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「もうっ! 大智先輩、信じらんないっ」
 寒い夜道を肩を怒らしてズンズン歩くと、言葉に合わせて白い息がけむりのようにたちあがった。

 ばっと振り返ると、大智がこちらに向かって舌を出していたので、まったく反省していない彼に「大智先輩っ!」と、潤太は一喝した。

「ほら吉野、マフラー落ちたよ」
 云われて俊明のほうを見ると、歩いてきた道に首に引っ掛けていたはずのマフラーが落ちている。俊明はそのマフラーを拾いあげると、潤太のところまでやってきて、そして丁寧に首に巻きなおしてくれた。

(近っ……)
 いきなりの接近に、潤太は顔を火照らせて俯く。自分の顔にちょっと触れただけの彼の指の感触が残った。

「……ありがとうごさいます」
「吉野。気をつけろよ。こいつ、優等生面して、実は手ぇ早いんだからな。すぐ食われるぞ」
「いや、手がはやいのはお前だ、大智。さっきのことをもう忘れたのか?」
「そうだよっ! あんたが一番、ヤバいんでしょうがっ!」

 グルルルルッ。
 喚きたてただけでは治まらず、ついに唸りだした潤太の口から、また白い息がふわふわと昇っていく。

「あ、ベテルギウスだ」
 ふわっと広がり消えていく白いけむりを視線で追っていた潤太は、東の空にひときわ輝く赤い星を見つけた。すこし離れたところには仲良く三つ並んで輝く星もある。

 順にふたつ、みっつ、ふたつと空に飾られたそれらの星を線でつなぐと、鼓のかたちのような星座ができた。教科書にも載っているオリオン座だ。日本ではその形から古くは鼓星つづみぼしと呼ばれている冬の代表的な星座だ。

「ねぇねぇ、先輩、見てみて! オリオン座がきれいに見えてるよ」 
「ああ、見えているね」
「吉野、お前星座とか詳しいの? 意外だな」

 空気がしんと冷えているぶん、夜空はどこまでも澄んでいる。探せばきっとどこかにおおいぬ座とこいぬ座も見つかるだろう。潤太はわくわくしながら空を見渡した。
 オリオン座のベテルギウス、おおいぬ座のシリウス、そしてこいぬ座のプロキオン。それらの大きな三つの星を線で結ぶと、冬の夜空を飾る大三角形ができるのだ。

「さんかく、かぁ」
 潤太は囁きを隠すかのように、マフラーを口にそっと寄せた。まるで、自分と先輩たちの関係だと、こっそりと笑う。
(やったぁ。ふたりとも俺の恋人なんだよ? めっちゃうれしいぃ)

 潤太は晴れてふたりとつきあうことになったのだ。なんど思い返してもうれしくってしょうがない。どちらかなんて選べるわけがないじゃないか。だって、ふたりが大好きなのだから。先輩たちがそれでいいと云ってくれているのだから、遠慮なくそれに甘えるのだ。

 ギリシャ神話にでてくるオリオンは、2匹の犬のうちおとなの犬だけを連れて狩りに出かけてしまう。天の川を渡れない小犬を置いていくのだ。
 冬の夜空にこのトライアングルを見つけるたびに、潤太は兄がはじめてこの物語を聞かせてくれたときのことを思いだす。

 あのとき幼かった潤太は、なんで小犬を置いていくだと兄に文句を云ったのだ。でも兄に云わせると、それが正しいおとなの判断だそうだ。

 そして半分ほどおとなになった今も、潤太はやっぱり納得できていない。一匹だけを置いていくだなんて、自分には絶対にできないことだった。潤太は置いて行かれる小犬の気持ちになっているわけではない、自分が狩人オリオンの立場になって、考えている。

 幼い潤太は兄に、こう云った。
「ぼくなら、子犬を抱っこしてでも連れていく!」
 潤太は昔から、欲張りだった。

 学校のあるこの周辺は、昔は別荘地だったそうだ。西洋人も多く住んでいたという。新興住宅地とはちがい比較的落着いた佇まいの家ばかりで、その住人達も高齢者がおおい。どの家もはやいうちから灯りを落とすので、こんな時間になると通学路は暗くひっそりとしていた。

 それでも都心部に近いだけあって、この夜空には天の川は見えることはなかった。だからプロキオンだけが天の川に隔てられることもなく、子犬はちゃんとオリオンや大犬とたちと一緒にいる。みんな仲良く三角形だ。

 潤太はこの先の自分たちも、この空のようにあれたらいいなと思った。天の川なんて永遠にいらないのだ。
「あっ」

 いつまでもオリオンを見上げながら歩いていた潤太は、視界に流れ星を見つけた。やった、またとないチャンスだ。潤太は両手の指を絡めて、咄嗟に祈る。
(ずっとずっと三人で仲良くいられますように‼)
 健気だ。それなのに。

「ねぇ! 先輩たち、いまの流れ星、見た⁉」
 祈り終えると笑顔で振り返った潤太はびっくりした。てっきり後ろについてきていると思っていた俊明と大智は、なんと潤太の数メートルもうしろで足をとめていた。しかもまた口ゲンカをしている。

「ええっ……。いったいなにがあったの?」
 潤太はあんぐりと口をあけると、本当に流れ星は自分の願いを叶えてくれるだろうかと、さっそく心配になってしまったのだ。


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