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第八章:「東部戦線編」

第五話「家族会議」

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 統一暦一二〇五年三月十日。
 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ

 宰相府、騎士団本部と巡り、日は大きく傾いていた。
 屋敷に戻ると、心配そうな表情の母ヘーデと、対照的に笑みを浮かべている妻イリスの出迎えを受ける。

「問題はなかったようね」

 イリスがそう言ってきたので、大きく頷く。

「表面上はともかく、罪を問われることはなくなったよ」

「表面上? どういうことなの?」

 事情を知らない母が訝しげな表情を浮かべる。
 イリスには予め話してあるため、特に表情は変えていない。

「詳しいことは父上が戻られてから話します」

 父はそれからすぐに帰宅した。
 宰相府の官僚である父は、ある程度事情を聞いていたらしく、いつもより早く戻ってきた。

 また、既に嫁いでいる姉のエリザベート・フォン・ゲストヴィッツと、第二騎士団に入団した弟のヘルマンも、噂を聞きつけてやってきた。

 夕食前に家族を集めて説明を行った。その場にはシャッテンであるメイドのカルラと執事のユーダの姿もある。

「グレーフェンベルク伯爵閣下と共に宰相閣下に説明を行い、私に罪がないことはご理解いただきました」

 その言葉でイリス以外の四人が安堵の息を吐き出す。

「但し、帝国が次の手を打ってこないとも限りませんから、私には王都からの追放処分が下されたと公表されます。理由は王国を裏切ったわけではないが、帝国に付け入る隙を与えたためというものです。しかし、これは偽装であって本当に罪に問われるわけではなく、夏頃には無実であったとして取り消されることも決定しています」

 私の説明に父が疑問を口にした。

「ということは、半年ほどは罪人扱いとなるということか」

「そうなります。ですので、父上たちにも迷惑が掛かることになるでしょう」

 私の言葉に父は首を横に振る。

「それは構わんが、危険ではないのか? 誰とは言わぬが、このことでお前を害そうとする者が現れることがなければよいのだが」

 父はマルクトホーフェン侯爵派が動くことを警戒しているようだ。

「その点は問題ありません。王都を出たら領地に向かうと宣言しますので、さすがにそこまで追ってくることはないでしょうし、来たとしても闇の監視者シャッテンヴァッヘの方々が守ってくれますので」

 カルラとユーダが同時に小さく頷いた。

「宣言するということは、それ以外にも足を運ぶということか?」

 父の問いに大きく頷く。

「この時間を使って、帝国との国境付近を見てこようと思っています。今後の帝国との戦いで少しでも有利になるように」

「大丈夫なの? 帝国が攻めてくるかもと噂になっているけど」

 母は不安そうな表情を浮かべている。

「その点は問題ないですよ。危険そうならすぐに引き返しますし、護衛も連れていくつもりですから」

 そこでイリスが聞いてきた。

「護衛とはカルラたちシャッテンのことかしら? 彼らは優秀だけど数が少ないわ。辺境には魔獣ウンティーアだけじゃなく、盗賊も出るのよ。戦えないあなたを守るためには、ある程度の数の兵を連れていくべきだと思うわ」

 その言葉を聞き、カルラたちの方に視線を向ける。彼女たちは無表情だが、イリスの意見を否定することはなかった。あとで聞いてみるつもりだが、同じことを考えているようだ。
 私としては少人数の方が動きやすいと思ったが、どうやら違うらしい。

「君がそう言うのであれば考え直す必要があるね。だけど、そのことについては後で話し合おうか」

 そう言ってから父に視線を向ける。

「宰相府でいろいろと聞かれると思いますが、憤りを見せておいてください。息子は何もやっていないのに追放されたと」

 そこで姉にも視線を向ける。

「姉上も義兄上やゲストヴィッツ家の方々から聞かれるかもしれませんが、父上と同じような対応をお願いします」

 父と姉は首を傾げているが、それに構わずヘルマンに視線を向ける。

「お前も同じだ。グレーフェンベルク閣下が宰相閣下に強い抗議を行ったという噂が流れることになっている。そうなれば、第二騎士団では私の処分に納得していない者が多数出るだろう。それだけならいいが、何かの策じゃないかと言う者も出てくるはずだ。それに対して、自分は何も聞いていないし、私が意気消沈していたと言って、その話を打ち消してほしいんだ」

