204 / 215
父と母の青春
しおりを挟む
父は大学生時代をバイトと課題とフィールドホッケーに費やしていた。
当時の体育会系サークルで学生時代を過ごし、社会人生活の大半を当時の営業職で過ごした父は、飲み会や接待の機会が多く、体質的にもアルコールに強かったため、お酒を嗜むことは好きだったようだ。
通振れるほど詳しくも舌が肥えてもいなかったが、比較的品質の良いウイスキーやワインは好んで飲んでいたらしい。
コーヒーも好きだった父は、学生時代から母と付き合うに至るまで、遊びにはあまり時間を費やしてこなかったためあまり遊び慣れてもいなく、結果として馴染みのあるバーやカフェバー、カフェ、喫茶店、ホテルのラウンジなどの場所で、落ち着いて会話を重ねるといったデートが多かったそうだ。
母はコーヒーやアルコールをことさら好んでいたわけではないが、コーヒーの香りは好ましかったし、カクテルは口にあった。コーヒー好きの父が連れていくようなカフェでもティーを出してくれるお店は多く、紅茶やフレーバーティーを好んでいた母の趣向にも合っていた。
なによりも、父が連れていくそれらのお店は、落ち着いて会話が交わせる環境なのだが、言い換えればはっきり言って大人っぽくてお洒落な場所だった。
その辺が、お姫様願望かお嬢様願望か、とにかくそう言った傾向を持つ母の心を掴んだ。
遊び慣れていない寡黙な父は、ともすれば朴念仁で退屈な男性という属性になりそうだが、母には上品でスマートなジェントルマンに見えたのだろう。
父の服装や物腰にしても、優雅とまではいかないが、TPOを弁えたマナーは一応上流と呼ばれる家庭で過ごしてきた母が知る限りに於いてほぼ完璧だったことも高評価だった。
コーヒーやウイスキー、ワインを嗜む父は、しかし知識の披露などはせず、メニューを押し付けたりもしない。
本格的な珈琲屋に行っても、父がなんらかの賞をとったとかいうバリスタが淹れてくれたキリマンジャロの苦味と酸味のバランスを愉しんでいる前で、母はバニラアイスとチョコソースにココアパウダーが振られたアイスコーヒーを飲んでいても、父は笑顔でバニラアイスを少し分けてもらうなど、微笑ましいひとときを過ごしていた。
ムーディーでお洒落な場には、相応しい音楽が流れているものだ。
そこで母は、ジャズやボサノヴァに出会う。
会話を邪魔しない、背景となる音楽に心を預ける愉しみを識った。
定番の曲はある程度決まっているのか、いつしか母の中で馴染みのある曲が増えていった。
その内の一曲が、『Tristeza』だった。
今回のイベントのラストに採用された曲。今回のイベントの構成や曲目の選定を担当するビオラに、私からお願いして入れてもらった曲でもある。
当時の体育会系サークルで学生時代を過ごし、社会人生活の大半を当時の営業職で過ごした父は、飲み会や接待の機会が多く、体質的にもアルコールに強かったため、お酒を嗜むことは好きだったようだ。
通振れるほど詳しくも舌が肥えてもいなかったが、比較的品質の良いウイスキーやワインは好んで飲んでいたらしい。
コーヒーも好きだった父は、学生時代から母と付き合うに至るまで、遊びにはあまり時間を費やしてこなかったためあまり遊び慣れてもいなく、結果として馴染みのあるバーやカフェバー、カフェ、喫茶店、ホテルのラウンジなどの場所で、落ち着いて会話を重ねるといったデートが多かったそうだ。
母はコーヒーやアルコールをことさら好んでいたわけではないが、コーヒーの香りは好ましかったし、カクテルは口にあった。コーヒー好きの父が連れていくようなカフェでもティーを出してくれるお店は多く、紅茶やフレーバーティーを好んでいた母の趣向にも合っていた。
なによりも、父が連れていくそれらのお店は、落ち着いて会話が交わせる環境なのだが、言い換えればはっきり言って大人っぽくてお洒落な場所だった。
その辺が、お姫様願望かお嬢様願望か、とにかくそう言った傾向を持つ母の心を掴んだ。
遊び慣れていない寡黙な父は、ともすれば朴念仁で退屈な男性という属性になりそうだが、母には上品でスマートなジェントルマンに見えたのだろう。
父の服装や物腰にしても、優雅とまではいかないが、TPOを弁えたマナーは一応上流と呼ばれる家庭で過ごしてきた母が知る限りに於いてほぼ完璧だったことも高評価だった。
コーヒーやウイスキー、ワインを嗜む父は、しかし知識の披露などはせず、メニューを押し付けたりもしない。
本格的な珈琲屋に行っても、父がなんらかの賞をとったとかいうバリスタが淹れてくれたキリマンジャロの苦味と酸味のバランスを愉しんでいる前で、母はバニラアイスとチョコソースにココアパウダーが振られたアイスコーヒーを飲んでいても、父は笑顔でバニラアイスを少し分けてもらうなど、微笑ましいひとときを過ごしていた。
ムーディーでお洒落な場には、相応しい音楽が流れているものだ。
そこで母は、ジャズやボサノヴァに出会う。
会話を邪魔しない、背景となる音楽に心を預ける愉しみを識った。
定番の曲はある程度決まっているのか、いつしか母の中で馴染みのある曲が増えていった。
その内の一曲が、『Tristeza』だった。
