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第十一章:「苦闘編」

第五話「ラウシェンバッハ騎士団の役割」

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 統一暦一二〇八年八月二十日。
 グライフトゥルム王国南東部リッタートゥルム城。ラウシェンバッハ騎士団長ヘルマン・フォン・クローゼル男爵

 八月五日に領都ラウシェンバッハを出発し、今日リッタートゥルム城に到着した。
 同行しているのは団長直属部隊のうち一個大隊三百名と黒獣猟兵団の五十名の計三百五十名だ。

 私以外はすべて獣人族セリアンスロープだ。強靭な肉体を持つ彼らは三百五十キロメートルの行軍をものともせず、疲れは一切見えない。

 私は馬に乗っていたが、街道とは名ばかりの道を移動したことで疲れている。しかし、指揮官としてそれを見せるわけにはいかず、やせ我慢をしていた。

 城に入る時、わざわざシュヴァーン河のほとりまで行ってから城門をくぐった。これは帝国軍の国境警備隊に獣人族が到着したことを見せてほしいと、兄マティアスから依頼されていたためだ。

 城に入ると兄が待っていた。
 ラウシェンバッハ騎士団と黒獣猟兵団の兵士が一斉に整列し、敬礼する。

「ラウシェンバッハ騎士団及び黒獣猟兵団、到着いたしました。行軍中に問題はなく、全員がいつでも出撃可能です!」

 領主である兄に報告する。

「ご苦労。黒獣猟兵団の出撃は明後日の夜を予定している。この城は狭いから少し窮屈かもしれないが、今日はゆっくり休んでほしい」

 兄の言葉が終わると、兵士たちは再び一糸乱れぬ動きで敬礼する。
 そして、守備兵団の兵士たちに案内されて城内に入っていった。
 兵たちが見えなくなったところで、兄が昔と同じような口調で話し掛けてきた。

「ヘルマン、お疲れさま。今のところラウシェンバッハ騎士団に出撃の予定はないけど、状況によっては帝国領内に入ってもらうかもしれない。彼らが気を抜くとは思えないが、王国側で訓練を行うなど、引き締めておいてほしい」

「了解です。まあ、出撃がないと聞いて全員がガッカリしていたので、今の言葉を伝えればやる気になるでしょう」

 今回は黒獣猟兵団の斥候部隊のみが出撃すると聞いていた。兄としては獣人族を戦いに巻き込むことを嫌っており、傭兵という建前の黒獣猟兵団以外を使うつもりがない。

「ハルトも来ている。久しぶりに三人で飲もうか」

 そう言って兄は私の肩に手を置いた。

「ありがとうございます。ハルト先輩が来ているなら心強いですね」

 それから三人で一時間ほど酒を飲んだ。

「私たちも使ってもらえないですか? ラザファム先輩とハルト先輩がいるんですから、ラウシェンバッハ騎士団の活躍の場も作れると思うんです」

 酒が入って少し気が大きくなり、兄に出撃させてほしいと頼んだ。

「確かに戦術の幅は広がるんだよな。だからといって、彼らを戦場に送るのは……」

 兄がそう言うと、ハルト先輩が珍しく真面目な表情で話し始めた。

「俺もヘルマンの意見に賛成だ。一個連隊と黒獣猟兵団五十名では限界がある。帝国の連中を騙すにしても、ラウシェンバッハ騎士団の精鋭が怒涛の如く襲い掛かってくれた方が、信憑性があるからな」

 その言葉に兄も真面目な表情に変える。

「ヘルマンに聞きたい」

 私も表情を引き締める。

「何でしょうか?」

「今回一緒に来た三百人だが、帝国軍の正規一個大隊に夜襲を仕掛けたとして、どのくらいの損害で収められる?」

「難しい質問ですね。対岸の地形を見ていないので何とも言えませんが、森の近くなら相手を全滅させた上で、戦死者二十人、負傷者五十人ほどで済むと思います。もちろん、敵が罠を張っていないという前提ですが」

 今回引き連れてきた団長直属大隊だが、最後の局面で投入することを考えているため、狼人ヴォルフ族や犬人フント族などの万能型と、虎人ティーガー族ら攻撃特化型の獣人族が多く、奇襲作戦は可能だ。

 今回は敵に存在を気づかせるという目的であるため、小柄な猫人カッツェ族や兎人ハーゼ族で構成された偵察中隊と、狐人フックス族を中心とした支援中隊を伴っていない。

「三百人だとガレー船六隻か、カッターボート二十艘が必要か……」

 ガレー船は長さ二十メートル、最大幅四メートルほどで、オールが片側十本出せ、帆柱もある。漕ぎ手二十名の他に三十名の射手が乗り込むのが標準だが、射手の代わりに五十名の兵士を載せることができる。

