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第六章:「蠢動編」

第十三話「ラウシェンバッハ領の獣人族:前編」

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 統一暦一二〇三年十月三十日。
 グライフトゥルム王国南部ラウシェンバッハ子爵領、ヴァイスホルン山脈麓の獣人入植地。熊獣人族ゲルティ・ベーア

 奴隷だった俺たちは今、ラウシェンバッハ子爵領の獣人入植地と言われる場所にいる。
 ヴァイスホルン山脈の麓に当たるこの場所に入ったのは、三週間ほど前の十月九日。今は家族たちを受け入れるために、家を建てているところだ。

 今の俺たちは希望に満ち、誰もが明るい表情を浮かべている。
 一ヶ月ほど前に、一族の者たちが無事に救出され、ここに向かっていると聞いているからだ。

 その時には俺だけじゃなく、生き残った者たちは皆涙を流して喜んだ。二度と会えないと思っていた家族と再び暮らすことができるからだ。

 その僅か一ヶ月半ほど前のヴェストエッケの戦いの頃は絶望しかなかった。しかし、降伏し捕虜になった後は、信じられないほど生きる希望に満ちている。

 法国では俺たち獣人族は差別の対象だった。そのため、町を歩く時は獣人族の特徴である獣の耳や尾を隠す必要があったほどだ。それを忘れると、理由もなく石を投げられたり、殴られたりするからだ。

 しかし、グライフトゥルム王国では蔑むような目を向けられることはなかった。
 特にヴェストエッケを出た後、王都シュヴェーレンベルクに向かう街道沿いの町や村の人々は俺たちに同情的な者ばかりだった。

『大変だったね。これでも食べて元気を出しておくれ』

『法国の連中は許せん奴らばかりだ。こんな物しかないが、受け取ってくれ』

 そう言って食料や飲み物を無償でくれる人が多かった。

 後になって知ったのだが、ヴェストエッケの戦いの結果を報告する早馬が俺たちのことを街道沿いの人々に伝え、それで同情的だったらしい。

 これを手配したのはマティアス様だと聞いた。理由は俺たち法国の獣人族セリアンスロープは決死隊として使われることが多く、それと勘違いされて非難されないようにするためだそうだ。

 そのお陰もあって、王都シュヴェーレンベルクまでの道中は、法国にいた頃では考えられないほど快適だった。

 入植地に到着すると、すぐに俺たち熊獣人ベーア族に割り当てられた場所に案内された。

 入植地の中心である狼人ヴォルフ族の村から十キロメートルほど南にある場所で、目にするまでは開墾から始めなければならないのだろうと覚悟していた。

 しかし、初めて見た入植地は建物こそないものの、きちんと整地がされていた。
 深い森が近く、魔獣ウンティーアの気配を絶えず感じる場所だが、日当たりがよく、きれいな小川も流れており、この場所で子供たちが希望を持って暮らせるのだと思うと、天国に思えるほどだ。

 ただ、建物がないため、一族を受け入れる準備が必要だった。特に冬が近づいており、家を確保できないと命に関わる。

 しかし、俺たちは六十人ほどしか生き残っていない。最低でも五十軒の小屋を建てる必要があるが、手は全く足りていなかった。

 このことは同胞たちも分かっており、先に入植していた狼人ヴォルフ族ら他の氏族が積極的に手を貸してくれた。その結果、今日までに半数ほどが完成し、残りも十日以内に終わる見込みだ。

 今日も仲間たちと家づくりに励んでいたが、昼前に狼人ヴォルフ族の長、デニスが訪れた。

 デニスはヴォルフ族の長というだけでなく、獣人族入植地の責任者でもある。しかし、俺と同い年ということもあり、ここに来てすぐに打ち解け、ファーストネームで呼び合う仲になっていた。

「いい知らせが届いたぞ、ゲルティ!」

 いつもは真面目な表情をしていることが多いデニスが、満面の笑みを浮かべている。
 そのため、俺は仕事の手を止め、彼の話を聞くことにした。

「さっき早馬が来たんだが、お前たちの一族が昨日の夕方に領都に入ったそうだ。今日の午後には俺の村に到着するそうだ」

「ほ、本当か、デニス! ようやく会えるのだな……」

 そろそろだと思っていたが、ようやく家族と会えるということで思わず涙が流れる。
 仲間たちもその言葉が聞こえたため、大声で歓声を上げていた。

「そういうことだ。俺は他の氏族の連中に伝えねばならんから一緒には行けんが、キリのいいところでうちの村に行ってくれ」

 デニスは俺の肩を軽く叩き、気持ちは分かっていると伝えてきた。

 作業はすぐに取りやめ、片付けも早々に出発する。
 そのため、正午を少し回ったところでヴォルフ村に入ったが、気が急くため領都に繋がる道が見える場所に陣取り、そちらを見続けていた。

