14 / 155
本章
11
しおりを挟む
どこか別世界の出来事のようなパレードはあっという間に過ぎて行った。
過ぎて行った柊を追いかけながら写真を撮ったりしようかなと思っていたが、その後も大きいスカートのダンサーが団体でくるくる回っていたり、大きな旗を持った王子様とお姫様のようなダンサーがペアで踊っていたり、三人の男性ダンサーがキレのあるダンスで、女性ダンサーとはまた異なる印象のパフォーマンスを披露したりしていて、目が離せなかった。
弦楽器やボーカルのひととスピーカーを載せた山車が目の前を通る頃、周囲の空気は全て『音』そのものになった。
夢見心地だったわたしは、音により呼び戻され、一面が音そのものとなった世界の中で、音に塗り潰されていた。
例えばすぐ隣のひとに話しかけたとしても、その声は全て音に塗り潰されてしまうだろう。
甲高い音、低い音、早い音、たくさんの音の中で、低く大きくゆっくりだが間隔は一定で、すべての音を支えるような音が、わたしの心音さえも飲み込むように響いている。いや、同調か? 心音のようなリズムで大地と大気を揺るがしている音と、一体になったような感覚だ。
その音は、今目の前を通り過ぎて行った大太鼓のひとたちが鳴らしていた音だった。
大太鼓のひとたちの人数は五人。
これがサンバ隊の構成として多いのか少ないのかはわからないが、たった五人で分厚い音の層をつくり、空間を包んでいるようだった。
「すごい」と、安直な感想しか出ない。本当にすごいものを見た時は案外そのようなものなのだろう。
そしてそれ以上にすごかったのは、同じタイミングで鳴らしているときの音が複数人の手によるものでも、ひとつの音として聴こえたことだ。感動すら覚えた。
同調した心音が打楽器の音に呼応したのか、妙にドキドキしている。心臓を直接掴まれたようだった。
打楽器隊が遠ざかる。
音も遠ざかるがずっと響き続けている。
大地を揺るがし、大気を震わせている音は、天にも届きそうだ。
パレードが去って、パレードを追いかける者、撤収してお祭りに戻る者、すごかったねなどと感想を言い合う者様々だ。
それは喧噪であるはずなのに、遠くに聞こえる打楽器の音を際立たせる静寂のようだった。
そういえば、小学校の頃習った俳句にセミの鳴き声を静けさと表現しているものがあったっけ。
この騒めきは、遠ざかるパレード、終わりゆく祭りの余韻だ。
もうとっくに見えないパレードなのに、名残はいつまでもわたしの身体のなかに残っていた。
過ぎて行った柊を追いかけながら写真を撮ったりしようかなと思っていたが、その後も大きいスカートのダンサーが団体でくるくる回っていたり、大きな旗を持った王子様とお姫様のようなダンサーがペアで踊っていたり、三人の男性ダンサーがキレのあるダンスで、女性ダンサーとはまた異なる印象のパフォーマンスを披露したりしていて、目が離せなかった。
弦楽器やボーカルのひととスピーカーを載せた山車が目の前を通る頃、周囲の空気は全て『音』そのものになった。
夢見心地だったわたしは、音により呼び戻され、一面が音そのものとなった世界の中で、音に塗り潰されていた。
例えばすぐ隣のひとに話しかけたとしても、その声は全て音に塗り潰されてしまうだろう。
甲高い音、低い音、早い音、たくさんの音の中で、低く大きくゆっくりだが間隔は一定で、すべての音を支えるような音が、わたしの心音さえも飲み込むように響いている。いや、同調か? 心音のようなリズムで大地と大気を揺るがしている音と、一体になったような感覚だ。
その音は、今目の前を通り過ぎて行った大太鼓のひとたちが鳴らしていた音だった。
大太鼓のひとたちの人数は五人。
これがサンバ隊の構成として多いのか少ないのかはわからないが、たった五人で分厚い音の層をつくり、空間を包んでいるようだった。
「すごい」と、安直な感想しか出ない。本当にすごいものを見た時は案外そのようなものなのだろう。
そしてそれ以上にすごかったのは、同じタイミングで鳴らしているときの音が複数人の手によるものでも、ひとつの音として聴こえたことだ。感動すら覚えた。
同調した心音が打楽器の音に呼応したのか、妙にドキドキしている。心臓を直接掴まれたようだった。
