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第八章:「東部戦線編」

第五十話「フェアラート攻略:その四」

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 統一暦一二〇五年九月二日。
 ゾルダート帝国西部フェアラート近郊。クリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵

 フェアラート攻略作戦も四日目に入った。

 この三日間で第三騎士団、第四騎士団の動きは目に見えてよくなっている。
 マティアス君から無理に攻撃はせず、兵の練度を上げることに利用すべきという提案を受けたからだが、これほど効果があるとは思わなかった。

 昨日は城壁の一画を占領する直前にまで迫ることができた。これは敵の矢が尽きつつあるためで、これもマティアス君の計画通りだ。

 また、両騎士団長の指揮も安定してきている。
 昨日の昼前、前線の兵士たちの動きがよくなったことから、騎士団司令部の底上げをマティアス君が提案してきた。

「前線の兵の動きはずいぶんよくなりました。次のステップとして司令部を鍛えるべきです」

「具体的にはどうするのだ? この攻城戦では司令部からの命令も単調なものにならざるを得んが」

「通信の魔導具を使って、総司令部と各騎士団司令部の間で情報共有を頻繁に行います。敵の動きや味方の損耗具合などを、どれだけ正確に伝えられるか確認してはどうでしょうか」

 その提案を受け、各騎士団の参謀たちが通信の魔導具を使って、状況をこまめに共有した。最初は情報の精度にバラツキがあったが、マティアス君とイリスが現地に赴いて指導を行ったことで、見違えるほど正確な情報が届くようになる。

 また、総司令部である我が第二騎士団司令部も参謀たちが情報の整理を的確に行えるようになり、離れた場所でも手に取るように状況が分かるようになった。

 他にも騎士団長であるマンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵とコンラート・フォン・アウデンリート子爵との連携もスムーズに行えるようになった。

 二人の性格は理解しているつもりだったが、情報の捉え方が微妙に異なっていることに気づいた。同じような状況でも、ホイジンガー伯爵は楽観的、アウデンリート子爵は逆に悲観的に捉えるため、それを見越した指示を出す必要があると分かったのだ。

「ヴェストエッケの時よりこちらの方が難しいな」

 私がそう零すと、マティアス君が笑みを浮かべて頷く。

「基本的には攻撃する側に主導権があります。ですので、ヴェストエッケでは相手の動きに対応する形でしたから迷う余地が少なかったのだと思います。一方で今回はこちらが攻めていますから選択肢が多く、どうすれば最適かと迷うのではないかと思います」

 その説明に納得した。

 そして今日はそのことを意識しながら攻撃を指揮していたが、午前九時頃にマティアス君が私に耳打ちしてきた。

「帝国軍第三軍団がタウバッハの町を出発したとのことです」

「ついに動いたか……先行する部隊は?」

「ありません。進軍も急いでいる様子はなく、速度は常識的な範囲とのことです。想定では五日の午後にはここに到着する見込みです」

 あと四日あるからフェアラートを攻略することは難しくない。しかし、迎撃準備があるため、あまりのんびりもしていられない。

「攻勢を強めるべきかな?」

「第二騎士団を予定より早く、ここに呼びましょう。更にヴェヒターミュンデ騎士団も包囲に加え、敵守備隊の心を折ります。その上で降伏勧告を行いましょう」

 第二騎士団は昨日の夕方にヴェヒターミュンデ城に到着しており、今日一日は休養日に当てる予定だった。それを繰り上げた上、東を警戒しているヴェヒターミュンデ騎士団を加えた二万の兵でフェアラートを締め上げるという策だ。

 彼の提案を受け、ヴェヒターミュンデ城に連絡する。
 通信の魔導具があるからすぐに連絡が付く。これに慣れると、今までのような伝令でのやり取りはまどろっこしすぎて戻ることはできない。

 昼前に第二騎士団が南の城壁近くに到着した。我々司令部も二十日ぶりに合流する。
 行軍の指揮を執っていた参謀長、エルヴィン・フォン・メルテザッカー男爵と握手を交わす。

「行軍の指揮、ご苦労だった。迅速な行軍に満足している」

「ありがとうございます。連隊長以下が優秀でしたので、私がすることはほとんどありませんでしたよ。それよりも第三軍団との戦いに間に合ってよかったと、ホッとしています」

