ポエヂア・ヂ・マランドロ 風の中の篝火

桜のはなびら

文字の大きさ
上 下
20 / 39
高天暁

発つ鳥の想い

しおりを挟む
 そう言うことじゃないのはわかったけれど、可能性を残すと言う意味でも、羽龍には佐田との仕事の継続を検討するように伝えるよと言うと、八木さんもそれはそれでありがたいと思ってくれたのか、少し照れた様子を隠すようにコーヒーを飲み干して、カップを置きながら小さな声で礼を言っていた。

「まあ、猿渡主任の背中を押しながら、新しい企画の提案でもしてみますよ。主事にも相談するかもしれませんから、連絡先消さないでおいてくださいね?」

 言いたいことを言い終えた八木さんは、そろそろ仕事に戻らないとと、荷物をまとめて店を出て行った。
 主事は時間たっぷりあるでしょうから、ごゆっくりされてってくださいと余計な一言を加えて。
 そういうのは後払いの店で、先に帰る方が伝票を引き受けながら言う言葉だ。

 八木さんの言う戻ってきてほしいとの言葉は本音だったろう。
 課員の様子も事実だと思う。
 けれど後半の話題は、それでも戻らないと言う俺へ、佐田というより、課のメンバーへの申し訳ないと言う気持ちを抱えたままの俺へ、その荷物を軽くするための身を削った告白だったようにも思えた。

 俺より在籍期間の長い八木さんは、けれど一般職と総合職の垣根を決して超えず、仮に相手が年下の新人であっても、常に敬語で事務的、全うすべき業務は全うし、仕事にはあまり私情は挟まないタイプだった。
 もちろん、完全に四角四面というわけではなく、先程の羽龍のくだりのように、感情を露わにすることもある。
 それでも、一線はしっかりと守っていて、佐田への感情なども滅多に表すことはなかった。会社員なんて多かれ少なかれ、会社や上司、時には同僚や後輩への愚痴を口にしてしまうものだ。それが八木さんにはほとんどなかった。
 口にしないだけで、欠片ほども不満を持っていないわけなどない。
 俺よりも長い在籍期間、それをずっと溜めてきたであろう八木さんは、俺に対しては八木に関する思う部分を、愚痴の体裁ではなく、確認や情報を渡して考えを訊くなどの会話を通して伝えていた。
 俺は俺で特殊な思惑を持って会社に所属していたから、会社に対して引いていた線のようなものが八木さんには見えて、佐田に関する話をしやすかったのかもしれない。

 ある意味、同志とも言えた俺への、心置きなく往く道を進める餞だったのではないだろうか。

 俺を察しの悪い人間だと捉えてるようだが、それくらいのことはわかるんだよ。八木さん。

 実際、気持ちは軽くなっている。
 願望をはっきり口にできる八木さん、したたかに上司に奢らせる伊達さん、目端の利く猿渡、なんだかんだ飄々とやっていくのであろう大上課長。
 なんだ、第一は充分強いチームではないか。俺がいなくても前途は明るいと思えた。

 気持ちは軽くなったが、元部下に身を削らせてこちらのケアをさせたような形になってしまった。
 これはマランドロとしては粋とは言えまい。自覚はないが察しが悪いなら、それも良くないだろう。


 マランドロたれ、か。なかなか道は険しそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンバ大辞典

桜のはなびら
エッセイ・ノンフィクション
サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の案内係、ジルによるサンバの解説。 サンバ。なんとなくのイメージはあるけど実態はよく知られていないサンバ。 誤解や誤って伝わっている色々なイメージは、実際のサンバとは程遠いものも多い。 本当のサンバや、サンバの奥深さなど、用語の解説を中心にお伝えします!

スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem

桜のはなびら
現代文学
 大学生となった誉。  慣れないひとり暮らしは想像以上に大変で。  想像もできなかったこともあったりして。  周囲に助けられながら、どうにか新生活が軌道に乗り始めて。  誉は受験以降休んでいたスルドを再開したいと思った。  スルド。  それはサンバで使用する打楽器のひとつ。  嘗て。  何も。その手には何も無いと思い知った時。  何もかもを諦め。  無為な日々を送っていた誉は、ある日偶然サンバパレードを目にした。  唯一でも随一でなくても。  主役なんかでなくても。  多数の中の一人に過ぎなかったとしても。  それでも、パレードの演者ひとりひとりが欠かせない存在に見えた。  気づけば誉は、サンバ隊の一員としてスルドという大太鼓を演奏していた。    スルドを再開しようと決めた誉は、近隣でスルドを演奏できる場を探していた。そこで、ひとりのスルド奏者の存在を知る。  配信動画の中でスルドを演奏していた彼女は、打楽器隊の中にあっては多数のパーツの中のひとつであるスルド奏者でありながら、脇役や添え物などとは思えない輝きを放っていた。  過去、身を置いていた世界にて、将来を嘱望されるトップランナーでありながら、終ぞ栄光を掴むことのなかった誉。  自分には必要ないと思っていた。  それは。届かないという現実をもう見たくないがための言い訳だったのかもしれない。  誉という名を持ちながら、縁のなかった栄光や栄誉。  もう一度。  今度はこの世界でもう一度。  誉はもう一度、栄光を追求する道に足を踏み入れる決意をする。  果てなく終わりのないスルドの道は、誉に何をもたらすのだろうか。

太陽と星のバンデイラ

桜のはなびら
現代文学
〜メウコラソン〜 心のままに。  新駅の開業が計画されているベッドタウンでのできごと。  新駅の開業予定地周辺には開発の手が入り始め、にわかに騒がしくなる一方、旧駅周辺の商店街は取り残されたような状態で少しずつ衰退していた。  商店街のパン屋の娘である弧峰慈杏(こみねじあん)は、店を畳むという父に代わり、店を継ぐ決意をしていた。それは、やりがいを感じていた広告代理店の仕事を、尊敬していた上司を、かわいがっていたチームメンバーを捨てる選択でもある。  葛藤の中、相談に乗ってくれていた恋人との会話から、父がお店を継続する状況を作り出す案が生まれた。  かつて商店街が振興のために立ち上げたサンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』と商店街主催のお祭りを使って、父の翻意を促すことができないか。  慈杏と恋人、仕事のメンバーに父自身を加え、計画を進めていく。  慈杏たちの計画に立ちはだかるのは、都市開発に携わる二人の男だった。二人はこの街に憎しみにも似た感情を持っていた。  二人は新駅周辺の開発を進める傍ら、商店街エリアの衰退を促進させるべく、裏社会とも通じ治安を悪化させる施策を進めていた。 ※表紙はaiで作成しました。

スルドの声(共鳴2) terceira esperança

桜のはなびら
現代文学
何も持っていなかった。 夢も、目標も、目的も、志も。 柳沢望はそれで良いと思っていた。 人生は楽しむもの。 それは、何も持っていなくても、充分に得られるものだと思っていたし、事実楽しく生きてこられていた。 でも、熱中するものに出会ってしまった。 サンバで使う打楽器。 スルド。 重く低い音を打ち鳴らすその楽器が、望の日々に新たな彩りを与えた。 望は、かつて無かった、今は手元にある、やりたいことと、なんとなく見つけたなりたい自分。 それは、望みが持った初めての夢。 まだまだ小さな夢だけど、望はスルドと一緒に、その夢に向かってゆっくり歩き始めた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スルドの声(嚶鳴2) terceira homenagem

桜のはなびら
現代文学
何かを諦めて。 代わりに得たもの。 色部誉にとってそれは、『サンバ』という音楽で使用する打楽器、『スルド』だった。 大学進学を機に入ったサンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』で、入会早々に大きな企画を成功させた誉。 かつて、心血を注ぎ、寝食を忘れて取り組んでいたバレエの世界では、一度たりとも届くことのなかった栄光。 どれだけの人に支えられていても。 コンクールの舞台上ではひとり。 ひとりで戦い、他者を押し退け、限られた席に座る。 そのような世界には適性のなかった誉は、サンバの世界で知ることになる。 誉は多くの人に支えられていることを。 多くの人が、誉のやろうとしている企画を助けに来てくれた。 成功を収めた企画の発起人という栄誉を手に入れた誉。 誉の周りには、新たに人が集まってくる。 それは、誉の世界を広げるはずだ。 広がる世界が、良いか悪いかはともかくとして。

処理中です...