上 下
32 / 215

本当の居場所にするために

しおりを挟む
「がんこは、自分に自信がないんです」

 がんこが居場所としたい『ソルエス』の、代表であるハルさんには、深く知ってもらおう。それを受け止める度量が、このチームにはあると思うから。
 いつかがんこの口から直接語られたら尚良いが、身内からの客観的な情報提供も、がんこという存在を深く理解してもらうためには必要だろう。本人は勝手に語られることを嫌うだろうけれども。

「私たちの両親、特に母親が、幼い頃から事あるごとに私とがんこを比較して、できないがんこを否定するようなことを言うものですから、がんこ自身も『自分はできない』『自分は姉より劣る』と思い込んで生きてきて、今ではその思考がすっかりこびりついてしまっているのです」

「そうでしたか。俺は一人っ子だから正味の感覚は理解できていないかもしれないが、兄弟姉妹間に於ける比較によるコンプレックスというものがあることはなんとなく理解できます」

「私の方が三歳も年上なんです。子どもの三歳差は大きい。できることに格差があるなんて当たり前ですから、気にする必要なんて本当はなかったのです。ですががんこは、素直ですから」

 素直ながんちゃんは両親の言うことを、いちいち全部真に受けて、いなすでも防ぐでもなく、心の柔い部分で真っ向で受け止めてきたのだ。

「だから、がんちゃんが私がいない場を望む気持ちはわかるんです」


 ハルさんは少し考えるような様子を見せた。
 一拍の間を置いて、ハルさんは口を開いた。

「サンバは感情の発露だ」


 虐げられた者たち。
 ままならない生活。
 不平も不満も喜びも悲しみも怒り、欲望、渇望、羨望も。
 そのなにもかもを根源的な打楽器のリズムに乗せて歌い踊ったのが起源だと、ハルさんは言った。


「ひとつの逃げ場所としての在り方を、俺は否定をしない」

 けれど。と、ハルさんは続けた。


「サンバには立ち上がるための、生きるための、明日をよりよくするための、意欲と勇気を与える力もある」

 やや抽象的だが、やはり察しが良い。その言葉の意図は、おそらくわたしががんちゃんに今望んでいることを指し、サンバがその一助となり得ることを言っているのだろう。

 がんちゃんには、これまでの人生で心に纏わり付き絡み付いた糸を、サンバの持つエネルギーで多少乱暴にでも引き剥がして、軽やかな心で青春を過ごし、大人になっていってもらいたい。


「私の存在を、いつまでも厭い疎んじていたら本当に望むものは得られない。
誰かのせいで失われてしまうような相対的なものではなく、誰がいても揺るがない絶対的なものを」

 それが、私ががんちゃんに求めているもの。
 私の言葉にハルさんは頷き、そして少し考えるような顔をした。

「お姉さんは、そのために......」

 ハルさんが言いかけた時、私のスマートフォンからメッセージの着信を知らせる音が鳴った。

「キョウさんからです! がんこ、無事確保できたそうです」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

女子に虐められる僕

大衆娯楽
主人公が女子校生にいじめられて堕ちていく話です。恥辱、強制女装、女性からのいじめなど好きな方どうぞ

おむつオナニーやりかた

rtokpr
エッセイ・ノンフィクション
おむつオナニーのやりかたです

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おっぱい編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート詰め合わせ♡

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...