「少なくともあと二時間は掛かるはずだぞ」

 デニスの息子であるエレンがそう言ってくるが、俺たちがその場を離れることはなかった。

 エレンの言う通り、二時間ほど経ち、日が傾き始めた頃に荷馬車と徒歩の一団が姿を現した。
 その数は数え切れないほどで、どこまでも続いているように見えるほどだ。

 村に入る五百メートルくらい手前に、南北に分かれる道がある。そこで荷馬車の一団は三方向に分かれていく。ここから五キロメートルくらいの比較的近い入植地に入る氏族は直接向かうらしい。

 ヴォルフ村に向かってくる一団がはっきり見えてくると、気づかぬうちに走り出していた。俺だけでなく、仲間たちもだ。

「ハンナ! ヘルミーネ! ロッテ! バルド!」

 俺は走りながら家族の名を叫んでいた。

「あなた!」

 妻のハンナが俺を見つけて走り出す。その後ろには長女のヘルミーネ、次女のロッテ、長男のバルドの姿もあった。

「ようやく会えたわ! 本当に生きていたのね!」

 ハンナは飛び込むように抱き着き、俺の首に顔を埋める。
 子供たちも俺に抱き着き、家族の再会を喜んだ。
 俺だけじゃなく、仲間たちも家族を見つけ、再会の感動に浸っている。

 どれくらい抱き合っていたのかは分からないが、デニスが苦笑気味に声を掛けてきた。

「ゲルティ、気持ちは分かるが、村に入ってくれ。他の者たちも同じだ」

「すまんな……皆の者! まずは村に入れ! 話はそれからだ!」

 俺の一言で皆が歩き始めた。

 村に入ると、広場では宴の準備が行われていた。昼過ぎに来た時には家族のことが気になって気づかなかったが、デニスたちが俺たちの再会を祝えるようにしてくれたらしい。

 ベーア族はヴェストエッケの生き残りである俺たち六十人に加え、今日到着した者を合わせると五百人ほどになる。年寄りたちも荷馬車の中にいたようで、マティアス様は俺との約束を守ってくれた。

 夜になって宴が始まったが、皆笑い泣きのような表情でそれぞれ話をしていた。
 宴が終わる頃、デニスが酒の入ったジョッキを持ってやってきた。

獣人族セリアンスロープ入植地の長であるデニス・ヴォルフだ」

 そう言って家族にデニスを紹介し、その後に妻たちを紹介していった。
 ハンナは長と聞いて大きく頭を下げる。代官のようなものだと思ったためだろう。
 その様子を見て、デニスは手をひらひらとさせる。

「長と言っても単なる取りまとめ役に過ぎんよ。困ったことがあったら、なんでも相談してくれ。まあ、できることとできんことはあるが、可能な限り要望に沿うようにするつもりだ」

 そう言っているが、こいつの権限は代官と同等か、それ以上だ。
 正確な数は聞いていないが、今回到着した十二の氏族を合わせると、この入植地には六十の氏族、計三万人ほどが住むことになる。

 三万人と言えば、王国なら子爵領以上、法国でも中堅都市に匹敵する人口だそうだ。この入植地には子爵家から派遣された代官はおらず、獣人族の自治が認められている。つまり、その長ということは子爵並みの権限と責任を与えられていることと同じなのだ。

「当面は苦しいと思うが、子爵様や領都の代官であるフリッシュムート様は俺たちに優しい方たちだから安心してくれ」

 妻たちはその言葉を聞いて安堵の息を吐き出す。
 法国では教会の聖職者たちが無理難題を言ってくることは日常茶飯事だったし、それ以上に何の脈絡もなく無体なことをされ続けていたから、特権階級に対してよい感情は持っていないのだ。

「ゲルティに話がある。家族との時間を奪って悪いが、少しだけ時間をくれないか」

「構わんぞ。これからは一緒に暮らすのだからな」

 デニスの言葉に笑って頷くと、ゆっくりと立ち上がった。
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