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  週の半ばは伊豆諸島付近に発生した低気圧の影響で東京にはうっすらと雪が降り、続いて翌日には日本海を北進しながら成長した低気圧が一日で大きく気圧を下げて爆弾低気圧となったせいで、全国的に暴風が吹き荒れた。

 ところがこれぞ冬といった過ごしにくいウィークリーのあと迎えた一月最後の土曜日は、空がとても澄んだいい天気になった。
 ニュースを見れば日本海側や関東の一部では、まだまだ屋根に積もった雪を掻き下ろしたり交通渋滞を起こしたりとたいへんそうだったが、東京においては雪が降った記憶さえ人々の記憶に残っていないのではないだろうか。街には雪解けあとの水たまりさえ残っていなかった。

 しかし二日近く荒れ狂った暴風の影響は街のそこかしこにその爪痕を残し、あちこちで折れた街路樹の枝は道を塞ぎ、吹き溜まりにはゴミだけでなくどこかの家のハンガーやら、バケツやらの日用雑貨まで転がっていた。

 神野も昨日の仕事では、午後は工場の敷地内外の掃除に駆り出されたほどだ。もちろん住んでいるアパートの敷地内も目を当てられないほどに荒れており、帰宅するや暗いなか街灯を頼りにして、春臣とふたりで周辺の道や駐輪場など、住人の利用範囲内を軽く片付けた。

 金曜日の夜だったので恋人の篠山にはマンションに泊まらないかと誘われていたが、この散らかったアパートの掃除を手伝わないとして他に自分がいつ春臣の役に立つときがあるのだろうか、と、篠山の誘いは「今日は帰ります」と断っている。

 そのときの篠山とのひと悶着を思いだして、むっと唇と尖らせた神野だったが、さわやかな朝の陽光と空気、そして片付いてすっきりした周辺に不機嫌も続かず、あっというまに眉間の皺を解いた。

「いい天気になりましたね」
 風も雲もなく、穏やかな陽射しが箒を持つ神野の背中をほのかに温めてくれる。今朝は気温も十度を超えているだろう。出かけるのにもうってつけの一日になりそうだった。

 篠山は今日も半日は仕事だ。土曜日なので、事務所にはいつもよりは遅いめの時間に遼太郎や末広がやってくる。ふたりは四、五時間働けば帰って行くが、篠山は引き続きだらだらと働くのがあたりまえになっていた。たいして春臣は昨日で試験が終わり、春休みへと突入したのだ。かねてから春休みに春臣と遊びにいく約束していた神野は、それが楽しみで仕方がない。
 
 手はじめに、二月は週末ごとに篠山に車を借りて日帰りで温泉旅行に行くことになっていた。今日はこの掃除が終わったらスーパーへ買い物に行く。春臣の試験が終わるまでは自重していたが、昨夜まではスマートフォンで調べていた日帰り旅行の情報を雑誌でも手に入れたいと思っていた神野は、今日こそ旅の情報雑誌を買うつもりでいた。
 
 近所中から飛んできてアパートの敷地内に溜まっていたゴミはなんと四十五リットルのゴミ袋、三袋ぶんもあり、それをゴミ置き場に運んでやっと掃除も終了だ。
「よっし、祐樹終わったー。部屋入ってなんか食べよ。悪いけどこっちの袋をゴミ箱にいれたあと、箒とかしまっといてね。俺はこれ戻してくる」

 敷地の掃除に使っている箒やチリ取り、そしてトングなどは屋外向けの大型のスチールのゴミ箱の背面に隠すようにして収納するのだ。
「はい、わかりました。うんしょっ、と」
 神野が最後のゴミ袋を持ちあげると、春臣はノコギリやビニールテープを持って、倉庫のほうへ歩いていった。ノコギリもビニールテープも、どこからか飛んできた大きな折れた枝をゴミ回収してもらえるサイズに切ってまとめるために使用したのだ。

 このあと朝ご飯を食べてから春臣と近所のスーパーに買い出しにいき、買い物のあとはそのまま篠山のマンションに行って昼食準備だ。
 ちなみにこれらのお手伝いにも、篠山はちゃんとアルバイト料を支払ってくれているらしい。彼のお金の使いどころと使いかたは、神野にはとても珍しく感じられて、しかもよくわからない。けれども春臣には通じるものがあるらしく、彼は渡されるお金に遠慮もなければ気おくれすることもなく、「くれるって云うなら貰っておけばいいでしょ?」と一切動じないのだ。

 最後のゴミ袋をゴミ箱に入れたあと、云われたとおりに掃除道具を片付けていると、とっとと戻ってきた春臣が神野の隣で「あ、遼太郎くんだ」と呟いた。
 顔をあげて見てみると、遼太郎が見知らぬ男性といっしょにアパートに帰ってくるところだった。

 道路の向こうから真っ直ぐ歩いてくる遼太郎は、自分たちに気づいていないようだ。景観をよくするために設けられたゴミ置き場を隠すための壁と木が邪魔していていて、こちらが見えていないのだろう。

 今日も遼太郎は落ち着いた色合いのセーターに、黒のテーパードパンツというシックな装いをしていた。
 彼は眉とまつ毛のバランスからか、目もとにとても特徴がある。艶やかな黒髪も前髪や襟足がすこし長めなので、そんな彼がブラック系統の服を着ると濡れ烏といった印象があった。有能で行動的な彼は腹も据わっていていつも物静かだ。いまもアパートの入り口に向かって悠々と歩いていた。
 
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