3 / 4
3
しおりを挟む
「ふつう、あんなにでかい声でねーわ‼ AVじゃあるまいしっ」
「嘘ですっ! じゃあ、遼太郎さんはっ? そんなこと云ったって遼太郎さんだってでるでしょう!?」
「でない!」
「えっ⁉」
きっぱり否定されて神野は目を瞠った。
「なんだ、その顔はっ」
「そうなんですか? って、そういえば……」
神野は去年こっそり覗いた、篠山と遼太郎のセックスの光景を思いだした。余談だが、それが当時住まわせてもらっていた篠山のところを飛びだして、神野がこのアパートの居つくことになった原因だ。
忘れたくても忘れられない最悪な記憶にいっきに不愉快になりながらも、そう云えばあのときベッドのなかで行われた篠山と遼太郎の行為は、篠山と自分のするものよりもはるかに静かだったと思い当たる。
遼太郎は最中に篠山と会話をするほどの余裕をもっていたし、確かにおおきな声なんてあげていなかったのだ。しっかり挿入されて、篠山にあんなに腰を振られてていたにもかかわらずにだ。
ガ―ン!
「ばっか! 祐樹、絶対なにも云うな! お前もう黙れ! なにも考えるな‼」
「うぐっ!?」
ちらりと遼太郎の顔を見あげると、なにかを察したのかすかさず遼太郎に怒鳴られてしまった。あげくに唖然と開きかけた口までがしっと手荒く塞がれる。
(ひ、ひどい……)
口を塞がれずとも野暮な話を口にするつもりは、毛頭ない。そんなことよりもここにきてはじめて自分が異常なのかもしれないという疑念が生まれ、神野にはそちらのほうが問題だったのだ。
(AVじゃあるまいしって……)
AV自体は見たことはないが、それでもなんとなく想像はできる。
(俺、そんな声出しすぎ? どうしよう、篠山さんにヘンに思われていたりするの⁉)
彼からなにも云われたことはないが、もしも変態だとか淫乱だとか思われていたらどうしよう。
ガ――ン!
ショックで目のまえが暗くなりかけたが、どうやらそれは酸欠が原因だったらしい。遼太郎に塞がれていた手を離されて、息がまともに吸えるようになると、ふと気が確かなものになる。
「ってか、前から思ってたけど、祐樹」
「は、はい」
クリアになった頭と視界で遼太郎を見あげる。こんどはなに? と内心たじたじだ。
「お前って、ほんっと、デリカシーないよな」
「えっ?」
追い打ちをかけるように告げられた遼太郎の言葉に、いまのは幻聴だろうかと神野は自分の耳を疑がった。
「……え? ……え?」
――デリカシーが、ない……。自分が?
(……うそっ、俺って、デリカシ―ないの⁉)
二重のショックで凍りついてしまう。
普段から鈍感で、意固地で 頑固者だと春臣にレッテルを貼られまくっている自分が、デリカシーまでないとなると、人間としてどうなのだろう。相当よくないのではないだろうか。険しい顔をする遼太郎をまえに、神野はどこまでも沈んでいった。
そんなとき、
「祐樹、祐樹。大丈夫だよ」
ふいに話にはいってきたのは春臣だった。
「春臣くん……」
神野は春臣を縋るようにして見つめた。彼はシャープペンを手にしたままだったが、自分を安心させるようにやさしく笑うとつづけて云ったのだ。
「声でちゃう男の子なんて、いっぱいいるから」
「本当ですか?」
春臣はうん、うんというふうに、首を数回縦に振る。なにを根拠に彼がそういうのか深くは考えることはしないで、このまま春臣の言葉を信じたい。
「うん。もちろん演技する子もいるっちゃいるけど、グズグズになっちゃってあんあん鳴く子なんて、かるく二十人、いや三十人はいたからね。だから、安心しなね」
それを聞いて神野はホッと息を吐いた。
「はい、よかったです」
すぐ隣で苦虫を噛みつぶしたような顔をしている遼太郎には気づきもしなかったが、しかし。
(ん?)
――いたからね? ちょっとした語尾の持つ違和感には気づくことができた。
(……それっていったい)
春臣のセリフのなかに、触れてはならない暗黒への出入り口を垣間みた気がした神野は、しかしそれにはそっと目を瞑ることにした。
それにしても自分たちはいま、なんて品がない話をしているんだろう。情けなない気持ちになりつつも、それでも今回のことは、自分が加害者で遼太郎は被害者だと反省はする。
神野が改めて遼太郎に詫びようと彼を振り返ると、遼太郎はなにも云わないで部屋をでていこうとしているところだった。
「遼太郎さん」
と、彼を呼び止めたのと、顎に指さきを当てた春臣が徐に話だしたのは同じタイミングだ。
「まあね。デリカシーの塊の遼太郎くんには、声なんてだせないもんね。そりゃ祐樹が妬ましいか」
遼太郎の足がぴたりととまった。
「あ、違うか。羨ましいのか」
「春臣くん?」
ドアノブに手をかけた遼太郎がほんのすこしまえの神野のように、凍りつくようにして固まっていた。
「嘘ですっ! じゃあ、遼太郎さんはっ? そんなこと云ったって遼太郎さんだってでるでしょう!?」
「でない!」
「えっ⁉」
きっぱり否定されて神野は目を瞠った。
「なんだ、その顔はっ」
「そうなんですか? って、そういえば……」
神野は去年こっそり覗いた、篠山と遼太郎のセックスの光景を思いだした。余談だが、それが当時住まわせてもらっていた篠山のところを飛びだして、神野がこのアパートの居つくことになった原因だ。
忘れたくても忘れられない最悪な記憶にいっきに不愉快になりながらも、そう云えばあのときベッドのなかで行われた篠山と遼太郎の行為は、篠山と自分のするものよりもはるかに静かだったと思い当たる。
遼太郎は最中に篠山と会話をするほどの余裕をもっていたし、確かにおおきな声なんてあげていなかったのだ。しっかり挿入されて、篠山にあんなに腰を振られてていたにもかかわらずにだ。
ガ―ン!
