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【幕間】 マレ序章 〜今日からここで〜

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(柳沢 希)

 そういえば、妹はどこだろうと思い、すぐに思い至った。そういえば今日は平日だ。日中は学校に行っているはずだ。

 そんなわたしの巡らせていた思考が読まれたのか、おばあちゃんが「今日はバイト無い日だからね。寄り道してなければ十七時には帰ってくるよ」と、妹の動きを教えてくれた。さすがに今日は遊びの予定入れていないだろう、とも。
 
 新たな生活を始めるにしては少ないとはいえ、荷物は軽いわけではない。用意してもらった部屋に荷物を置き、子どもの頃に使っていた学習デスクの椅子に腰を掛けた。デスクも椅子も子どもの成長に合わせて高さを調整できる仕様なので高校生でも使用できる。
 ほかにも当時使っていたものが残されていた。ベッドもそのまま使用できそうだ。
 
 あの頃はひとつの部屋に、同じものがふたつずつだった。デスクも、椅子も。ベッドは上下で。
 今はそれぞれ分けられているようだ。もう一セットは隣の部屋だろう。
 
 ボディバックからいつの間にかスカートのポケットに移動していたスマホを取り出し、妹にメッセージを送っておく。
《着いたよ》
 
 簡素なメッセージには、《おかえり。今日お祝いっていうか歓迎会? やるって。お寿司だよ》と、過不足のない情報のみで構成された返信があった。即座に返信があったということは、休み時間でスマホをいじっていたのだろう。
 
 
 言うほど離れていたわけではない。感動の再開なんて大げさな感じにならないのはわかる。その経緯経過を把握しているなら、付随する何らかの言葉があるものではないかと思わなくもないが、敢えて触れないのはむしろあの子なりの優しさか。それとも、わたしにはたいして関心を持っていないか。それがどちらかもわからないということ自体が、姉妹間の関係性を示しているようだった。
 
 別に嫌いではない。多少思うところはあるが、だからどうと言うことでもない。どちらかと言えば好きと言えなくもない? そこに疑問符が付くということは、好きでも嫌いでもない、がより正確な評価か。兄弟姉妹で仲が良い姿は割と見かける事が多い。一方、仲が悪い関係性もそれなりに見かけたり話に聞いたりはする。そのどちらでもないって関係性も、別に珍しいものでもないだろう。
 
 今なら。
 今の状態のわたしなら。
 あの子と仲良く過ごす。そんな生活もあり得るのだろうか。
 それは良いことなのか。それとも目を背けているだけなのか。
 
 考えてもわからないので、妹からの端的なメッセージには、肯定のリアクションを返してメッセージ画面を閉じた。
 これからの生活の、方向感は決めかねている。
 その中で、必要があれば変わるものも出てくる。それはその時に考えれば良いか。
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