打楽器隊が遠ざかる。
音も遠ざかるがずっと響き続けている。
大地を揺るがし、大気を震わせている音は、天にも届きそうだ。
パレードが去って、パレードを追いかける者、撤収してお祭りに戻る者、すごかったねなどと感想を言い合う者様々だ。
それは喧噪であるはずなのに、遠くに聞こえる打楽器の音を際立たせる静寂のようだった。
そういえば、小学校の頃習った俳句にセミの鳴き声を静けさと表現しているものがあったっけ。
この騒めきは、遠ざかるパレード、終わりゆく祭りの余韻だ。
もうとっくに見えないパレードなのに、名残はいつまでもわたしの身体のなかに残っていた。
1
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
千紫万紅のパシスタ 累なる色編
桜のはなびら
現代文学
文樹瑠衣(あやきるい)は、サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の立ち上げメンバーのひとりを祖父に持ち、母の茉瑠(マル、サンバネームは「マルガ」)とともに、ダンサーとして幼い頃から活躍していた。
周囲からもてはやされていたこともあり、レベルの高いダンサーとしての自覚と自負と自信を持っていた瑠衣。
しかし成長するに従い、「子どもなのに上手」と言うその付加価値が薄れていくことを自覚し始め、大人になってしまえば単なる歴の長いダンサーのひとりとなってしまいそうな未来予想に焦りを覚えていた。
そこで、名実ともに特別な存在である、各チームに一人しか存在が許されていないトップダンサーの称号、「ハイーニャ・ダ・バテリア」を目指す。
二十歳になるまで残り六年を、ハイーニャになるための六年とし、ロードマップを計画した瑠衣。
いざ、その道を進み始めた瑠衣だったが......。
※表紙はaiで作成しています
サンバ大辞典
桜のはなびら
エッセイ・ノンフィクション
サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の案内係、ジルによるサンバの解説。
サンバ。なんとなくのイメージはあるけど実態はよく知られていないサンバ。
誤解や誤って伝わっている色々なイメージは、実際のサンバとは程遠いものも多い。
本当のサンバや、サンバの奥深さなど、用語の解説を中心にお伝えします!
ポエヂア・ヂ・マランドロ 風の中の篝火
桜のはなびら
現代文学
マランドロはジェントルマンである!
サンバといえば、華やかな羽飾りのついたビキニのような露出度の高い衣装の女性ダンサーのイメージが一般的だろう。
サンバには男性のダンサーもいる。
男性ダンサーの中でも、パナマハットを粋に被り、白いスーツとシューズでキメた伊達男スタイルのダンサーを『マランドロ』と言う。
サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』には、三人のマランドロがいた。
マランドロのフィロソフィーを体現すべく、ダンスだけでなく、マランドロのイズムをその身に宿して日常を送る三人は、一人の少年と出会う。
少年が抱えているもの。
放課後子供教室を運営する女性の過去。
暗躍する裏社会の住人。
マランドロたちは、マランドラージェンを駆使して艱難辛苦に立ち向かう。
その時、彼らは何を得て何を失うのか。
※表紙はaiで作成しました。
スルドの声(反響) segunda rezar
桜のはなびら
現代文学
恵まれた能力と資質をフル活用し、望まれた在り方を、望むように実現してきた彼女。
長子としての在り方を求められれば、理想の姉として振る舞った。
客観的な評価は充分。
しかし彼女自身がまだ満足していなかった。
周囲の望み以上に、妹を守りたいと望む彼女。彼女にとって、理想の姉とはそういう者であった。
理想の姉が守るべき妹が、ある日スルドと出会う。
姉として、見過ごすことなどできようもなかった。
※当作品は単体でも成立するように書いていますが、スルドの声(交響) primeira desejo の裏としての性質を持っています。
