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本章

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 ある日、学校へ行こうとした穂積さんの目から、ダムが決壊したように涙が溢れ、それをきっかけに子どものように泣き崩れた穂積さん。
 お父さんは仕事で不在で、異変に気づいたお母さんが背中をさすりながら事情を聞いても、わんわん泣いてるだけで埒が開かない。

 そこに、同じく学校へ行こうとしていた柊が来て、泣いている穂積さんを見た瞬間、
「なんでおねーちゃんが泣いてるの⁉︎
おねーちゃんが泣くような目に遭わなきゃならない理由なんてあるはずない!」

 柊は、瞬間湯沸かし器のようだった。

「おねーちゃんを泣かせたの誰⁉︎
どこのどいつだよちくしょう! ぶっ潰してやる!
あ、おねーちゃんに告ってきたバスケ部のチャラ助?
おねーちゃんを泣かせやがってぇぇぇ!
くそがぁぁぁあ‼︎」

 柊は、覚醒するときのスーパーサイヤ人のようだった。

「ママ⁉︎
わたし今日学校休むよ。良いでしょ!
おねーちゃんと一緒に学校行く‼︎
身の程知らずのシャバ増に分際を弁えらせてやる!
待ってろよクソバスケチャラ太郎がぁあ! 二度とダブルドリブルできないおもしろボディにしてやんよぉ!」

 柊は、玄関に立てかけてあった、姉妹のお父さんが会社の仲間と作った草野球チームで使っている会社のロゴ入り木製バットを持って出て行こうとしている。

 柊は、ワイルドスピードのドミニクくらい暴走していた。

 柊の中で勝手に話が進んでいく様子を、涙も忘れて呆然と見ていた穂積さんは我に返って、
「ひーちゃん? 落ち着こ、先輩は関係あるけど関係なくて、とにかくバット置こ? 口調もパパより下品になってるよ?」
 とキレ散らかしている妹をあやすように窘めた。

 誰かが度を越して怒っている姿は、恐怖感を与えることも多いが、周りを妙に冷静にさせることもある。
 今回は後者だった。
 穂積さんはすっかり冷静になって、逆に今度はぽろぽろと泣いている柊の頭に手を乗せ、撫でてやる。

「柊、ありがとね。こんなに怒ってくれて」

 柊を撫でながら、穂積さんはこの時初めて、柊の身長が自分より少し高くなっていたことに気づいたのだそう。

「ママも心配かけてごめん、よくよく考えたらどうということのないことだった。適切に処理してみるよ」

 お母さんは不安そうだったが、「手に負えなそうだったら相談させて」と、笑顔で言う穂積さんに無理しないよう伝え、娘たちの成長を見守る選択肢を取った。

 穂積さんはその後グループに、話題になっている出来事が自分の体験と酷似しているので、念のため正確なことをお伝えしますと、事実のみを端的に発信した。

 先輩からの言葉。

 その時のシチュエーション、ギャラリーの様子。

 穂積の言葉。

 先輩の真剣度や真摯さはわからないが、穂積さん自身の胸の裡は分かっている。
 付き合うつもりがないのなら、曖昧に濁したりせず、それをはっきり伝える方がお互いにとって良いと思ったこと。

 どう思うかは人それぞれで、曖昧にした方が良いと言う考え方もあるのかもしれないが、穂積さんはそうではないと言う考えに基づいた。
 それの適不適について論じるのはまだあり得ても、一方的に断罪されるものではないこと。

 もし話題の出来事が、穂積さんと関係ないものなら、無用な発信をしたことは侘びつつ、混乱を来たさないような内容にした上でどうぞお続けくださいと締めた。
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