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本章

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 キョウさんの娘さんは音楽系の仕事に就くのが夢だった。第一志望は大手のレーベルだった。

 キョウさんの元妻であるお母さんはその夢を応援してくれた。
 音楽好きだったキョウさん。
 そんなキョウさんの音楽のファンであり、やがてその音楽活動を支える道を選んだ若かりし自分。
 元妻であるお母さんには、思うところはあっただろうに、両親の人生が一時重なった世界に夢を見出した娘を、否定せずに応援してくれたのだ。

 娘さんは人気の高い業界への就活のため、学業や学内の活動など、正しい努力を伴う学生生活を送っていた。



 大学の長い夏休み。
 就活が始まる前にとたくさんの友人と旅行やフェスにバーベキューなど、ありとあらゆる夏の楽しみを満喫していたキョウさんの娘さん。

 この情報だけでも、キョウさんの娘さんは順調で充実した生活を送っていたことが窺い知れた。




 そんな楽しい日々と、希望に満ちた未来は、何の前触れもなく奪われた。



 海水浴中の海難事故。


 背伸びをすれば足がつくくらいの深さの海を遊泳中の女性が足をくらげに刺され、驚きなどもあり足も攣ってしまった。

 痛みと驚きで声を上げることもできずに沈む女性。

 足を攣った時に、背伸びしながら跳ねるような体勢で一旦海底に足をつくも、痛みのためかバランスを取るためか、攣った足を両手で押さえながら同時に沈んだ彼女は、その後溺れた者特有の暴れるような動きを取ったが、海面から出ている腕の長さが足りなかったのか、バシャバシャと大きな音は出なかった。

 程なく監視員や周囲の海水浴客に気づかれ、監視員により救助はされたが、気づかれるのに時間がかかったためか、搬送先で死亡が確認された。



 夏休み中によく聞く珍しくもない事故。

 どこかの誰かの不幸な出来事として日常的に流れてくるニュースは、どこかの誰かにとっては日常を一変させる出来事になる。



 予感も予兆もない。

 ことさら危険視されている場所でもない。

 ルールは守られていた。

 自然を軽視はしていなかった。

 監視員がいて、周囲にひともいた。

 悪い選択肢を選び続けた因果に基づく結果でもない。


 本当に、ありきたりな昨日と明日の間にある、ただの日常だったのだ。


 それを運命というのなら、それはなんら必然の形など取っていない、乱暴でランダムな理不尽に過ぎない。


 そんな暴力に等しい力で奪われた、キョウさんの娘さんの、夢と、未来と、命。



 報せを聞いたキョウさんは、葬儀式の出席を固辞した。

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