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しおりを挟む「祐樹ん家さ、離婚って、父親は祐樹と弟の養育費とか払ってくれていたの?」
「いいえ。払ってもらってないです。父はいなくなったんです、十年ほどまえに」
「へ? どゆこと?」
「はぁ。でもホントにいなくなったんです。ある日突然に。どこにいるのか私は知りません」
週末、みんなで集まって食卓を囲んだあとの春臣との会話だ。
ダイニングテーブルには、ふたりのほかには遼太郎が座っていた。口数の少ない彼は会話に参加することもなく、広げたクロッキー帳に鉛筆を走らせている。家主の篠山はというとリビングのソファーに移って、静かにたばこをふかしていた。
「あの……、どういうこと? 父親のこと、誰もどこにいるか知らないの?」
スパークリングワインをグラスに注いだ春臣が、そのうちのひとつを手渡してくれた。
「蒸発したってことで、数年後に母が離婚届を出していました。たぶん母も伯母も父の行方は知らないと思うんですが……」
子どものころのことだし、神野にはその経緯はよくわからない。母に訊いても「知らない」の一点張りで埒が明かず、神野ははやいうちから父のことを詮索するのはやめていた。ただ大人同士の会話から、周囲の誰もが本当に彼の行方を知らず手を焼いていたのが伝わってきていた。
ありがとうございますと、お礼を云って受けとったグラスを唇に押しあて、首を傾げる神野に、彼はどんどん質問してくる。
「じゃあさ、なんで離婚した旦那の姉の面倒を、祐樹ん家がみないといけないの? そりゃ祐樹と伯母さんは、ちょっとは血が繋がっていたかもしれないけど、そんなの祐樹のお母さんが断ったらいいのに」
理不尽だと、春臣がテーブルをバンと叩く。
「んー。それを云うとですね。実は私と伯母さんは血が繋がっていないんです」
「は? なにそれ? なんで?」
「父は田嶋の養子でして、血の繋がっていない兄のお嫁さんが伯母なんです」
「……それってその伯母さん、祐樹にとってはほんとにまったくの他人じゃない。なんで面倒みるの? 祐樹そのひとに恩でもあるの?」
「私は最近まで彼女とは面識がなかったので……どうでしょう? 恩はあったのかな?」
「いや、だったらないでしょ」
「母は伯母に乞われるままに大抵のことはしていますね。昔のこととか自分は全く知らないんですが、母はなにか伯母に弱みを握られているようで逆らえないらしいんです。その理由を聞いても言葉を濁されて、教えてもらえないんですけどね」
伯母からの電話にいつも従順な返事しかしない母の姿を思いだし、神野は重くなってきた胃に手をあてた。
「はあぁ? なんか、祐樹には悪いけど、俺正直、その伯母さんよりも祐樹の母親にムカつく。会ってめっちゃ罵りたい」
「なんなら会いにいって、云ってやってください」
憤懣遣るかたないようすの春臣に、神野は首を傾けるとふんわりと微笑んだ。不思議なことに胃の閊えが、すうっととれていく。
「じゃあさ、その伯母さん、入院していて家なんていらないんだから、家を処分しちゃったら? 家賃浮いたぶんで入院費まかなえばいいじゃん。もし退院することがあったら家を借りなおすか、お金ないなら祐樹の実家で同居したらいいんだよ」
「でもまぁ、家くらいは置いてあってもいいんじゃないですか。ただ、彼女お店も持っているんですよ。そっちは処分したほうがいいんじゃないかって。それとなく云ってみたんですが、どうしても嫌だって断られてしまいました」
「なに、その話。ひとにお金支払わせておいて、営業してない店をキープしてるってこと?」
「そうなんです」
「その店も、伯母が勤めていた会社を辞めてはじめようとしたばかりのところで。やっと夢が叶ったってタイミングで癌が見つかったので、まだ開店準備の途中のまま放置状態なんですって。でもその店が彼女の生きがいになっているみたいで……だから、強くは云えません」
「はぁ……。なんか祐樹の身内の話聞いていると、俺の神経が焼き切れそう。その伯母さんが身辺整理したらお金が浮くのに。がめついな。祐樹のお金あてにしているの、ホントムカつく」
不愉快そうに唇を歪めた春臣は、ワインをグビッと呷った。神野の話はいい酒のアテになるようで、食後のいっときのあいだに、彼はなんとボトルを二本も開けていた。
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