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夜更けの作業
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飲み食いの跡。
崩れたジェンガ。
散らばったカード。
祭りのあとの寂しさ、切なさ、侘しさ。
華やかな花火が、街を包むほどの喧騒が、鼻腔をくすぐる屋台の食べ物が、ひとびとを昂揚させる祭囃子や盆踊りの音が。
祭りに訪れたはしゃぐ幼い子どもに急かされている若い両親に、ベンチに腰掛け遠くの花火を見ている老夫婦に、神社の階段を駆け上がる少年たちの集団に、いつものようにおしゃべりできない幼いカップルに、道ゆく楽しげな人を独り眺め続ける社会に出たばかりの若い男性に。その場にいる者にとってのなんらかの思い出の一ページとなる。
それは、そんなお祭りだったことを示す証のようなものだ。
だから、静まった部屋で、先ほどまでの楽しさの残骸を見て、祭りのあとと同等の感傷を抱けているのは、それだけ素敵な時間を過ごせたということなのだ。
片付けるというみんなの気持ちだけ受け取って、みんなを車で駅まで送り届けた。
ゲストに片付けをさせないようにしたいという思いもあるが、片付けの作業ひとつひとつを丁寧に重ねていくことは、お祭りから日常へと戻る儀式のように思えた。
「これはキッチンに持ってっちゃって良い?」
頷くと、がんちゃんは食器類を手際よくまとめて運んでいった。
ファミレスでのバイトががんちゃんの片付けスキルを上げているのかもしれない。
がんちゃんにも手伝いは要らないと言ったのだが、片付けくらいやるよというので、それならばとありがたくお願いした。
「あとは、なにかある?」
戻ってきたがんちゃんが尋ねた。
場は一通り片付いていた。
「うんん、もう大丈夫だよ。ありがと」
片付けは終わった。が、私にはまだやることがある。
「あれ、直すの?」
残されていたのは、部品と化したスルド。
練習することを考えれば、今日中にでも直してしまいたい。
幸い、このあとチカとは通話の時間がもらえることは前もってメッセージで確認してあった。
スルドの組み立て方は自分も知っておきたいからこの場にいたいとがんちゃんから申し出があった。
もちろん快諾する。
作業には四苦八苦することが想像に難くは無いが、そんな私の姿をがんちゃんに見せるのも悪くない。
「うわー、派手にやったねえ。これは想像してた以上かも。私も組み立て経験が豊富なわけじゃないから」
繋いだモニター越しのチカからの自信のなさそうな言葉と共に、組み立て作業は始まった。
「あれ? なんか余った」
「え? そんなことにならないはずなんだけど......」
「あれえ......」
「それ、ここの作業の時に一緒につけるんじゃないの?」
「あ、そっか。さすががんちゃん! スルドの先輩だもんね! ありがとう!」
「いや、わたしも組み立てたことはないから経験は祷と一緒だけど。さっきチカさん説明してたじゃん」
「あれ、そうだっけ?」
二時間後。
「ちょっと叩いてみて?」
どん、くっ、どん、くっ。
「うん、音はおかしくないし、変にぐらついたりがたついたりもないでしょ?」
「うん、大丈夫そう。部品も余ってないしね」
「あはは。いのりってあまりへこんだりしなそうね」
「そんなことないよー。こんなことにチカを二時間も付き合わせちゃって申し訳ないって思ってへこんでるんだから」
「私も良い勉強になったし、そこは気にしないで! 頼ってくれたのも良かった。いのりは苦難や困難を笑顔で乗り越えていきそうで心強いけど、できることや能力のキャパと、精神的なキャパって必ずしもイコールじゃないから、油断しちゃダメだからね」
「はーい」
ハルにも似たようなことを言われたな。頼もしい先達がいて心強いのはこちらの方だ。もちろん、必要があれば遠慮なく頼らせてもらおう。今回のように。
「おねえちゃん」
ん?
「わたしも」
んん?