 第二騎士団の兵士たちは私のことを超人的な軍師だと思っている。今回のことも策の一環だと言い始めてもおかしくはない。

「それはどうしてなのかな? 兵たちを騙すことになるのが心苦しいんだけど」

「そこは我慢してほしい。詳細は言えないが、帝国だけじゃなく、いろいろなところにちょっかいを掛けられたくない事情があるんだ。そのために私は王都を離れるし、追放されたと悪評を甘んじて受け入れるのだから」

 士官学校設立の話はイリス以外、家族にも話すつもりはない。
 イリスは私と一緒に王都を出るが、父たちはここに残る。父もヘルマンも腹芸はあまり得意ではないから、最初から知らない方がいい。

「分かった。こちらのことは私たちに任せておけばよい。だが、無理はするな」

 私は父の言葉に大きく頭を下げた。

 家族会議を終え、夕食を摂った後、寝室に行く前にイリスとカルラ、ユーダの四人で話し合う。

「護衛の話なんだが、本当に必要なのかな? ヴェヒターミュンデ城までは比較的安全だし、ラウシェンバッハからリッタートゥルム城の間も小さな集落が点々とあるだけで、商人の行き来もほとんどないから盗賊は出ないはずだ。あとは弱い魔獣ウンティーアが時々出没する程度と聞いているんだが」

 私の問いにイリスが答える。

「その認識に大きな誤りはないわ」

 イリスの言葉に疑問が浮かぶ。

「ならどうして?」

「あなたの安全のためよ。確かに今の情報から考えれば、カルラとユーダと私の三人だけでも充分に対応できるわ。でも、何が起きるか分からないのが旅なの。主要街道を行くだけならそれほどリスクは高くないけど、リッタートゥルム城に向かうなら、優秀な兵士を少なくとも三十人は引き連れていくべきね。カルラ、あなたの意見はどう?」

 イリスはカルラに話を振った。

「奥方様のお考えに全面的に賛同いたします。我ら二人の他に五名のシャッテンが護衛として同行しますので、よほどのことがなければお守りすることは可能です。ですが、帝国が本気を出してきた場合、真実の番人ヴァールヴェヒターではなく、ナハトの暗殺者を雇う可能性があります。その場合、護衛が少なければ、万が一のことが起きないとも限りません」

 ナハトは魔術師の塔“神霊の末裔エオンナーハ”の下部組織に当たる暗殺者集団だ。狙った相手は確実に殺すと言われており、暗殺に関してはシャッテンに匹敵するらしい。

 また、この世界では恐怖の対象となっており、わがままを言う子供に、“そんなことを言っているとナハトに攫われてしまうぞ”と言って脅すことは定番となっている。そのため、その名は幼子すら知っているほど有名だが、その実態はよく分かっていない。

 しかし、私に対して帝国が暗殺者を仕向けてくるとは考え難い。
 ヴェストエッケで多少名が知られたとはいえ、二十を超えたばかりの若造なのだ。狙うなら王国軍改革の旗手、グレーフェンベルク伯爵を狙うはずだ。

 そのことを言うと、イリスが呆れたように首を振る。

「あなたを嵌めるために皇帝まで関与しているのよ。つまり、あなたが今までの謀略の黒幕と気づいているということ」

 そこでユーダが話に加わってきた。

「私も奥方様と同じ考えです。帝国がどこまで知っているかはともかく、今マティアス様を失うことはグライフトゥルム王国にとって大きな痛手となるでしょう。それにマグダ様より、マティアス様の安全は最優先せよと命じられております。そのことを考慮いただければと思います」

 叡智の守護者ヴァイスヴァッヘは今後現れるであろうヘルシャー候補の指導者として私に期待しており、そのことを忘れないでほしいと言っているのだと気づいた。

「分かりました。でも、その兵士はどうしたらいいのかな」

狼人ヴォルフ族たち獣人族セリアンスロープから募ればいいわ。あなたも以前見たでしょ。あれほどの忠誠心と武力を持っているのだから、あなたの護衛としては最適だわ」

 イリスの言葉にカルラたちも頷いている。
 レヒト法国から救出した獣人族セリアンスロープには優秀な戦士が多い。また、五感も我々普人族メンシュより優れており、奇襲を受ける可能性も低い。

「確かにそうだね。彼らにお願いしようか」

 こうして私たちの王都追放の話はまとまった。
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