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第十章:「雌伏編」

第十九話「名誉の回復:その四」

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 統一暦一二〇六年十月二十二日。
 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、平民街商業地区。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ

 王都に巣食うマフィア、ロシュ一家ファミーリエのアジトを襲撃した。
 夜明け前の午前六時前に開始し、三十分ほどで制圧は完了した。

「エレン・ヴォルフより報告いたします! 目標の制圧を完了! ロッシュ一家とマルクトホーフェン侯爵領から来た獣人のならず者、計四十二名全員を捕縛! シュヴァルツェベスティエン猟兵団イエーガートルッペに戦死者及び負傷者なし! 現在、証拠品の押収を行っております! 報告は以上であります!」

 突入隊の指揮を任せたエレンが胸を張って報告する。
 周囲の住民は窓から我々を見ており、拍手が沸く。彼らもマフィアがすぐ近くに住んでいることを、快く思っていなかったためだ。

「ご苦労だった! 捕縛した罪人を引き出してくれ」

 そう命じた後に周囲に向かって声を張る。

「マフィアたちはすべて捕縛しました! これで危険はありません! ご協力ありがとうございました!」

 再び拍手が沸き、ぞろぞろと住民が出てきた。
 この後、どうなるのか興味があるからだろう。
 こちらの狙い通りであり、特に止めることはない。そのため、続々と人が集まってくる。

 その間にならず者たちが引き出されてきた。
 そのほとんどが寝ていたためか、下着姿の者が多く、ロープで手を縛られた状態で身体に布が巻き付けられ、その間抜けな姿に住民から笑いが起きている。

 その中に大柄な犬獣人の姿があった。

「“フェアリュクターフント”と呼ばれていたゴーロという犬人フント族です。他の者の証言では、先日の殺人の犯人だということでした」

 獅子シーレ族の偉丈夫、ヘクトールが金髪の鬣を揺らして報告する。

「縄を解け! ぶっ殺すぞ!」

 見苦しく歯をむき出しにして威嚇してくる。

「本当に狂犬のようだね。この状況がまるで分っていない」

 私がそう言うと、周囲から笑いが起きる。

「てめぇら皆殺しにしてやる!」

「私の部下にも優秀な犬人族が多いから、犬に例えたくはないが、まさに負け犬の遠吠えだな。こんな奴と私の部下を一緒にする者がいるのかと思うと、非常に不愉快だ」

 その言葉は住民たちに聞かせるつもりで、あえて大きな声で言っている。

 大柄な強面の男が引きずられるように連れてこられた。裸だったのか、シーツが腰に巻き付けられており、暴れないように足には木で作られた枷が嵌められている。

 二階のボスの部屋に突入した白虎ヴァイスティーガー族のヴェラがキリっとした表情で報告する。

「報告いたします! この者がロシュ一家ファミーリエのボス、ブルーノ・ロシュであります!」

「ご苦労。首尾はどうだったかな」

「計画通りでした!」

 取引に応じるか否かを符牒で伝えてきた。
 取引に応じる意思があると分かり、私はブルーノに近づき、小声で話し掛ける。

「この場では積極的に話す必要はない。私が言った言葉に“言えぬ”とだけ叫べ」

「それで助けてくれるのか?」

 半信半疑という感じで聞き返してくる。

「確実に助けると約束はできないが、鉱山送りで済むように根回しはしてやる」

 それだけ言うと、相手の反応を見ることなく、少し離れる。

「ここにいる獣人はどこから来たのだ?」

「言えぬ!」

 助かる可能性があるならと協力するようだ。

「そんなはずはないだろう。こちらの調べではマルクトホーフェン侯爵領から来たことは分かっているのだがな」

 そう言った後、更に質問を続けていく。

「まあいい。では、次の質問だ。誰に頼まれた?」

「言えぬ!」

 私はニヤリと笑う。

「言えぬということは誰かに頼まれたわけだな……最近、ある侯爵家の重臣がここに来たそうじゃないか。誰が来たのだ?」

「言えぬ!」

「マルクトホーフェン侯爵家のアイスナー男爵がここに来たという噂がある。それでも言えないのか?」

「言えぬ!」

 周囲にいる住民たちがザワザワとし始める。

『マルクトホーフェン侯爵だと……』

『獣人がマルクトホーフェン侯爵領から来たなら、侯爵が仕組んだのか?』

 思惑通りにマルクトホーフェン侯爵が関与しているかのような印象を持ち始めた。

盗賊ギルドロイバーツンフトとは関係しているのか?」

「言えぬ!」

 そこでもう一度私は微笑んだ。

「言えるわけはないな。“マルクトホーフェン”から暗殺者を送り込まれてしまうからな」

 ここで言っている“マルクトホーフェン”は盗賊ギルドがある領都マルクトホーフェンのことだが、話の流れからマルクトホーフェン侯爵が裏切り者に暗殺者を送り込むように聞こえたはずだ。