 午後二時には第二騎士団が南側に、ヴェヒターミュンデ騎士団が東側に展開し、第三騎士団が北、第四騎士団が西に移動し、計二万の兵でフェアラートを包囲する。

「降伏を勧告しましょう。刻限は午後四時。受け入れられなければ、全軍で総攻撃を行い、帝国兵は皆殺しにすると伝えてはどうかと思います」

「そうだな。既に矢も尽きているし、これ以上の抵抗は無駄だと思うはずだ」

 降伏勧告が行われ、待ち時間になる。
 その間にも敵第三軍団に関する情報がマティアス君のところに刻一刻入ってくる。第三軍団長のテーリヒェン元帥は四方に偵察隊を出しながら、戦闘態勢を保ったまま進軍していた。

「思った以上に慎重だな」

 自国領内であり、そこまで慎重にする理由が思い浮かばない。
 私の言葉にイリスが答える。

「タウバッハからフェアラートまでの町や村には帝国軍に反発する人たちがたくさんいます。その人たちに偽情報を流すように頼んでいますから、それが利いたのだと思います」

 詳しく聞くと、帝国軍に関する悪評を以前から噂として流し続けているそうだ。
 この辺りには帝国軍の大部隊はほとんどいなかったが、数百人規模の守備隊や警備隊がいたため、その噂によって兵士たちと住民の間で何度もトラブルが起きていたらしい。

 更に彼の護衛でもあったユーダ・カーンとその部下が、情報操作を行っているらしい。
 その周到さに呆れるしかない。

「相変わらずだな、マティアス君は」

 そう言いつつも、彼が味方でよかったと心から思っている。もし、彼が帝国に生まれていたら、我が国は既に存在していなかったかもしれない。少なくとも十年以内に滅ぼされていたことだろう。

 午後四時前、南門がゆっくりと開かれた。
 そして、三人の騎兵がゆっくりと馬を進めてくる。武器は持っておらず、声が届く距離に近づいたところで手綱を離して両手を上げた。

「我らフェアラート守備隊は貴軍に降伏する!」

 私は満足げに頷き、馬を前に進めた。

「私はグライフトゥルム王国軍の総司令官、クリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵である! 貴軍の降伏を認める! 武装解除の上、全兵士を南門から出してくれ!」

「了解した! すぐに全軍を町から出す!」

 この条件は降伏勧告の際に伝えてあったので、すぐに兵士たちが出てきた。
 負傷兵はほとんどいないが、憔悴し切った表情の者が多い。マティアス君が言っていた通り、連日の攻撃と我が方に援軍があったことから心を折れたようだ。

 フェアラート守備隊はヴェヒターミュンデ城に移送する。その任務はヴェヒターミュンデ騎士団が行い、彼らはそのまま城を守る。

 第二騎士団はフェアラートの町に入り、残党が残っていないか確認する。
 その際、町の有力者と私が面談することも決まっていた。

 一時間ほどで第二騎士団による町の調査が終わった。もちろん、この短時間では細かなところまで確認できないが、最初から占領する気がないので、この程度の確認でも問題ない。

 町の有力者たちと面談するが、彼らは王国軍がここに入り、帝国軍が攻めてくることを恐れていた。

 確かに帝国軍なら三万の一個軍団が来ることは容易に想像できるし、ここにいる二万の兵が町に入れば、大規模な戦闘になることは誰もが考えることだろう。

「安心してほしい! 我らにこの町を戦場にするつもりはない。もちろん、物資の供出を命じることもない。帝国軍に我々の情報を売らないと約束してくれるなら、諸君らの行動も制限しない。但し、数日以内に帝国の第三軍団がここに到着する。その際には我が軍の兵士が町の中を移動することになる。我が軍が行動している間は家に篭ることをお勧めする」

 私の言葉に有力者たちは安堵の表情を見せる。

「急いで準備を始めましょう。敵がスピードを上げる可能性もありますから」

「そうだな。テーリヒェン殿を丁重に迎える準備をしなくてはならん」

 私はそういうと、部下たちに命令を出していった。
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