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【第34話】理不尽な捕縛

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「手が滑っただと?」

 男は床のスプーンを蹴とばし、射殺すような眼光で漣を睨んだ。

 敵意と殺気を向けてくる男に重なる警告は、ディスアザードやオークウルフ並みの【ARERTⅡ】と、人間にしてはなかなかに高い。

「どう滑らせりゃ、こんなモンが飛んでくるんだ? 上手い言い訳は考えてんだろうな」

 悪びれる様子を見せることなく、漣は手の平を見せ大袈裟に肩を竦める。

「いやあ、ホントすまなかった。次はちゃんと頭に当てるから勘弁してくれ」

「随分なめ腐った野郎だな。俺様が誰だか知らねえのか」

「ん? どっかで会ったっけ? もしかして幼馴染とか? ああダメだすまん、やっぱり思い出せないわ」

 終始ふざけた態度を崩さない漣に業を煮やしたのか、男は肩を怒らせてずかずかと近づき、テーブルが壊れそうなほどの勢いで左手を叩きつけた。

「こう見えて俺様は優しいんだ。今泣いて謝れば、有り金全部に半殺しと、後は腕一本で許してやるぜ?」

 男は左手で、自分の右腕を切るような身振りを見せる。

 教養も知性もない見た目通り、弱いと思った相手にはとことん追い込みを掛ける、根っからの屑だ。
 当然、漣に一歩も引く気はない。

「俺はこう見えて無慈悲なんだ。今あの子に謝って大人しく店を出れば、血の味のする酒を飲まなくても済むけど?」

「ああ? そりゃどういう意味だ?」

「さあな、試してみなよ。後悔するぜ?」

 あからさまな漣の挑発に男がキレた。

「ふざけんなコラァ!!」

 男は怒声をあげ、勢いよくテーブルを蹴り飛ばす。

 シチューの残った鉢が床に落ち音を立てて割れるのを横目に、漣は素早く立ち上がり男の鳩尾に突きを打ち込む。

「ぐはっ」

「食べ物を粗末にするな、この馬鹿」

 ニヤけながら様子を窺っていた手下の男たちが、よろけるリーダーを見て顔色を変え、一斉に漣へと押し寄せる。

「店の中で騒ぐな。他のお客さんに迷惑だろ」

 漣はリーダー格の男の顔を掴み外へ投げ飛ばし、自分もすかさず店外に出た。

 なるべく揉め事を起こしたくはなかったが、この状況では致仕方ない。

 しっかり順を追って説明すれば、イヴたちも分かってくれるだろう。多分。

 それに……。

「てめえ!」「なめやがって!」「ぶち殺してやるぜ!」

 ステータスにあった、『格闘』スキル★5がどんなものなのか試すチャンスでもある。

 先ずは殴りかかってくる3人の拳を躱し、顎と頬と腹に一発ずつ掌底突き。

 一応手加減をしてみたのだが、男たちは数m吹っ飛んでいった。元の世界の人間なら確実に死んでいるところだ。

「息は……ありそうだな」

 ピクピクと痙攣していても、死ぬような気配はない。

「くそっ!」

「死にやがれ!」

 リーダーを含め一気に4人もやられて、素手では勝てないと思ったのだろう、残った4人が剣を抜いた。

 冒険者らしくそれなりに剣術は使えるようだが、イヴに比べればその差は明らかでまるで子供のお遊戯にしか見えない。

 漣はダガーを抜くまでもなく男たちの剣を余裕で躱し、気付けば最後の一人の顔面に拳を叩きつけていた。

「弱……この程度の実力で、よくあんな好き勝手ができたな」

 まったくの拍子抜けで、これではスキルの検証も何もあったものではない。

「ああ、権力を笠に着てたってわけか」

 イヴたちの話しによると、この連中は守備隊長であるゼール男爵の食客らしい。

「てめえ……このまま無事に帰れると思うなよ」

 最初に投げ飛ばしたリーダーの男が立ち上がり剣を抜き放った。

「あれ、もう起きたのか? 丈夫なヤツだな」

「さっきは油断したが、今度はそうはいかねえ」

 じりじりと間合いを詰め、男が漣に切りかかる寸前。

「動くな! 大人しくしろ!」

 背後から数人の足音と、聞き覚えのある声が響いた。

「あんたはたしか、守備隊の……」

 漣が振り返った先にいたのは、槍を構えたシュルツ分隊長だった。

「やっぱりお前か。いずれ尻尾を出すとは思ってたが、こんだけ早く騒動を起こすとはな」

 シュルツが顎をしゃくると、部下の隊士たちがさっと漣を取り囲む。

「こりゃあシュルツ分隊長殿。いつもながら仕事熱心なことで」

 リーダーの男は剣を鞘に納め、シュルツに向かって意味有り気ににやりと笑った。

「お前らはさっさと屋敷に戻れ。あんまり俺の手を煩わせるな」

「へいへい。じゃあ後は任せますぜ分隊長殿。おいっ、お前らいつまで寝てやがる! 行くぞ!」

 立ち去る男たちをシュルツは顔を歪めて一瞥し、小さく舌打ちした後苦々しい表情を浮かべて漣を睨みつける。

「お前は一緒に詰所まで来いっ」

「え? ちょっと、何で俺だけ」

「うるせえ! 言いたいことが有るなら、詰所で聞いてやる!」

 守備隊相手に暴れるわけにもいかず、漣は訳も分からないまま大人しく連行されて行った。



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