゃんいた!」
きょろきょろした奈緒紀はお目当ての人物を見つけたらしい。恭介に向かって「先輩ありがとね」と云って、さっと踵を返した。
「この間も! チョウメイ一発合格したよっ。助かった!」
走りさる彼の残した言葉に、恭介は彼が自分のことを覚えていたんだと驚いた。てっきり顔を覚えられていないのだと思っていたのだ。
(ずっと俺に気づいていて無視してたってのに、いまこのタイミングで礼を云うのか? 変わったヤツ……)
奈緒紀は敷地の端まで走っていくと、数人の女の子たちの群れに飛びこんでいた。そのうちのひとりに抱きつかれて、顔に胸を押しつけられてもがいている。
(まるでマスコットだな)
敷地内、どこにいってもかわいがられている奈緒紀に向かって、マサキが叫んだ。
「奈緒! その用が済んだらさっさと帰れよ!」
「はぁい。わっかりましたぁ」
マサキの声はちゃんと彼に届いていたらしく、奈緒紀はこちらを振り返るといちどだけ大きく手を振った。
***
あの夜から恭介はすっかり奈緒紀に懐かれていた。
自分の家で学科試験の勉強を見てやったせいか、彼は試験が終わったあともちょくちょく恭介の家に遊びにくるようになった。
奈緒紀は大抵深夜にやってきては、受験勉強をする恭介の傍でだらだらと過ごす。そして眠くなったら勝手にひとのベッドで寝てしまい、早朝に帰って行くのだ。
彼はあいかわらずチームの集会にも顔をだしているようだった。これだけ夜に出歩いていれば、そりゃ、帰宅後うっかり寝落ちしたりで遅刻もするだろう。
今日は午前中授業だったのだが、廊下でばったり出くわした奈緒紀が、そのまま恭介の家までついて来た。そして今もまた、勉強する恭介のうしろで寝転がっている。
「みっちゃんがさ、わざと兄ちゃんの店に忘れものしていくんだよ。んでそれを持ってきてって兄ちゃんのスマホに連絡入れてくるの。せこいでしょ? あのねぇちゃん、どうやってでも、兄ちゃんとプライベートで会いたいんだよ。でもそんなんしてたら店に怒られるし、にいちゃんも暇じゃないしね。んで、俺がかわりに毎度届けもの引き受けてるんだよ。でもさぁ俺だってそんなに時間ないでしょ? で、今日は神田くんにお願いしたってわけ」
「うっせい。黙れ、奈緒。おいっ、恭介とか云うヤツ!」
シノザキの腕からひったくった奈緒紀をひとことで黙らせたマサキが、恭介を睨めつけた。
「お前次の日曜、こいつ連れて一緒に免許とってこい」
「うわっ!」
そう云ったマサキが奈緒紀を恭介に投げつけてきた。とっさに彼のちいさい身体を受け止めてやったが、恭介の胸に強かに鼻をぶつけた奈緒紀は、鼻を押さえて「ふにゃぁ」と鳴いている。
「え、次の日曜? ってか、こいつと?」
「そうだ。一発で取れるだろう? お前の頭の良さは神田に聞いている。実技だっていままでずっと乗りまわしていたんだ、いまさらだろ?」
「でも、なんでこいつと?」
「お前へのペナルティーだよ。ふたりで免許取れるまで、お前ここ出禁な。シノザキに迷惑かけんなっ」
それだけ云うと、マサキはムッとした顔で黙りこんだ。
「えー……。俺はともかく、コイツ、頭わる――」
「だれが頭わるいだっ。いやちょっと悪いかもだけど!」
弾けるようにして、恭介の胸から飛びのいた奈緒紀が、うっかり口の滑った恭介の言葉に目くじらを立てて騒ぎだす。
「いや、俺が悪かったって。ごめんごめん。ただちょっと心配になっただけ」
すると意外にも、奈緒紀をフォローしたのがシノザキだった。
「こいつ、学科の勉強は結構まえからコツコツやってるんだ。実技も合格レベルだと思う」
「そうなんですか?」
「でもひとりで会場に行けるかがちょい心配なんで、お前面倒みてやって」
自分の身の処遇を案じてか、奈緒紀はじっと恭介を見あげていた。
(ほんとでかい目だな。しかもまつ毛もびっしりか……)
「はぁ。わかりました」
自分は何とかなるのだ。いままで無免だったのは、ただ単に免許取得はまぁそのうちでいいかと暢気に構えていて、延ばし延ばしになっていただけなのだから。
ただこいつがな、と恭介は眉を顰めた。
面倒をさけていたら、余計に面倒なことになってしまった。吐きそうになった溜息を恭介は飲みこむ。
(まぁ、いっか。こいつがダメだったら、ここに来るのをやめればいいだけだ)
恭介は軽く考えることにして、とりあえずは奈緒紀と連絡先を交換した。それを見届けたマサキが冷たい声で告げる。
「交換終わったんなら、奈緒。もうお前は帰れ。おまえ見た目が中学生なんだから、こんな時間にここにいるとややこしいんだよ」
「でもだって俺、今日は用事があって来たんだから。それにお巡りさんにもさっきちゃんと理由云って許してもらったよ」
「既に捕まってたんか……」
けろっと云った奈緒紀に、呆れたようにシノザキが呟くと、マサキが偉そうな口ぶりで奈緒紀に訊く。
「いったいなんの用事だよ?」
「うん。それがぁ……、あっ みっちゃんいた!」
きょろきょろした奈緒紀はお目当ての人物を見つけたらしい。恭介に向かって「先輩ありがとね」と云って、さっと踵を返した。
「この間も! チョウメイ一発合格したよっ。助かった!」
走りさる彼の残した言葉に、恭介は彼が自分のことを覚えていたんだと驚いた。てっきり顔を覚えられていないのだと思っていたのだ。
(ずっと俺に気づいていて無視してたってのに、いまこのタイミングで礼を云うのか? 変わったヤツ……)
奈緒紀は敷地の端まで走っていくと、数人の女の子たちの群れに飛びこんでいた。そのうちのひとりに抱きつかれて、顔に胸を押しつけられてもがいている。
(まるでマスコットだな)
敷地内、どこにいってもかわいがられている奈緒紀に向かって、マサキが叫んだ。
「奈緒! その用が済んだらさっさと帰れよ!」
「はぁい。わっかりましたぁ」
マサキの声はちゃんと彼に届いていたらしく、奈緒紀はこちらを振り返るといちどだけ大きく手を振った。
***
あの夜から恭介はすっかり奈緒紀に懐かれていた。
自分の家で学科試験の勉強を見てやったせいか、彼は試験が終わったあともちょくちょく恭介の家に遊びにくるようになった。
奈緒紀は大抵深夜にやってきては、受験勉強をする恭介の傍でだらだらと過ごす。そして眠くなったら勝手にひとのベッドで寝てしまい、早朝に帰って行くのだ。
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