 カッターボートは長さ十メートル、最大幅三メートルほどで、中央に簡単な帆柱があり、三角帆を使うこともできる。通常は漕ぎ手十人、射手十人が定員だが、射手の代わりに十五名の兵士を載せることが可能だ。

 リッタートゥルム守備兵団の水軍には、ガレー船十隻とカッターボート六十艘があり、兵士を載せるだけなら千四百人まで可能で、一個大隊が加わっても定員を超えることはない。

「明後日の国境警備隊排除後にラウシェンバッハ騎士団にも上陸訓練を行ってもらう。その結果がよければ、作戦に組み込むことも視野に入れる……」

 兄の表情を見る限り、何か作戦を思いついたようだ。

「大隊長はカイだったね。中隊長はベルタとライナーか……彼らならいろいろとやれそうだな……」

 大隊長兼第一中隊長は猟犬ヤークトフント族のカイだ。元々黒獣猟兵団の兵士として兄の護衛をしていた物静かな若者だ。個人の戦闘力もさることながら、指揮官としての能力も高い。

 第二中隊長は豹人レオパルト族のベルタで、第三中隊長は白狼ヴァイスヴォルフ族のライナーだ。二人とも守備隊で指揮能力の高さを見せており、兄が指揮官にすべきと推薦した人物だ。

「クルトとヴェラもいます。私の指揮能力以外に不安要素はありませんよ」

 クルト・ヴォルフは参謀、ヴェラ・ヴァイスティーガーは私の副官だ。いずれも兄の元護衛であり、気心は知れているはずだ。

「分かった。いずれにしてもラザファムの連隊が到着するまで十日ほどあるからその間に訓練をしてもらう。まあ、少し変わったことをやってもらうかもしれないが、明日、ハルトを含めて検討しよう」

 兄が変わったことというとハルト先輩が目を輝かせる。

「お前が変わったことということは突拍子もないことなんだろう? 楽しみだ」

 学院の兵学部時代にも、兄は私では思いつかないような変わったことをいろいろとやっており、学院ではある種の伝説になっていた。
 相手を罵倒したり一目散に逃げ出したり、第二騎士団の兵士たちが呆れていたと聞いている。

「私も楽しみですよ。ハルト先輩の大隊のように演技を期待されても困りますけどね」

 ヴェヒターミュンデの戦いでハルト先輩の大隊は敵を引き込むために、焦って逃げ出す演技をした。その迫真の演技によって帝国軍の二個師団を死地に引き込むことに成功した。

「あれは半分以上演技じゃなかったがな。まあ、俺の部下はふざけた奴が多かったから、楽しんでやっていたことは否定せんが」

「今回は演技をしなくてもいいはずだ。ラウシェンバッハ騎士団の実力を思い知らせるためにいろいろとやってもらうつもりだ」

 兄が何を考えているのかは分からないが、楽しいことになりそうだと自然と笑みが零れる。

 飲み会がお開きになり、私に与えられた宿舎の部屋に向かう。
 まだそれほど遅い時間ではないため、副官のヴェラと参謀のクルトが待っていた。

「マティアス様から何かご指示はありましたか?」

 私より長身の美女、ヴェラが聞いてきた。長く兄や義姉の護衛を務めていたことから、兄が何か考えているのではないかと思ったようだ。

「ああ。まだ決定じゃないが、明後日以降に変わった訓練を行うらしい。その結果次第で帝国領に入っての作戦に従事することになる」

「変わった訓練ですか? どんなことをするのでしょう?」

 狼人ヴォルフ族のクルトが首を傾げている。

「どんな訓練かは聞いていない。但し、作戦が実行されれば、ラウシェンバッハ騎士団の実力を世間に知らしめることになるらしい」

「俺たちの実力を世間に知らしめる……ですか?」

 ヴェラも意味を掴みかねて困惑している感じだ。

「私もよく分かっていないが、明日、兄上とハルト先輩、そして私の三人で話し合うことになっている。兵たちに伝えてもいいが、兄上は結果次第と何度も言っている。つまり、君たちの力でも大変なことをさせられるということだ。ぬか喜びにならないように気を引き締めておいてくれ」

「「はっ!」」

 二人はそう言って敬礼したが、その表情は嬉々としたものだった。
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