今回のイベントのラストに採用された曲。今回のイベントの構成や曲目の選定を担当するビオラに、私からお願いして入れてもらった曲でもある。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
スルドの声(交響) primeira desejo
桜のはなびら
現代文学
小柄な体型に地味な見た目。趣味もない。そんな目立たない少女は、心に少しだけ鬱屈した思いを抱えて生きてきた。
高校生になっても始めたのはバイトだけで、それ以外は変わり映えのない日々。
ある日の出会いが、彼女のそんな生活を一変させた。
出会ったのは、スルド。
サンバのパレードで打楽器隊が使用する打楽器の中でも特に大きな音を轟かせる大太鼓。
姉のこと。
両親のこと。
自分の名前。
生まれた時から自分と共にあったそれらへの想いを、少女はスルドの音に乗せて解き放つ。
※表紙はaiで作成しました。イメージです。実際のスルドはもっと高さのある大太鼓です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ポエヂア・ヂ・マランドロ 風の中の篝火
桜のはなびら
現代文学
マランドロはジェントルマンである!
サンバといえば、華やかな羽飾りのついたビキニのような露出度の高い衣装の女性ダンサーのイメージが一般的だろう。
サンバには男性のダンサーもいる。
男性ダンサーの中でも、パナマハットを粋に被り、白いスーツとシューズでキメた伊達男スタイルのダンサーを『マランドロ』と言う。
サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』には、三人のマランドロがいた。
マランドロのフィロソフィーを体現すべく、ダンスだけでなく、マランドロのイズムをその身に宿して日常を送る三人は、一人の少年と出会う。
少年が抱えているもの。
放課後子供教室を運営する女性の過去。
暗躍する裏社会の住人。
マランドロたちは、マランドラージェンを駆使して艱難辛苦に立ち向かう。
その時、彼らは何を得て何を失うのか。
※表紙はaiで作成しました。
スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem
桜のはなびら
現代文学
大学生となった誉。
慣れないひとり暮らしは想像以上に大変で。
想像もできなかったこともあったりして。
周囲に助けられながら、どうにか新生活が軌道に乗り始めて。
誉は受験以降休んでいたスルドを再開したいと思った。
スルド。
それはサンバで使用する打楽器のひとつ。
嘗て。
何も。その手には何も無いと思い知った時。
何もかもを諦め。
無為な日々を送っていた誉は、ある日偶然サンバパレードを目にした。
唯一でも随一でなくても。
主役なんかでなくても。
多数の中の一人に過ぎなかったとしても。
それでも、パレードの演者ひとりひとりが欠かせない存在に見えた。
気づけば誉は、サンバ隊の一員としてスルドという大太鼓を演奏していた。
スルドを再開しようと決めた誉は、近隣でスルドを演奏できる場を探していた。そこで、ひとりのスルド奏者の存在を知る。
配信動画の中でスルドを演奏していた彼女は、打楽器隊の中にあっては多数のパーツの中のひとつであるスルド奏者でありながら、脇役や添え物などとは思えない輝きを放っていた。
過去、身を置いていた世界にて、将来を嘱望されるトップランナーでありながら、終ぞ栄光を掴むことのなかった誉。
自分には必要ないと思っていた。
それは。届かないという現実をもう見たくないがための言い訳だったのかもしれない。
誉という名を持ちながら、縁のなかった栄光や栄誉。
もう一度。
今度はこの世界でもう一度。
誉はもう一度、栄光を追求する道に足を踏み入れる決意をする。
果てなく終わりのないスルドの道は、誉に何をもたらすのだろうか。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
スルドの声(共鳴) terceira esperança
桜のはなびら
現代文学
日々を楽しく生きる。
望にとって、それはなによりも大切なこと。
大げさな夢も、大それた目標も、無くたって人生の価値が下がるわけではない。
それでも、心の奥に燻る思いには気が付いていた。
向かうべき場所。
到着したい場所。
そこに向かって懸命に突き進んでいる者。
得るべきもの。
手に入れたいもの。
それに向かって必死に手を伸ばしている者。
全部自分の都合じゃん。
全部自分の欲得じゃん。
などと嘯いてはみても、やっぱりそういうひとたちの努力は美しかった。
そういう対象がある者が羨ましかった。
望みを持たない望が、望みを得ていく物語。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【新作】読切超短編集 1分で読める!!!
Grisly
現代文学
⭐︎登録お願いします。
1分で読める!読切超短編小説
新作短編小説は全てこちらに投稿。
⭐︎登録忘れずに!コメントお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる