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 自分があの時あそこに居合わせなかったらと思うとぞっとする。
 あの日の三段壁はひとが少なく、とてもひっそりとしていた。ごつごつと荒らかな岩場と、なんの隔たりもなく茫洋と見渡せる蒼い海だけしかなく。彼はそんなさみしい風景をこの世の最期に目に映し、死んでいこうとしていたのだ。
 周囲に助けを求めることもできず、守ってももらえなかった彼が、たったひとりでつらい気持ちを胸に抱えて命を絶とうとしていただなんて、かわいそうすぎる。

 時間を巻き戻せるのならばもっとはやく、彼がまだなんの責任も負わずに笑っていられたころに行き、そこからずっと彼の傍についていてやりいたいくらいだ。
 いまこうして胸の中で彼の温もりと重さを感じていると、篠山は彼の命がこの世に残ってくれて、よかったと心底思えた。
 そのことをどこにでも、誰にでも感謝できる。それがたとえ、彼を不幸のどん底に落とした相手であったとしてもだ。
 彼とは、これからだ。
 神野のつらい過去が変えられないとしても、いまからさきの彼の人生をよりいいものに、幸福に満たされたものにしていくことは、可能だ。


 いや、もしかすると過去だって変化し得るのではないだろうか。彼の未来がいいものになるのならば、そこから振り返りみた過去は、また違ってくるのかもしれない。
 神野が将来、死ぬことを選んだつらく悲しかった日々を、そんなこともあったと笑いながら云えるようになればいいのではないか。

 そんな日が彼の未来のうちの少しでもはやい時点で訪れればいいと、篠山は目のまえにある愛しい存在にかわって、こいねがう。
 彼のこれからに、幸あれと。
 いつも背筋を正している彼の姿に、胸が詰まる思いがした。だから、彼の背後にまわっては、もっと凭れるようにと辛抱強く促してきた。
 最近になって彼はようやく、ひとに寄りかかるということを覚える気になったようだ。誰かの手をとる、誰かに甘えるということを。
 それでもまだまだだと思うし、とくに自分にはもっと甘えてくれればいいと思っている。もっと肩の力を抜いて、全身を預けてくれたらうれしい。

 相変わらず神野は篠山の腹のうえでおとなしくしていて、肋の浮いた胸だけを大きく喘がしていた。しかしさっきまで寄せられていた眉間の皺は、いまはもう見あたらない。
 篠山は欲情してピンクに染まる彼の手を、そっともとあった自分の腹のうえに戻した。腹から腰にかけて、興奮した肉体は熱があるのではないかと疑うくらいに熱い。

 神野が時折開く口腔には、溜まった体液が光って見える。まるで恍惚とごちそうを堪能しているようにみえる彼が、そのうち涎を垂らすのではないかと篠山はその赤い口に目を留めた。
 そんなに俺のものはおいしいか? と意地悪く淫らに囁いてやりたい。 
 空気をそっと吸うことによって開いた彼の肋が、またちいさく萎しぼんでいく。細く長い息を吐きだし終えると口は閉じたり、閉ざし損ねたりだ。
 思い出したように口を噤んだときは必ず唇をぎゅっと咬んでいる。その時のコクッと喉で鳴る、唾液を飲む音がいいと篠山は思った。

 ずっぽり篠山のものを包みこんで収縮を繰り返す彼の内臓は、ただ不随意に動くのに任せているだけではなかったようだ。息を吐ききり唇を閉じる。そしてそのタイミングで彼が自分のペニスを故意に締めつけていることに気づいて、篠山はかっと下腹を熱くした。
 自分の腹のまえでそそり立つ彼のものが、とろとろっと液を吐きだすのも、ずっとそれとおなじタイミングだったのだ。
(なんてスケベなんだよ、こいつの身体は……)
 とても騎乗位初心者とは思えない。
「ひゃぁ……っん」





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