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めがみちゃんの気持ち

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 わたしの真摯なまなざしを受け止めためがみちゃんは、少し居住いを正し、やや顔を上気させながら口を開いた。
 

「子どもっぽくって恥ずかしいんだけど……」

 
 めがみちゃんは、家族を敬遠していた。
 積極的に嫌うというほどではない。でも、一緒に居たいと思えなかった。
 家族に、家庭に、自分の居場所はないと思っていた。

 納得のいかない名前を付けた母親。
 子どもを思い通り扱おうとし、子どもの意思を尊重してくれない母親。

 子どもに関心がなさそうに見える父親。
 仕事優先で、子どもの気持ちに寄り添ってくれることなど内容に思えた父親。

 そんな両親でも、愛情を、信頼を、関心を向ける対象となっていた優秀な姉。
 凡庸なわたしと常に比較の対象となり、得るべきものを望むがままに獲得していた姉。

 
「わたしはわたしを、わたしとして扱ってくれる場所で生きていきたいって思ってたんだ」

 
 母の所有物ではなく。
 姉のおまけではなく。
 わたしがわたしとして生きていくためには、家族から離れた方が良い。と、そう思っていたと、めがみちゃんは語った。

 
 正直、「は?」である。

 
 家族は、どんなに距離を取ったって家族だ。
 関係性に不満があるなら、それそのものを解消しない限り消えるものではない。
 距離さえとればこれまでのわだかまりのみが払拭されると思っているなら安易に過ぎる。

 もちろん、本気で縁を切って、双方の人生に於いて二度と干渉しない状態にするなら、不満の基となっている関係性自体が消滅するのだから、無理に解消しなくても消えて失せるのだろうけど、そこまでの覚悟を持っての考えとは思えなかった。

 
 やっぱり、根っこのところが世間知らずのお嬢さんというか、甘いんだろうなと思った。

 
 まあ本人も「子どもっぽくって」と言っていたから、自覚はあるのだろうし、過去形で話しているから、イタくて恥ずかしい思春期特有の拗らせ方をした過去を、バイト先の後輩というよりは久しぶりに再開しただけの幼馴染に話してくれているのだと思う。だとしたら申し訳ない気持ちだ。

 でも、話せるということは、乗り越えたということでもあるのだろう。

 
「今はどう思っているの?」

 
 わたしの問いに、めがみちゃんは少し照れながら(でも少し嬉しそうに)、「今はそういう思いはあまり持たなくなった」と言った。
 
 母は相変わらず独特だし、自分の気持ちを汲んでいるようには思えない。

 父は相変わらず仕事ばかりだし、自分に興味があるようには思えない。

 だけど、母には母なりの、父には父なりの、わたしへの愛情を持っていることを知れたから。

 
 それで充分なのではないかと思うようになったのだと言う。
 
 
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