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第三章:「王立学院高等部編」

第十七話「進路:後編」

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 統一暦一二〇二年十一月二日。
 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ

 卒業のための最終試験が終わり、成績が確定した。
 これから十二月の卒業までの一ヶ月間は今後の身の振り方を考える期間と言える。
 そのことで今日、ラザファム、イリス、ハルトムートの三人と話し合うことにした。

 四人で私の家、ラウシェンバッハ邸に入る。これはこの三年間で数え切れないほど見てきた光景だ。

 しかし、三年前と比べ、少しだけ風景が異なっている。それは私を含め、全員が十八歳となり青年期に入ったためだ。

 ラザファムは百八十センチを超えるスラリとした体形と少し日に焼けた健康的な白皙の肌、涼やかなアイスブルーの瞳と銀色に近いプラチナブロンドが特徴的な美青年だ。見た目通り普段は冷静なのだが、苛烈な指揮を執ることから、“氷雪シュネーシュトルム烈火フォイエル”という二つ名が付いている。

 もっともこの二つ名はハルトムートが付けたもので、気に入らない相手には“凍てつく吹雪シュネーシュトゥルム”のような視線を向け、辛辣な言葉を叩きつけることから、相手が“シュトゥルミッシュフォイエル”の如く怒ることを揶揄したものだ。
 しかし、ハルトムートの思惑とは別に、その二つ名は好意的なイメージで浸透していた。

 イリスは双子の兄と同じ美しい瞳と髪、造形美の粋を極めたような完璧な目鼻立ちの美女になっている。モデルのような細身でありながらも女性らしい凹凸もあり、ドレスを身に纏えば深窓の令嬢と言われても信じてしまうほどだ。

 しかし、男勝りなところは変わっておらず、普段は男装をしていることから“男装の麗人”という言葉がよく似合う。

 そのため、高等部では男性より女性から告白されていた。もっとも彼女にそういう趣味はなく、私という相手がいることから全く相手にはしていない。

 長剣を常に携行していることと、その特徴的なプラチナブロンドの髪から、“月光のモントリヒト剣姫プリンツェッスィン”という二つ名が付いている。

 ハルトムートは出会った当時からあまり背は伸びず、この国の男性の平均的な身長よりやや低い百七十センチほどで、短く刈った黒髪に青みを帯びたグレーの瞳が挑発的な光を湛え、“武人”という印象を与える青年になっている。

 実際、東方系の双剣術である竜牙流の使い手として優秀で、王国騎士団やエッフェンベルク伯爵家の騎士たちと戦ってもほとんど負けない。そのため、“ツヴァイシュヴェールトハルト”という異名を与えられていた。

 私自身だが、以前のような病的なやせ型からは脱し、多少肉が付いてきたが、剣も碌に使えないままだ。才能が絶望的にないらしく、ラザファムらに交じって鍛錬しても変わらなかった。

 日に焼けていない白い肌とサラサラの濃い金髪を肩まで伸ばしていることから、イリスと一緒にいると女性と間違われることがあるほど男らしさはない。

 いつも通り私の家に集まった後、これまで考えていたことを説明する。説明を終えると、ラザファムとハルトムートは驚き、イリスは顔を真っ赤にして怒り出す。

「四人一緒に第二騎士団に入るんじゃなかったの! ここまで一緒にやってきたのにどういうことなのよ!」

「さっき言った通りだよ。私は騎士団に入るより学院で後進の指導をした方が国のためになるからだ」

 イリスが更に声を上げようとしたが、ラザファムがそれより先に発言する。

「マティの言わんとすることは分かるが、君が参謀として第二騎士団の強化を図った方が確実じゃないか。その点はどう考えるんだ?」

「グレーフェンベルク団長には王立学院の助教授としてアドバイスすると提案するつもりだ。若造の参謀が偉そうに指摘するより、外部からの声として団長閣下が取捨選択して伝えるとした方が採用されやすいだろうしね」

 私の答えにラザファムは小さく頷く。

「そういったことはあるかもしれないな。それに第二騎士団だけじゃなく、新たに結成される第三騎士団にも意見は言いやすいだろうし……だから納得してやれ、イリス」

 王国騎士団は第一から第四までの四つで構成される。

 第一騎士団は王宮を守る近衛騎士隊と王都の治安を守る衛士隊であるため、実働部隊は第二から第四の三個騎士団の計一万五千名だ。

 しかし、第二騎士団での軍制改革が上手くいってから第三、第四騎士団が正式に創設されることになっており、来年一二〇三年に第三騎士団が編成されることは決まっている。

 これもすんなりと決まったものではなく、王国最大の貴族マルクトホーフェン侯爵派の妨害を受け、すったもんだした挙句にようやく決まったものだ。

 更に問題なのは、第三騎士団には侯爵派の貴族が多く採用される予定であることだ。そのため、第二騎士団から多くの指揮官が送り込まれるが、グレーフェンベルク子爵が自ら選んだ第二騎士団ほど上手くいかない可能性が高い。

 幸い、団長に就任するホイジンガー伯はマルクトホーフェン侯爵派とは距離を置く人物であり、グレーフェンベルク子爵と学院時代の同期でもあることから、改革を推進してくれると考えている。

「そんなことは分かっているわよ! でも、嫌なものは嫌なのよ!」

 感情に振り回されている感じだ。そこで私は戦法を変えた。

「私が学院に残った方が一緒にいられる時間は多くなると思う。それでも駄目かな?」

 その言葉にイリスは理解できなかったのか、一瞬言葉を失う。

「同じ騎士団に入ったとしても配属される連隊は別になるんじゃないかと思っている。そうなったら演習も別の日だろうし、遠征先も違うことになる。だけど、私が学院にいれば、君が非番の時に自由に会える。どうかな?」

「た、確かにそうかも……でも……」

 イリスはまだ完全に納得できないようだ。

「それよりも君たち三人全員が第二騎士団に配属されるかの方が微妙だと思う」

「それはどうしてだ? 兵学部の十位以内は希望を聞いてもらえるはずじゃないのか」

 ハルトムートが疑問を口にした。

「その通りだけど、誰も第一騎士団を希望しないというのは外聞が悪い。グレーフェンベルク閣下も調整に苦慮されるんじゃないかと思うんだ」

 第一騎士団には王家を守る近衛騎士隊があり、一般的にはエリートと思われている。実際、貴族や騎士の間では近衛騎士になることは名誉とされており箔が付く。

 しかし、家柄と見た目重視で実力はなく、更に王国軍改革の対象外とされていることから私を含めた四人にとって全く魅力はなかった。

 問題は上位四名のうち、伯爵家の長男と長女、子爵家の長男がいるにもかかわらず、誰も入団しないことだろう。

 そもそも平民のハルトムートは対象とならないし、私も剣術の腕と体力的な問題があるから除外されるだろうが、ラザファムとイリスのどちらかは第一騎士団に入るよう圧力が掛かる可能性がある。

「私としてはイリスに第一騎士団に入ってもらいたいと思っている」

 私がそういうと、イリスが露骨に顔をしかめる。

「そんなの嫌よ。家柄と見た目しか誇るものがない人たちの集団に入るなんて。それに私じゃ、礼儀作法で問題になるに違いないわ」

 ハルトムートも私の意見に反対する。

「俺ももったいないと思うな。イリスの剣の腕と隊長としての能力なら十年も経たないうちに連隊長くらいにはなれるし、王国初の女性騎士団長の可能性もある」

 能力だけなら私もハルトムートの意見に同意する。しかし、彼女には致命的な問題があった。
 それは性格が優しすぎるということだ。

 男勝りで勝気な性格に見えるが、根っこの部分では女性らしい優しさを持っている。
 私やラザファム、ハルトムートなら合理的な判断で味方を切り捨てることができるが、イリスの場合、それができないのではないかと思っている。

 しかし、実戦部隊に入り部下を持つ立場になれば、目的のために犠牲を出す決断をしなくてはならない。彼女ならその決断が必要だと理解できるだろうし、訓練でならできるだろう。しかし、実戦では頭で分かっていても心が否定するはずだ。

 そうなった時、決断できずに失敗することもあるだろうし、決断しても彼女の心が耐えられない可能性もある。
 そう考えると、実戦部隊に入ることにどうしても反対してしまうのだ。

「ハルトの言う通り、能力だけなら騎士団長になれると私も思うよ。でも、できればイリスには近い将来のために王都に残ってほしいんだ。私と一緒にいるためにね」

 私は本当の理由を隠して結婚を匂わせることにした。

「で、でも……私もこれまで頑張ってきたのよ……」

 諦める理由が欲しいと感じた。

「それは分かっているさ。それに第一騎士団に入ってほしい理由は他にもある」

「それは何なの? 第一騎士団なんて王都が攻められなければ、王宮の飾りになっているだけよ」

 彼女の言うことにも一理ある。
 近衛騎士たちは訓練も碌にせず、警備と称して王宮内に立っていることと、国王や王族が王都内でパレードを行う時の先導役くらいしか仕事をしていない。

「君の能力と身分なら、王子たちに近いところにいられるはずだ。だから三人の王子のことをよく見て、私に教えてほしいんだ」

「王子様たちのことを? でも、フリードリッヒ殿下でもまだ七歳、グレゴリウス殿下やジークフリート殿下はまだ五歳くらいなのよ」

 イリスの言う通り、長男であるフリードリッヒが七歳、次男であるグレゴリウスが五歳、三男であるジークフリートが四歳だ。フリードリッヒとジークフリートが第一王妃マルグリットの子で、グレゴリウスが第二王妃アラベラの子だ。

「確かにまだ幼いから性格なんかは分からないと思うし、これから変わっていくだろう。でも、周りにどんな人がいて、どんな話しているのかが分かれば、この先どんな性格になるのか何となく想像はできる。王子たちの誰かが次の国王陛下になるんだ。もし、おかしな方向に行きそうだったら、大賢者様に相談することもできる」

 彼女たちには言っていないがもう一つ理由がある。
 それは三人の王子の誰かが、叡智の守護者ヴァイスヴァッヘが求めているヘルシャー候補である可能性があるということだ。

 元々ヘルシャーはグライフトゥルム王家から生まれてくると言われ、そのために叡智の守護者ヴァイスヴァッヘや大賢者マグダが王家を守っている。
 そして、大賢者は私のことをヘルシャー候補の側近にと考えている節があった。

 私が生きている間にそのヘルシャー候補が現れると大賢者が考えているのなら、三人の王子か、近い将来に生まれるかもしれない王子か王女だろう。その王子たちのことを自分なりに確認しておくことは重要だと思っている。

「そうね。でも、私にできるかしら?」

「君ならできるよ。それに難しいことじゃないんだ。君の目が届く範囲でどんなことがあったかを書き留めておいてほしいだけだから」

「分かったわ。私も第二騎士団で隊長になるのは少し気が重かったの。まあ、第一騎士団で傲慢な貴族のドラ息子たちの相手も面倒だけど。でも、あなたといる時間が増えるなら我慢できるわ」

 何とかイリスを説得することに成功した。
 その後、私たちを含め、卒業予定者の進路が決まった。
 予定通り、ラザファムとハルトムートは第二騎士団、イリスが第一騎士団に入り、私は学院で助教授となることが確定した。
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