「なんかあったらやるから、言ってよね」
もし私が絶対王政の君主なら。
今日を国民の祝日にしたことだろう。
崩れたジェンガ。
散らばったカード。
祭りのあとの寂しさ、切なさ、侘しさ。
華やかな花火が、街を包むほどの喧騒が、鼻腔をくすぐる屋台の食べ物が、ひとびとを昂揚させる祭囃子や盆踊りの音が。
祭りに訪れたはしゃぐ幼い子どもに急かされている若い両親に、ベンチに腰掛け遠くの花火を見ている老夫婦に、神社の階段を駆け上がる少年たちの集団に、いつものようにおしゃべりできない幼いカップルに、道ゆく楽しげな人を独り眺め続ける社会に出たばかりの若い男性に。その場にいる者にとってのなんらかの思い出の一ページとなる。
それは、そんなお祭りだったことを示す証のようなものだ。
だから、静まった部屋で、先ほどまでの楽しさの残骸を見て、祭りのあとと同等の感傷を抱けているのは、それだけ素敵な時間を過ごせたということなのだ。
片付けるというみんなの気持ちだけ受け取って、みんなを車で駅まで送り届けた。
ゲストに片付けをさせないようにしたいという思いもあるが、片付けの作業ひとつひとつを丁寧に重ねていくことは、お祭りから日常へと戻る儀式のように思えた。
「これはキッチンに持ってっちゃって良い?」
頷くと、がんちゃんは食器類を手際よくまとめて運んでいった。
ファミレスでのバイトががんちゃんの片付けスキルを上げているのかもしれない。
がんちゃんにも手伝いは要らないと言ったのだが、片付けくらいやるよというので、それならばとありがたくお願いした。
「あとは、なにかある?」
戻ってきたがんちゃんが尋ねた。
場は一通り片付いていた。
「うんん、もう大丈夫だよ。ありがと」
片付けは終わった。が、私にはまだやることがある。
「あれ、直すの?」
残されていたのは、部品と化したスルド。
練習することを考えれば、今日中にでも直してしまいたい。
幸い、このあとチカとは通話の時間がもらえることは前もってメッセージで確認してあった。
スルドの組み立て方は自分も知っておきたいからこの場にいたいとがんちゃんから申し出があった。
もちろん快諾する。
作業には四苦八苦することが想像に難くは無いが、そんな私の姿をがんちゃんに見せるのも悪くない。
「うわー、派手にやったねえ。これは想像してた以上かも。私も組み立て経験が豊富なわけじゃないから」
繋いだモニター越しのチカからの自信のなさそうな言葉と共に、組み立て作業は始まった。
「あれ? なんか余った」
「え? そんなことにならないはずなんだけど......」
「あれえ......」
「それ、ここの作業の時に一緒につけるんじゃないの?」
「あ、そっか。さすががんちゃん! スルドの先輩だもんね! ありがとう!」
「いや、わたしも組み立てたことはないから経験は祷と一緒だけど。さっきチカさん説明してたじゃん」
「あれ、そうだっけ?」
二時間後。
「ちょっと叩いてみて?」
どん、くっ、どん、くっ。
「うん、音はおかしくないし、変にぐらついたりがたついたりもないでしょ?」
「うん、大丈夫そう。部品も余ってないしね」
「あはは。いのりってあまりへこんだりしなそうね」
「そんなことないよー。こんなことにチカを二時間も付き合わせちゃって申し訳ないって思ってへこんでるんだから」
「私も良い勉強になったし、そこは気にしないで! 頼ってくれたのも良かった。いのりは苦難や困難を笑顔で乗り越えていきそうで心強いけど、できることや能力のキャパと、精神的なキャパって必ずしもイコールじゃないから、油断しちゃダメだからね」
「はーい」
ハルにも似たようなことを言われたな。頼もしい先達がいて心強いのはこちらの方だ。もちろん、必要があれば遠慮なく頼らせてもらおう。今回のように。
「おねえちゃん」
ん?
「わたしも」
んん?
「なんかあったらやるから、言ってよね」
もし私が絶対王政の君主なら。
今日を国民の祝日にしたことだろう。
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