「ばっか! 祐樹、絶対なにも云うな! お前もう黙れ! なにも考えるな‼」
「うぐっ!?」
ちらりと遼太郎の顔を見あげると、なにかを察したのかすかさず遼太郎に怒鳴られてしまった。あげくに唖然と開きかけた口までがしっと手荒く塞がれる。
(ひ、ひどい……)
口を塞がれずとも野暮な話を口にするつもりは、毛頭ない。そんなことよりもここにきてはじめて自分が異常なのかもしれないという疑念が生まれ、神野にはそちらのほうが問題だったのだ。
(AVじゃあるまいしって……)
AV自体は見たことはないが、それでもなんとなく想像はできる。
(俺、そんな声出しすぎ? どうしよう、篠山さんにヘンに思われていたりするの⁉)
彼からなにも云われたことはないが、もしも変態だとか淫乱だとか思われていたらどうしよう。
ガ――ン!
ショックで目のまえが暗くなりかけたが、どうやらそれは酸欠が原因だったらしい。遼太郎に塞がれていた手を離されて、息がまともに吸えるようになると、ふと気が確かなものになる。
「ってか、前から思ってたけど、祐樹」
「は、はい」
クリアになった頭と視界で遼太郎を見あげる。こんどはなに? と内心たじたじだ。
「お前って、ほんっと、デリカシーないよな」
「えっ?」
追い打ちをかけるように告げられた遼太郎の言葉に、いまのは幻聴だろうかと神野は自分の耳を疑がった。
「……え? ……え?」
――デリカシーが、ない……。自分が?
(……うそっ、俺って、デリカシ―ないの⁉)
二重のショックで凍りついてしまう。
普段から鈍感で、意固地で 頑固者だと春臣にレッテルを貼られまくっている自分が、デリカシーまでないとなると、人間としてどうなのだろう。相当よくないのではないだろうか。険しい顔をする遼太郎をまえに、神野はどこまでも沈んでいった。
そんなとき、
「祐樹、祐樹。大丈夫だよ」
ふいに話にはいってきたのは春臣だった。
「春臣くん……」
神野は春臣を縋るようにして見つめた。彼はシャープペンを手にしたままだったが、自分を安心させるようにやさしく笑うとつづけて云ったのだ。
「声でちゃう男の子なんて、いっぱいいるから」
「本当ですか?」
春臣はうん、うんというふうに、首を数回縦に振る。なにを根拠に彼がそういうのか深くは考えることはしないで、このまま春臣の言葉を信じたい。
「うん。もちろん演技する子もいるっちゃいるけど、グズグズになっちゃってあんあん鳴く子なんて、かるく二十人、いや三十人はいたからね。だから、安心しなね」
それを聞いて神野はホッと息を吐いた。
「はい、よかったです」
すぐ隣で苦虫を噛みつぶしたような顔をしている遼太郎には気づきもしなかったが、しかし。
(ん?)
――いたからね? ちょっとした語尾の持つ違和感には気づくことができた。
(……それっていったい)
春臣のセリフのなかに、触れてはならない暗黒への出入り口を垣間みた気がした神野は、しかしそれにはそっと目を瞑ることにした。
それにしても自分たちはいま、なんて品がない話をしているんだろう。情けなない気持ちになりつつも、それでも今回のことは、自分が加害者で遼太郎は被害者だと反省はする。
神野が改めて遼太郎に詫びようと彼を振り返ると、遼太郎はなにも云わないで部屋をでていこうとしているところだった。
「遼太郎さん」
と、彼を呼び止めたのと、顎に指さきを当てた春臣が徐に話だしたのは同じタイミングだ。
「まあね。デリカシーの塊の遼太郎くんには、声なんてだせないもんね。そりゃ祐樹が妬ましいか」
遼太郎の足がぴたりととまった。
「あ、違うか。羨ましいのか」
「春臣くん?」
ドアノブに手をかけた遼太郎がほんのすこしまえの神野のように、凍りつくようにして固まっていた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの高校一年生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の主人公への好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
花氷のリン
不来方しい
BL
茶道の家元となるべく、葉純凜太は毎日稽古に明け暮れていた。叔父の一馬と身体の関係を続け、密かな恋心を抱いていた矢先、突如別れを告げられる。男性にしか恋が出来ない跡継ぎ、失った愛、家元に逆らえない運命が小さな身体にのしかかる。
心臓の病に倒れたとき、救ってくれたのは写真家の息子で、プロのサッカー選手を夢見る八重澤淳之だった。自由に生きる彼に惹かれるも、ことあるごとにちょっかいを出す一馬。
淡い恋心の間で揺れ動く──。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる