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第六章:「蠢動編」

第五話「戦利品の処分方法:中編」

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 統一暦一二〇三年十月四日。
 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、モーリス商会王都支店。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ

 四日前、モーリス商会の商会長、ライナルト・モーリスと面談した。
 その場で捕虜にした獣人族セリアンスロープ奴隷たちの一族の保護に成功したという報告を受けた。

 捕虜たちは既にラウシェンバッハ子爵領に向かっており、問題が起きなければ、今月中に家族たちに会うことができるだろう。

 この他に商人組合ヘンドラーツンフトやリヒトロット皇国の状況ついても情報を共有している。

 その際、宰相であるテーオバルト・フォン・クラース侯爵に接触し、リヒトロット皇国で得た絵画や美術品を手土産にして、レヒト法国から奪った鎧や武器などを独占的に買い取りたいと提案することを示唆した。

 彼はすぐに動き、結果が出たという連絡があったため、再びモーリス商会を訪れた。

「マティアス様のお考え通りになりました。具体的にはあの日にすぐに面会を申し込み……」

 モーリスは私との会談の後、すぐにアポイントメントを取って、その翌日に宰相に面会している。

 その際、リヒトロット皇国で購入したものの販売先がなく、仕方なく支店の応接室に飾ってあった絵画を贈った。

 その絵画は三百年ほど前の高名な画家の作品であり、五十万マルク、日本円で五千万円相当の価値があると言って渡した。実際には五万マルクで買い叩いたものらしいが、査定額に偽りはないそうだ。

「……宰相閣下は大層お喜びで、私どもモーリス商会をクラース侯爵家の御用商人とするとおっしゃられたほどです。それから武具の話をしたのですが、これも簡単にご了解をいただきました……」

 モーリスはクラース侯爵から武具の独占買い取りの権利を約束させた。

「……その日のうちに査定を始め、昨日までに完了させております……」

 武具は防具が約九千セット、武器が二万点もあり、僅か三日で査定を終えたことに驚く。もっとも詳細な査定ではなく、ざっくりとしたものなのだろうが、数十億円の取引になるのに大丈夫なのかと思わないでもない。

「総額は三千万マルクで昨日契約書にサインをいただいております。今頃、当商会の倉庫に移動させていることでしょう……」

 三千万マルクということは、日本円にして三十億円相当だ。戦利品の価値としては充分だろう。

 やり手の商人だけあって、電光石火で正式な契約に持ち込んだ。

「素晴らしいですね」

 賞賛の思いを伝える。

「ありがとうございます。ですが、宰相府では揉めたと聞いております。この辺りはマティアス様の方詳しいかと思いますが」

 モーリスの言う通り、ここから先の話は私の方が詳しい。
 宰相府の官僚は宰相が独断で契約したことに抗議した。

『競札を行うことなく、一商会を優遇しすぎるのは問題ではないですか』

 しかし、宰相はそれを一喝する。

『これだけの数の武具を現金化できるのは、王都においてモーリス商会以外にはなかろう。あるというのであれば、具体的に名を上げてみよ』

 その言葉に官僚たちは何も言い返せなかったらしい。

 これはモーリスにそう言って宰相を説得するよう依頼していたためで、宰相がそれだけの知識を持っていたわけではない。

 実際、王都シュヴェーレンベルクはともかく、商都ヴィントムントなら一括で扱える大手商会がいくつか存在する。

 しかし、それらの商会はモーリス商会ほどリヒトロット皇国に食い込んでおらず、販路に不安がある。そのため、すべてを一括で購入するようなリスクを負った契約を結ぶことはないだろう。

 また、糾弾した官僚だが、私が宰相府の役人である父リヒャルトに情報を流すように頼み、そうなるように誘導した。

『宰相閣下がモーリス商会から賄賂を受けて、軍が得た装備を不当に安く売り払う可能性があると、メンゲヴァイン閣下に近い官僚に耳打ちしてください』

 父はその意図が分からず、首を傾げた。

『何のためだね。ただでさえ、宰相府はギスギスしているのだが』

『宰相閣下の動きを掣肘せいちゅうするためです。マルクトホーフェン侯爵の意を受けて、王国の弱体化につながる行動を起こす可能性が大きいと考えています。それを未然に防ぐためとお考えください』

『王国のためなのだな……よかろう』

 私の説明に完全に納得したわけではないが、王国のためという言葉で、私の依頼通りに動いてくれた。

 官僚たちは一喝されて沈黙したが、父が“王国騎士団が知れば問題になる”と伝えたことで、宰相は騎士団に対してどう対応するか検討し始めたと聞いている。

 その王国騎士団だが、今のところ大きな動きは見せていない。

 まず、騎士団がレヒト法国軍の武器はともかく、防具に対してそれほど魅力を感じていないことが大きい。法国軍の装備は兜や胴鎧に独特の四聖獣の飾りがあり、一目で法国軍のものと分かるようになっているため、そのまま使用することができないからだ。

 仮に再利用するとしても、一セット当たり最大数千マルク、日本円で数十万円のコストが掛かるので、予算が少ない王国騎士団が再利用という選択肢を採る可能性は低かった。

 それにこの話は王国軍の実質的なトップである、第二騎士団長のクリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵に事前に通してあった。
 伯爵は最初こそ憤りを見せたものの、私の説明に納得している。

『宰相閣下が騎士団に断りもなく武具を売り払います』

『あれが必要だとは思わんが、我々が命懸けで手に入れたものを勝手に処分されるのは納得できんな』

『納得される必要はありませんよ。契約が確定した際に猛然と抗議していただいた方がいいですから』

 私が笑いながらそう言うと、伯爵はそこで私の意図に気づいた。

『宰相に対するカードとして使うのだな。第四騎士団の編成で有利になるように』

『おっしゃる通りです。宰相閣下は騎士団の改革にあまり興味をお持ちではありません。あくまでマルクトホーフェン侯爵閣下の意を汲んでいるだけですから、今回の件で負い目があれば、割と簡単に引き下がるはずです。使えもしない武具でそれが買えたのなら、充分な成果と言えるでしょう。それに売り払って得た資金も騎士団に多めに回すように迫れば、自分の金ではありませんから、宰相閣下もすぐに認めてくださるはずです』

『相変わらず悪辣なことを、大したことでもないふうに言うのだな』

 まだグレーフェンベルク伯爵は宰相府に乗り込んでいないが、もう少ししたら動くはずだ。
 傍から見れば、完全にマッチポンプであり、我ながらあくどいなと思っている。

 このことを笑いながらモーリスに言うと、彼は引き攣った顔で頷く。

「さすがはマティアス様でございます」

 少し引き過ぎだと思うのだが、このくらいの方が安心できるので笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。

 ちなみにモーリス商会が査定した総額三千万マルク、三十億円という値段が適正なのかはよく分かっていない。

 中古の武具の価格はある程度把握しているが、手入れのコストがどれくらい掛かるかは素人の私には想像もできないためだ。

 但し、売却時の価格についてはある程度目途が付いている。敗戦続きで武具が不足しているリヒトロット皇国に持ち込めば、少なくともこの十倍以上になるはずだ。

 これくらいの価格になれば、補修や輸送のコストを考えても、最低二億五千万マルク、日本円で二百五十億円程度の利益を手に入れることができるだろう。

 これまでモーリス商会にはレヒト法国での獣人族セリアンスロープ購入で、一億マルク以上の損失を与えているし、今後も継続的に獣人奴隷を購入する予定なので、これで後ろめたさは多少減ったと思っている。
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