『侯爵は盗賊ギルドロイバーツンフトと繋がっているみたいだな』

『奴らと繋がっているから、マフィアとも仲がいいわけだ』

『そう言えば、マルグリット様が殺された時も、第二王妃が暗殺者を使ったという噂があったな。第二王妃は侯爵の姉だ。ありえないとは言い切れないな……』

 思惑通り、住民たちはマルクトホーフェン侯爵が関与し、犯罪者たちと繋がりがあると思い込んでくれた。

 その後、証拠品の押収が終わったのか、黒獣猟兵団の全員が正門前に整列する。

「アジト内に潜んでいる者はおりません! また、貴族らしき者が関わった違法奴隷取引と密輸に関する帳簿を発見しました!」

 報告の内容から、やはりマルクトホーフェン侯爵が関与していたという決定的な証拠は見つからなかったらしい。

 もし、それがあった場合は、“貴族らしき者”という曖昧な言葉ではなく、“貴族が関与した”と明確に報告するよう指示していたからだ。

「ご苦労だった! 諸君らの働きで、王都に巣食うならず者とそれを利用する不埒な者を捕らえることができるだろう! 私は諸君らを誇りに思う!」

 そこでエレンたちが一斉に胸に右手を当て、敬礼で応えた。
 その姿を見て、住民たちが感嘆の声を上げる。

『王国騎士団より強いという話だが、ただ強いだけじゃないな。本当の精鋭ってのは、彼らみたいな兵士を言うんだろう』

『同じ獣人でもあそこにいるならず者たちとは全く違う。噂以上に凄いな』

『噂では聞いていたが、実際に目の当たりにすると想像以上だ。さすがは千里眼のマティアスが直々に揃えた精鋭だな』

 王国騎士団との演習の話は平民街にも流れてきており、話としては知っていたようだが、実際に見て驚いたらしい。

『あの敬礼、かっこいい!』

『僕らもやってみようよ! 敬礼!』

 子供たちがヒーローを見るような目で見て、彼らの動きをまねている。
 黒獣猟兵団が精鋭であり、ならず者と全く違うという認識を植え付ける目的は達成できたようだ。

「あなたの思惑通りになったわね」

 イリスが満足げな表情で言ってきた。

「そうだね。あとはどの程度噂が広がってくれるかだけど、マルクトホーフェン侯爵が関与していたという噂と一緒にバラまくつもりだから、割と早く広がってくれると思う」

 今回の捜索では、マルクトホーフェン侯爵が関与していたという明確な証拠は出てこなかった。アイスナー男爵はこの手のことを得意としており、証拠を残すようなミスは冒さなかったようだ。

 しかし、一連の我々のやりとりを聞けば、マルクトホーフェン侯爵がマフィアと繋がっていただけでなく、違法奴隷取引や密輸も行っていたと思うはずだ。

 そのことで抗議してくるかもしれないが、こちらは断言していないので、突っぱねることができる。

 それからしばらくして衛士隊が到着した。

「王国騎士団士官学校主任教官である、ラウシェンバッハ子爵家の嫡男マティアスだ。第一騎士団長ピエール・フォン・ホルクマイヤー閣下の命令を完遂した。あとは衛士隊に任せるよう閣下より命令を受けている。罪人と証拠を受け取っていただきたい」

 衛士隊の隊長は近隣の住民による人だかりに困惑しながらも、貴族らしい格好をし、子爵家の嫡男と名乗った私の言葉を素直に受け取った。

「ラウシェンバッハ子爵家の協力に感謝いたします。あとはこちらにお任せください」

 ちなみに突入するまでは衛士隊を含む現場の部隊に、この作戦のことは伝えないようにホルクマイヤー子爵に頼んであった。

『我が騎士団にならず者と繋がっている者がいると考えているわけだな……仕方あるまい』

 子爵も王都の治安を守る第一騎士団を信用し切れていなかったようで、すぐに納得してくれている。

 しかし、捕縛後は衛士隊に引き渡さないわけにはいかないので、作戦開始後にシャッテンのユーダを派遣して説明させていた。

 無事に捕らえた者たちと押収した証拠品を引き渡し、これでここでの仕事は完了した。

「それでは引き上げようか」

 私がイリスにそういうと、彼女は鋭い口調で命令を発した。

「黒獣猟兵団はこれより帰投する! 出発せよ!」

 エレンたちはビシッと敬礼し、精鋭らしく歩調を合わせて行軍を始めた。
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