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本編第四章:魔物暴走編

第七十七話「宴の誘い」

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 五月一日午前七時前。
 グリーフ迷宮の魔物暴走スタンピードが終息し、一日半ぶりに地上に戻ってきた。出入管理所で守備隊の若い兵士エディ・グリーンの出迎えを受け、魔王アンブロシウスらがダルントン局長らと一緒にいると教えてもらった。

 管理局の建物に向かう途中、四天王の一人、“妖花ウルスラ”が話しかけてくる。

「本当にこの短時間で終わられたのでしょうか」と驚かれるが、すぐに表情を戻し、

「陛下は応接室におられます。わらわが案内いたしますわ」

 応接室なら場所を知っているので案内は不要だが、「うむ。よろしく頼むぞ」とウィズが勝手に了承してしまう。

「我々だけでも大丈夫です。お忙しいでしょうから」と遠慮するが、

「ほとんどすることはございませんの。あとは部下たちに任せても問題ございませんわ」

 笑顔で断られてしまう。
 以前なら恐れというか気おくれのようなものがあったが、親しげに話しかけてくる。

「お二人の得られたドロップ品でございますが、ご指示の通り管理局に渡しておりますわ」

 ドロップ品の扱いが決まっていなかったので、念のため、管理局で確認してもらうよう頼んでおいたのだ。

「驚いておりましたわ。あれだけの肉をよく集められたと。ほほほ」

 最終的にどれほどになったかはカウントしていないため分からないが、ミノタウロス系の肉が収納袋マジックバッグで十個分、コカトリス・サンダーバード系が三個となっている。
 一つの袋に五百キログラム近く入るため、肉だけでも六トン以上あるはずだ。

 今回はミノタウロスの帝王エンペラー種やレッドコカトリス、ブルーサンダーバードという希少種以上に珍しい特異種と呼ばれる魔物の肉があり、エンペラーが約二百キロ、レッドコカトリスとブルーサンダーバードがそれぞれ約五十キロも手に入った。
 他にも希少種のミノタウロスチャンピオン、ブラックコカトリス、サンダーバードの肉も大量に手に入り、ウィズの頬は緩みっぱなしだった。

「早く食いたいのぉ。あれだけあればいろいろな料理人に作ってもらえる。楽しみで仕方がないのじゃ……」

「本当に楽しみですわ。どのようなお酒が合うのでしょうか?」

「そうじゃな。我もそれが気になるが、ゴウが最高の酒を合わせてくれよう」

「おっしゃる通りですわ。エドガー殿にお任せするのが一番です」

「うむ。そなたも分かってきたの」

 ウルスラがウィズに話を合わせている。

 応接室に入ると、魔王と四天王のベリエス、そして管理官のエリック・マーローが俺たちを立って出迎えてくれる。

「もう終わられたか。さすがだ」とアンブロシウスが褒めるが、

「もう少し早く終わらせるつもりだったのじゃが、思いの外、数が多くての」

「どの程度逃げ延びられていたのでしょうか」とマーローが真剣な口調で聞いてきた。

 管理官としては探索者シーカーがどの程度生き延びられたのか気が気ではないのだろう。

「二十組以上のパーティを見つけました。安全地帯セーフティエリアに潜んでいたので、ほとんど怪我人はいませんでしたよ。一番遠い人だと七階層くらいありましたから、全員が脱出するのは明日以降だと思いますが」

「それはよかった……最悪全滅していてもおかしくない状況でしたから。六割以上も生き残れたことが信じられません……」

 二百階で俺たちが魔物を食い止めていたが、下層では強力な魔物が徘徊していたことから全滅を覚悟していたらしい。
 実際、俺たちが見ていない二百階層より上のシーカーは四百人ほどいたが、今のところ百人も脱出できておらず、上層階には救助隊が派遣されている。

 そんな話をしていると、局長のレイフ・ダルントンがやってきた。

「出迎えもせず申し訳ない」と頭を下げる。

「事後処理もあるでしょうから問題ありません。それよりも私たちの処遇と言いますか、扱いはどうなりましたか?」

 エディたちの様子を見る限り、特に今までと変わった様子はないが、回答次第によってはこの町から出ていくことも考えていた。

 その理由だが、必要以上に恐れられれば、まともに会話もできなくなるためだ。今回の魔物の強さは大陸最強と噂されていた魔王を大きく凌駕しており、このまま公表されれば魔王以上に恐れられる可能性が高い。
 ここには関係者しかいないため、今のうちに聞いておこうと思ったのだ。

「此度は初期の対応をエドガー殿たちが行い、その後はアンブロシウス陛下、ウルスラ殿、ベリエス殿が強力な魔物を倒したと公表いたします。つまり、エドガー殿たちはミノタウロスやオーガまで対応し、その後はアンブロシウス陛下の救援によって持ちこたえたというシナリオです」

「私としては助かりますが、陛下はそれで問題ないのですか?」

「うむ。不本意ではあるが、余が前面に出た方がよかろうと判断した。まあ、幾分かは違う意味での名声を得ることになるがな」

「違う意味、ですか?」

 そこでベリエスが魔王に代わる。

「この度得た魔力結晶マナクリスタルと黒金貨などについてはトーレス王国と共同である事業に投資することになりました」

 共同出資という言葉に引っかかる。

「共同で投資ですか? と言っても貴国がほとんど持ち出すことになると思いますが」

「そうなります。ですが、そもそもエドガー殿たちが得たものですので、我が国が独占することは憚られるというのが陛下のご判断です」

「確かにそうですが、迷惑料も入っているので、これは貴国の取り分として独占されても私たちは特に気にしませんが」

 実際、魔王たちにはいろいろと迷惑を掛けていると思っている。

「その点は理解しておりますが、この提案は我が国にもメリットがあるのです」

「メリットですか?……ちなみにどのような事業なのでしょうか?」

「料理と酒の文化を発展させるという事業です。トーレス王国は美食で有名です。その国に投資し、成果を我が国に無償で供与させる。これによって遅れている我が国の料理と酒の文化を一気に発展させることができるのです」

「料理と酒の文化の発展ですか……」と絶句する。

「それはよいことじゃ!」とウィズがポンと膝を叩いて叫ぶ。

「料理と酒はよいものじゃ! 魔王もよく分かっておる!」

 魔王はウィズに頷くと、

「余もエドガー殿の考えに感動したゆえ、我が同胞たちにも広めようと思ったのだ」

「それはよい」とウィズはご満悦だ。

 ウィズは無邪気に喜んでいるが、俺はその規模の大きさに混乱していた。

魔力結晶マナクリスタルがどの程度の価値になるかは分かりませんが、黒金貨だけでも千枚以上あったはずです。私が持ち込んだ黒金貨は一枚で白金貨二万枚になりました。だとすると、白金貨二千万枚分、二百億ソルになると思うのですが、それをすべて料理と酒の文化の発展に使われるということでしょうか。というより、それだけの資金を使うことが可能なのでしょうか?」

 一ソルは物価から日本円に換算すると大体百円だ。二百億ソルということは二兆円に相当する。

 トーレス王国の人口は三百万人弱と聞いている。基本的には農業国であり、一人当たりの国内総生産GDPを中南米辺りの国と同じ程度と考えると二千ソルくらいだろう。
 それを基にトーレス王国のGDPを想定すると六十億ソルとなる。

 つまり、黒金貨だけでトーレス王国のGDPの三年以上に相当するのだ。
 もちろん、これだけ大量にあれば黒金貨の価値は下がるだろうが、この他に魔銀ミスリル貨や貴重な高レベルのマナクリスタルも多数あるため、少なく見積もっても百億ソル=一兆円はあるだろう。

 トーレス王国の国家予算がいくらかは分からないが、GDPの三分の一と仮定すると年間二十億ソルとなり、五年分の予算に相当することになる。

 それだけの金を料理と酒の文化の発展に注ぎ込むというのだ。本当に価値が分かっているのかと言いたくなってもおかしくはない。
 俺の問いにダルントンが答えてくれた。

「使い道はある程度考えておりますが、エドガー殿のお知恵をお借りしたいとも思っております」

「わ、私が考えるのですか!」

「すべてということではありませんが、アンブロシウス陛下はもちろん、我が主アヴァディーン陛下も貴殿に期待しております」

「よいではないか。手伝ってやれば」とウィズは他人事と思って気楽に言ってくる。

「国家事業規模の話なんだぞ! どれだけ大変だか分かっていないだろう!」

「無論、我に分かるわけがなかろう」とあっさり肯定される。

「先ほども申しましたが、我が国も全力で取り組む決意です。これは魔王国との友好関係を強化するための施策でもあるためです。もちろん、今回の件で多大なる功績を上げられたエドガー殿、ドレイク殿への感謝の気持ちもあります」

「私たちへの感謝ですか……分からないでもないですが……」

 俺やウィズが料理や酒に執着しているから、それに対して大々的に投資をすれば喜ぶと思っているようだ。
 実際、料理や酒の品質が上がるのは単純にうれしいが、それだけの投資に見合った成果が上がるのか不安になる。

「しかし、今回のことで多くの出費があったはずです。亡くなったシーカーや兵士に対する補償も必要でしょうし、避難を強いられた市民への対応にもお金は掛かるでしょう。それに魔王軍が全軍移動していると聞きました。他にもハイランドの軍も救援に向かったとも。それらの費用に回さなくとも大丈夫なのでしょうか」

 迷宮出口の戦いでどの程度の兵士が命を落としたのかは分からない。しかし、出口でも万単位の魔物が現れており、それを千人にも満たない数で対応したのだから多くの戦死者が出ているはずだ。

 魔王軍に関してだが、戦死者はいないだろうが、一万五千もの大軍を数百キロも移動させている。また、ハイランド連合王国にも竜騎士団の派遣を要請していたはずだ。常識的に考えても無償というわけにはいかない。

「戦死者は五十名ほどです。ですが、事前の想定では最もよい条件が重なっても守備隊が全滅し、近隣の住民の多くが被害を受け、五千人以上が死亡すると予想しておりました。冷酷な言い方ですが、最良の予測の百分の一以下で済んだのです。補償に関しては、全く問題はありません」

 ダルントンが冷静に説明すると、魔王がそれに続く。

「余も必要経費以上を請求するつもりはない。これは大陸全体の問題だという認識で参加したものゆえな」

 更にマーローが補足する。

「ハイランドに関しては先ほどの料理と酒の文化への投資先として考えております。どの程度投資するかは決まっていませんが、竜騎士団の派遣に対する費用を遥かに超える額になることは間違いありません。また、それに加えて出口で得たドロップ品だけでも数千万ソルにはなるはずです。転移魔法陣や魔導飛空船の運用費用を考慮しても充分におつりが来ます」

「つまり王国としては損をしていないから、アンブロシウス陛下の提案を受け入れると……王国は新たな投資が受けられ、アンブロシウス陛下は国家予算に匹敵する金を惜しげもなく渡すという気前の良さ、度量をアピールできるということですか……」

「そうなるな。余が望んだことではないが、この辺りが落としどころだということになったのだ」

 俺たちは目立たなくて済み、魔王は度量の広さをアピールすることで今までの悪い印象を緩和できる。トーレス王国は国家予算規模の事業を俺たちが得た資金で行え、魔王国自体は食事を含めた生活の改善が行えるということになる。
 損をするのは俺たちだが、別に金が欲しいわけでもないので、これが一番いい落としどころだろう。

「分かりました。皆さんの調整結果で問題ございません。あとはその事業をどうするかについて、話し合いが必要ですが、それは落ち着いてからでもよさそうですね」

「その通りです」とダルントンが頷くが、すぐに話を続けていく。

「そこで提案があるのですが、お疲れでなければ、本日の午後、魔導飛空船が到着しますので、それを使って王都に向っていただき、我が主君にお会いしていただきたいのです」

「トーレス王がここに来ればよかろう。我らはここで祝勝会をせねばならん」

 不満そうな顔のウィズが反対すると、

「王宮にて今回の勝利を祝う宴を行いたいとのことです。トーレス王宮の料理長が作る最高の料理と我が王国の銘酒をお楽しみいただきたいと。この宴はアンブロシウス陛下やウルスラ殿、ベリエス殿にもご出席いただく予定で、既に準備に取り掛かっておるはずです」

 最高の料理と酒と聞き、ウィズの表情が緩む。

「既に魔王たちと話が付いておるのであれば仕方がないの。ゴウよ、それでよいな」

 よいも何も行く気になっているだろうと言いたいところだが、頷くだけにする。

「忘れておった! 宴ならば肉を渡さねばならんではないか! ミノタウロスエンペラーとレッドコカトリス、それにブルーサンダーバードの肉を大至急王宮に送るのじゃ」

「それは必要ないだろう」

「どうしてじゃ! 肉は必要じゃろう!」とウィズは泣きそうな顔で反論してくる。

「宴の準備を始めているということは既にメニューは決まっているんだ。そこに新たな食材を渡して混乱させる必要はない」

「我は食べたいのじゃが……」

 それでもまだ言い募ってくる。

「こういう時は料理人に任せるのが一番だ。宮廷料理長ともなれば、最高に美味い料理を作ってくれるはずだ。ハイランドのアランさんは俺たちに合わせてその時一番美味いものを出してくれたじゃないか。恐らくブルートンの料理長も同じように俺たちのことを考えて作ってくれているんだ。それを邪魔しない方がいい」

「そ、そうじゃな……」

「肉尽くしというのも悪くはないが、昨日までは迷宮という制約がある中で肉を中心に食べていたんだ。制約がない状態で、超一流の料理人が最高の組み合わせを考えたものを食べる方が絶対にいいと思うぞ」

「うむ。そう言われると確かにそうじゃ。手で持って食うか、串に刺してあるものが多かったの。分かった。肉は後日に回す」

 ようやく納得してくれた。
 ふと魔王たちを見ると、呆れたような表情でこちらを見ていた。
 視線が合うと魔王が少し慌てた感じで、

「やはり仲が良いのだなと思っておったのだ。それに今のエドガー殿の話で今宵の宴が楽しみになった」

 魔王の言葉にダルントンが「料理長は大変ですな」といい、

「それほどまでに期待されると、私なら胃が痛くなりそうです」

 そう言って笑みを浮かべた。
 その話が終わったタイミングで応接室のドアをノックする音が聞こえてきた。

「朝食をお持ちしました」という声と共に職員のリア・フルードが和食店“ロス・アンド・ジン”の店主、マシュー・ロスと共に入ってきた。
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