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【第50話】終わりの始まり

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 イヴが今後の対策のため奔走していた頃、漣は自分の仕事をこなすためキッチンに立っていた。

 帰りに立ち寄った市場で買ってきた、牛肉っぽい赤身のもも肉を一口大に切り、塩とコショウを振って揉み込む。

 今夜のメニューは、牛ではない何かの肉を使ったビーフシチューもどき。

 メビウス少年のサービスなのか、バターと缶入りデミグラスソースがパントリーにあったのは何気に嬉しい。

 バターを溶かしたフライパンで肉を焼き、乱切りのニンジンとくし型に切った玉ねぎを加えて炒める。

 玉ねぎが透明になってきたら丸ごと圧力鍋に移し、赤ワインと水を入れ沸騰したところで灰汁を取る。

 それからフタをして15分ほど煮込み、デミグラスソースにトマトケチャップ、ジャガイモを投入して、かき混ぜながらジャガイモが柔らかくなるまで更に煮込む。

 玉ねぎは溶けてしまったものの、ビーフシチューもどきの出来上がったところに、ちょうどイヴも帰ってきた。

「え? これって、シチューですか? とろみがあって、味が濃厚で……とても美味しいです」

「お肉もほろほろで、柔らかいね~」

「酸味と甘みのバランスが、絶妙ですねぇ。食べ過ぎてしまいそうですぅ」

 デミグラスソースが口に合うかどうか、心配には及ばなかったようで、三人とも満足げな様子で平らげてくれた。

「やっぱり、キテレツくんの料理は最高だね~」

「これからも、お願いしますねぇ」

「ははは、どうも」

 レシピ通りに作っただけで、漣のオリジナルメニューという訳ではないので、面と向かって褒められるのはどうにも面映ゆい。

「あの、ノーバディさん……」

 食事を終えたイヴが膝に手を置き、神妙な顔で漣を見つめた。

「あ、もしかして、口に合わなかった?」

「いえっ、お料理は美味しく頂きました。そうではなくて……いえ、今ここで話す事ではないわ。明日の朝にしましょう」

 イヴはそう言うと席を立ち、リーナとクレムに短く目配せをして二階の部屋へと上がって行った。

「じゃあ、ボクたちも疲れたから、これで休むね~」

「お休みなさい、ノーバディさん」

 明らかに何か、三人だけの秘密の話をするのだろう。

 漣は何も聞かず、夕食の後片づけを始めた。


◇◇◇◇◇


 その日、夜半を過ぎた頃。

 見張りの目を搔い潜り、夜の闇に紛れて結界柱に近づく二つの影があった。

「なあ、ホントにやるのか? キール」

 覆面で顔をかくした男の一人が、不安そうにもう一人に尋ねた。

「当たり前だろ。死にたくなきゃ、覚悟を決めろよ、テッド」

 答えた男の声も僅かに震えている。

「簡単な仕事だ、コイツをこの結界柱に仕掛けるだけだからな」

 そう言ったキールの手には、グレイオがガロウズに渡した、結界柱を壊すための青い石が握られていた。

 もちろん、ガロウズに命じられてここにやって来た二人の男は、ガロウズの手下たちだ。

「けどよ、不味くねぇか。俺たち、人間を裏切る事になるんだぜ……」

 結界が壊れれば、街に魔物が入ってくる。

 その混乱を予想して、テッドは弱気になっていた。

 ただ、それは石を手にしたキールも同じだ。

「知るかよ。お前もラスたちが殺られるのを見たろ。俺は、あんな死に方はご免だぜ」

「このまま、闇にまぎれて逃げるってのは……」

 仮に、魔族に加担した事が明るみに出れば、絞首刑は免れない。

「止めとけよ。それこそ、街を出た途端……」

 キールはテッドの目の前に拳を出し、ぱっと開いて見せた。

「そ、そうだな……俺も、死にたかぁねぇ」

「そうだろ? あの魔族も、ちょっと騒ぎを起こすだけって言ってんだ。街の人間が何人か死ぬだろうが、あの女勇者を好きにできて、ノーバディってヤツを殺れりゃ、安いもんだぜ」

「あ、ああ。今までもそうしてきたんだしな。きっとこれからもそうだ」

 彼らは、自分の都合の良い生き方をしたいがため、ガロウズの配下になった。

 ガロウズに従ってさえいれば、好きなように他人を弄んで、好きなだけ欲しい物を手に入れられた。

 だから、街に魔物がなだれ込んでくるとしても、自分たちに牙を向けるなどという考えは、一切持ち合わせていなかった。

「よし、これでいい。さっさと戻ろうぜ」

 キールたちは結界柱に石を仕掛けると、来た時と同じように闇の中へ消えて行った。


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