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燻り

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 偶然の出会いに頬を綻ばせているバイト先の先輩。
 その無邪気な笑顔があの頃の笑い顔に重なる。

 
 無垢な笑顔だ。何の苦労も悩みも感じさせない、笑顔。

 
 お金持ちの家で育って。
 素敵なお姉さんがいて。
 本人は何もしてないのに、いつもたくさんの友だちに囲まれて。

 
 わたしは一緒に遊んだ友だちだったけど。
 めがみちゃんを気に入らないと思う感情は確かにあった。

 
 ほどなくして引っ越したわたしは、その町で過ごした幼き日の記憶は日に日に薄れていき、比例するように抱いた感情も小さく、認識できないものになっていった。
 一方、いのりちゃんはわたしのことを気にかけてくれていて、しばらくは手紙のやり取りが続いていた。いつしか年賀状のみの送り合いになり、それもそのうち途切れてしまったが。



 この前カヨは冗談混じりにわたしのことを「お嬢」なんて言ってたけど、めがみちゃんにこそ、その言葉は相応しい。
 物語に出てくるような深層のご令嬢ってほど大袈裟なものではないが、背景や環境で評価すれば充分に当てはまる。
 幼い頃と同じような笑顔で微笑んでいるこの人に苦労は似合わない。きっと健やかに過ごしてきたのだろう。
 バイトが必要になるような経済状況ではないだろうから、社会勉強か何かだろうか。まあその辺の動機に関してはわたしも困窮をあげているわけではないが、それでも決して経済的に余裕があるなんてことはない。お金を稼ぎたいという、バイトをする上で真っ当な動機を持っている。道楽で働きたいわけではないのだ。

 などと。

 めがみちゃんの現在も、目的も、考えや気持ちも、なにも知らないまま想像でそんなことを考えてしまうわたしの中には、残っていたのかもしれない。

 認識できないほど小さくなっていた、けれど、決して消えたわけではなかった感情が。

 その感情の名は、今ならわかる。
「嫉妬」、だったのだろう。
 今なお燻っているのだとしたら、過去形にはできないか。


 あー、やだやだ!
 格好良く稼ごうと思って入ったバイトだ。
 おばあちゃんみたいに、筋の通った格好良い大人になろうと思っていたのに。
 まさか子どもの頃に抱いたわがままな嫉妬心を呼び起こされる羽目になるだなんて。

 幸いというか、それはそれでモヤる気持ちは湧くものの、めがみちゃんはあの頃のことをあまり覚えていない。大枠では覚えていても、細かい部分は記憶していないようだ。
 わたしの方からわざわざ過去の話を振らなければ、その話題に波及することはないように思えた。

 嫉妬心など完全に消えているなら、懐かしい話に幼馴染同士の共通の話題として純粋に盛り上がることができるのかもしれないが、あいにくわたしは心の奥底に未熟な嫉妬心の存在を認めてしまった。それをわざわざ刺激する必要はない。
 醜い心が消えないものは仕方がない。最初から聖人君子なんて目指してない。それを見ない振りせずきちんと認めて、変に暴れ出したりしないようコントロールしながら、共生すれば良いのだ。


 認めるうえで、消化すべきことできることは、済ませておくに限る。


「めがみちゃん、よりがんちゃんの方が良いのかな? そもそも、先輩だから姫田さん?」

「呼びやすい呼び方で良いよ。敬語も別にいらないからね」

 笑顔のめがみちゃん。それなら遠慮なく、敢えて幼い頃の呼び方で。

「じゃあめがみちゃん。あの頃、めがみちゃんの名前、いじったことあった。今更だし今言われても困るかもしれないけど、ごめんなさい」

「そーだった? 結構いろんな子に言われてたから、そういうことがあったのは覚えているけど、誰になにを言われたかなんて覚えてないから、気にしないで」

 相変わらず笑顔のめがみちゃん。
 自分の気持ちが軽くなるためとも取れる謝罪も笑顔で受け入れてくれた。

 ああ、立派な人だな。
 健やかで豊かに育った人は、心にも余裕があるのかもしれない。
 ノブレスオブリージュってやつ、か。


 消えない心の奥底の燻りが。
 なぜだか少し疼いた。
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