各話のタイトルに(LINK:primeira desejo〇〇)とあるものは、スルドの声(交響) primeira desejoの○○話とリンクしています。
表紙はaiで作成しています
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
太陽と星のバンデイラ
桜のはなびら
現代文学
〜メウコラソン〜
心のままに。
新駅の開業が計画されているベッドタウンでのできごと。
新駅の開業予定地周辺には開発の手が入り始め、にわかに騒がしくなる一方、旧駅周辺の商店街は取り残されたような状態で少しずつ衰退していた。
商店街のパン屋の娘である弧峰慈杏(こみねじあん)は、店を畳むという父に代わり、店を継ぐ決意をしていた。それは、やりがいを感じていた広告代理店の仕事を、尊敬していた上司を、かわいがっていたチームメンバーを捨てる選択でもある。
葛藤の中、相談に乗ってくれていた恋人との会話から、父がお店を継続する状況を作り出す案が生まれた。
かつて商店街が振興のために立ち上げたサンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』と商店街主催のお祭りを使って、父の翻意を促すことができないか。
慈杏と恋人、仕事のメンバーに父自身を加え、計画を進めていく。
慈杏たちの計画に立ちはだかるのは、都市開発に携わる二人の男だった。二人はこの街に憎しみにも似た感情を持っていた。
二人は新駅周辺の開発を進める傍ら、商店街エリアの衰退を促進させるべく、裏社会とも通じ治安を悪化させる施策を進めていた。
※表紙はaiで作成しました。
スルドの声(共鳴) terceira esperança
桜のはなびら
現代文学
日々を楽しく生きる。
望にとって、それはなによりも大切なこと。
大げさな夢も、大それた目標も、無くたって人生の価値が下がるわけではない。
それでも、心の奥に燻る思いには気が付いていた。
向かうべき場所。
到着したい場所。
そこに向かって懸命に突き進んでいる者。
得るべきもの。
手に入れたいもの。
それに向かって必死に手を伸ばしている者。
全部自分の都合じゃん。
全部自分の欲得じゃん。
などと嘯いてはみても、やっぱりそういうひとたちの努力は美しかった。
そういう対象がある者が羨ましかった。
望みを持たない望が、望みを得ていく物語。
スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem
桜のはなびら
現代文学
大学生となった誉。
慣れないひとり暮らしは想像以上に大変で。
想像もできなかったこともあったりして。
周囲に助けられながら、どうにか新生活が軌道に乗り始めて。
誉は受験以降休んでいたスルドを再開したいと思った。
スルド。
それはサンバで使用する打楽器のひとつ。
嘗て。
何も。その手には何も無いと思い知った時。
何もかもを諦め。
無為な日々を送っていた誉は、ある日偶然サンバパレードを目にした。
唯一でも随一でなくても。
主役なんかでなくても。
多数の中の一人に過ぎなかったとしても。
それでも、パレードの演者ひとりひとりが欠かせない存在に見えた。
気づけば誉は、サンバ隊の一員としてスルドという大太鼓を演奏していた。
スルドを再開しようと決めた誉は、近隣でスルドを演奏できる場を探していた。そこで、ひとりのスルド奏者の存在を知る。
配信動画の中でスルドを演奏していた彼女は、打楽器隊の中にあっては多数のパーツの中のひとつであるスルド奏者でありながら、脇役や添え物などとは思えない輝きを放っていた。
過去、身を置いていた世界にて、将来を嘱望されるトップランナーでありながら、終ぞ栄光を掴むことのなかった誉。
自分には必要ないと思っていた。
それは。届かないという現実をもう見たくないがための言い訳だったのかもしれない。
誉という名を持ちながら、縁のなかった栄光や栄誉。
もう一度。
今度はこの世界でもう一度。
誉はもう一度、栄光を追求する道に足を踏み入れる決意をする。
果てなく終わりのないスルドの道は、誉に何をもたらすのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる