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本編第四章:魔物暴走編

第七十話「魔王の仕事?」

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 四月三十日の午後十二時前。
 グリーフ迷宮の二百階で魔物の暴走を食い止め続けていた。
 深夜から朝にかけてはアンデッドと悪魔の群れだったが、再び魔物の種類が変わり、今では巨人系とブラックコカトリス、サンダーバードの組み合わせになっている。

 巨人は身長五メートルほどのジャイアントとその上位種であるサイクロプス、更に最上位種のギガントグラップラーの三種類だ。
 ジャイアントは皮の腰蓑を着け、丸太のような巨大な木の棍棒を手にした原始人を大きくしたような魔物だ。

 サイクロプスは一つ目の巨人で、ジャイアントと同じような装備だが、物理と魔術に耐性があり、単眼による麻痺攻撃まで使ってくる。

 ギガントグラップラーは巨人の格闘家で、ジャイアントやサイクロプスとは異なり、筋肉質の肉体だ。グラップラーという名に相応しく、素早い動きで防具を付けた長い足や腕を使う格闘術を駆使してくる。

 いずれも巨体に見合った耐久力と膂力が特徴だが、俺たちにとっては大きいだけの標的に過ぎない。
 最上位種のギガントグラップラーですら魔術で瞬殺できるため、数が多いゴーストより面倒が少ないくらいだ。

 巨人たちはただの標的・・に過ぎないが、ブラックコカトリスとサンダーバードは肉を落とす重要な獲物・・だ。

 ブラックコカトリスとサンダーバードは低層階でも出現するが数が少ない。また、一回に落とす量がミノタウロスの五分の一しかないため、まだ百キログラムほどしか手に入れていなかった。

「ブラックコカトリスじゃ! サンダーバードもおる! これほど一度に出てきてくれるとは……」

 昨日から何度も見ているウィズの嬉々とした表情に力が抜ける。
 今も肉が落ちた瞬間に階段室に下りていき、回収していた。これは後からくる巨人に踏み潰されないためだ。

 一度、サイクロプスにブラックコカトリスの肉を踏み潰されたことがあった。その時の怒りは凄まじく、まさに“豪炎のインフェルノ災厄竜ディザスター”という名に相応しいものだった。

「何をするのじゃ」と底冷えがするような低い声が響き、彼女の後ろからゴゴゴという地鳴りの幻聴が聞こえたほどだ。

 サイクロプスはその怒りに立ち止まってしまい、魔力結晶マナクリスタルすら残さず焼き尽くされている。
 その後は確実に肉を拾い、今では機嫌も直っている。

「アンデッドもデーモンも変異種が出たのじゃ。こ奴らの中にもきっとおるはずじゃ! 確実に回収せねばならん。巨人どもが踏み潰さぬよう、入口で確実に殺すのじゃ」

 機嫌は直ったものの、肉収集狂ミートマニアらしい言動は相変わらずだった。

 ウィズのいう方法はそれほど難しいことではない。高さ三メートルくらいの位置を狙えば、巨人は倒せるが、小型のブラックコカトリスたちはその足元を抜けてくる。階段から上がってきたところでブラックコカトリスたちを狙えば、肉は階段に落ちるので踏み潰されることはない。

 既に巨人たちと戦い始めて三時間ほど経っているが、未だに変異種は現れていない。

「そろそろだと思うのじゃが……」とウィズも同じことを考えていたようだ。

 オーガやミノタウロスの変異種が現れたのも、アンデッドやデーモンの変異種が現れたのも、最初に現れてから三時間ほど経った頃だ。

 単調な作業が続くが、肉を落とすブラックコカトリスたちがいるため、手が空くことはない。

「そろそろ昼飯の時間なんだが、この調子だと取りに行けないな」

「そうじゃな。もう一人おれば肉を回収しながら酒が飲めるのじゃがの」

「確かにそうだが、相当な実力がないと、ブラックコカトリスやサンダーバードの攻撃でやられてしまう。そんな実力者はこの町にはいないと思うぞ」

 俺たち以外のブラックランクシーカーはレベル四百を超えたところだ。ブラックコカトリスの石化攻撃やサンダーバードの電撃攻撃を受ければ、間違いなく戦闘不能に陥る。

「魔王がおればよいのじゃがな。あの者なら簡単にはやられはすまい」

 レベル七百を超える魔王アンブロシウスなら確かにレベル五百程度のブラックコカトリスやサンダーバードの攻撃を受けても簡単にやられることはないだろう。
 だが、仮にも一国の王に肉拾いをさせるというのもどうかと思う。

「そうだな。だが、いない人のことを言っても仕方ないだろう。五、六時間で次の魔物に変わるんだから、それまで我慢するしかないな」

「うむ」と渋々ながら納得した。

「それより地上にいるダルントン局長たちが心配しないかの方が気になる。まあ、無暗に偵察を送り込んでくることはないと思うが、不用意に転移してくると、流れ玉に当たってしまうからな」

 ブラックコカトリスとサンダーバードは階段室の途中で倒しているが、ごく稀に階段の上の方まで引き込んでしまうことがあった。俺たちには全く無害だから気にしていないが、石化や電撃のスキルを放たれ、運悪く転移してきた者に当たると大ごとだ。
 石化なら解除すればいいが、電撃の場合、即死ということもあり得る。一応、蘇生の魔術も使えるが、できれば使いたくない。

 それからしばらく魔物を狩っていたが、正午を過ぎた頃、転送魔法陣が光り始めた。
 誰が来るのかと思いながら、階段室に魔術を放ち続けていると、ハイランド連合王国の王都ナレスフォードで別れた魔王アンブロシウスと四天王の一人、“魔眼のベリエス”が立っていた。

「アンブロシウス殿にベリエス殿。どうされたのですか?」

 俺がそう聞くと、魔王が周囲を一瞥した後、

「エドガー殿らが戻らぬと聞き、様子を見に来たのだ。やはり杞憂であったな」

「見ての通り、ちょっと手が離せなくて……ご心配をおかけしました」

「いや、余は心配などしておらぬ。お二方がこの程度の魔物にやられるはずはないと思っておったのでな」

 その時、肉を拾いに行っていたウィズが戻ってきた。

「魔王にベリエスではないか! よいところに参った!」

 物凄く嬉しそうに二人を歓迎する。その笑顔に魔王たちの顔が引き攣っていた。

「よいところとはどのような意味でしょうか?」とベリエスが尋ねると、予想通りの答えを返す。

「昼食を摂ろうと思っておったのだが、肉を放っておくわけにもいかん。済まぬが、我らの代わりに肉を拾ってきてはくれまいか」

「肉拾いでございますか……」とベリエスが絶句する。

「そうじゃ。そなたらでは巨人どもを一撃で葬れぬ。肉を拾うくらいならできよう」

「その言い方は失礼だぞ」と注意し、

「すみません。あと二時間もすればブラックコカトリスとサンダーバードは来なくなるでしょうから、その後に食べますので気にしないでください」

 俺がそう言うと魔王は「いや、それには及ばぬ」といい、

「余が手伝おう。ベリエスよ。エドガー殿たちの昼食を取りに行くのだ」

「しかし……」とベリエスは反対の声を上げようとしたが、それを魔王が封じ、

「余がやると申しておる。ウルスラにも心配いらぬと伝えておけ」

 取り付く島がないと思ったのか、ベリエスは「御意」と言って転送魔法陣を起動した。

「では、どのようにやればよいのかな」と魔王はやる気になっている。

「うむ。我が手本を見せるゆえ、よく見ておくのだ」

 そう言うと、俺が倒したブラックコカトリスとサンダーバードの肉を拾いにいく。
 今までは石化や電撃のスキルを無視していたが、魔王に見せるためなのか、宙返りや側転などの体術を交えながら華麗に避けて肉を拾う。
 そして、拾い終えたところで転移魔術を使って戻ってきた。

「このようにすればよい。簡単であろう?」

 その問いに魔王は固まったまま言葉を失っていた。しかし、すぐに笑みを浮かべ、

「さすがはドレイク殿だ。感服した。だが、余に同じ動きはできぬ。余なりの方法でやらせてもらおう」

 そう言って俺に目配せしてきた。魔物に攻撃しろと言っているようだ。

「巨人には三メートルくらいの位置に魔術を撃ちますから、そちらは無視できます。サンダーバードたちは一気に倒しますので、その後に入ってください」

「了解した。では、よろしく頼む」

 魔王に怪我を負わせるわけにはいかないので、一抹の不安を感じつつ魔物を倒す。

「お願いします」と合図を出すと、魔王はその巨体に似合わぬ敏捷さで肉を拾いながら階段を駆け下りていった。

「なかなかやるではないか」とウィズは満足そうに頷いているが、俺は気が気ではなかった。

 その時、階段の下にサンダーバードが一羽現れた。ウィズが肉を獲りにいっているなら無視するのだが、電撃を放たれると不味いと思い、倒そうと考えた。しかし、魔王の背中が邪魔になり、魔術が放てない。

「ピィィィ!」という甲高い鳴き声と共にサンダーバードは電撃を放った。

 扇状に広がる雷が、魔王を襲う。一瞬のことで回避ができなかったのか、一条の雷が命中した。
 次の瞬間、魔王は片膝を突くが、すぐに立ち上がり、残りの肉を拾ってから転移で戻ってきた。

「大丈夫ですか」

「心配ない。一瞬硬直して膝を突いたに過ぎぬ……次からはあのような失態は見せぬ。今一度余に機会を与えてはくれまいか」

 悲壮感を漂わせて、そう言ってきた。

「情けないの。あの程度の攻撃で膝を突くとは」とウィズは容赦ない。

 しかし、すぐに「仕方がないの」と言ってから、俺に向かって、

「そなたの持つ鎧を出してやるのじゃ。あれを身に着ければサンダーバードやブラックコカトリス如きの攻撃なら容易に跳ね返せるであろう」

 俺が持つ最高の鎧は“始祖竜のアーマー・オブ・オリジンドラゴン”で、竜のブレスを含む魔術、スキル攻撃を完全に無効化できるし、巨人程度の攻撃ならビクともしない。更に不壊の加護が付いた“戦神ケルビノスの盾”を渡せば、石化や電撃を気にすることなく、拾いに行ける。

 始祖竜の鎧を収納魔術アイテムボックスから取り出す。
 黒曜石のように輝く竜鱗から作られた美しい全身鎧で、自動サイズ調整が付いているため、俺より三十センチ以上背が高い魔王でも着ることができる。
 更に戦神の盾を取り出し、魔王に鎧と共に渡した。

「こ、これは……」と固まった後、

「これは神話に出てくる竜の鎧ではありますまいか。それにこの盾からは凄まじいまでの神の力を感じる……これはあらゆる攻撃を防ぐという伝説の盾では……」

「そうみたいですね。でも、あらゆる攻撃というのは言い過ぎですよ。ウィズの攻撃なら充分に通りますので」

「災厄……始祖竜ならば別格ゆえ、言い過ぎとは言えぬと思うが……これを私に貸してくださると」

「ええ、思い入れがあるのでお譲りすることはできませんが、貸すことは問題ありません」

「かたじけない」

 魔王が鎧を着けている間に俺とウィズで魔物を狩っていく。ある程度肉が貯まったので取りに行こうかと思ったが、

「その役目、余に任せてほしい」と装着を終えた魔王が言ってきた。

 威風堂々としたアンブロシウスが着ると、世界を滅ぼす魔王の風格が漂う気がするほど似合っていた。

「私が着るよりよっぽど似合っていますよ。では、お願いします」

 そう言うと魔王は「承った」といい、階段を下りていった。
 今度は先ほどのように避けるのではなく、盾を使って攻撃を弾いていく。さすがに場慣れしている感じで危なげがない。

 転移を使わずに戻ってくる。その顔には達成感があった。

「よくやった! これでそなたに肉の回収を任せることができる」

 ウィズは満足そうに頷き、魔王の肩をバシバシと叩いていた。

■■■

 ベリエスは転送魔法陣により迷宮出口に戻った。

「陛下はどうされたのかしら?」とウルスラが焦った様子で尋ねる。

「エドガー殿たちと残っておられます。特に苦戦していることはありませんので心配は無用です」

「では、なぜ昼食を取りに来なかったのですか?」

「肉を拾わねばならぬので手が離せなかったと……」

「肉を拾う?」

「ええ、ブラックコカトリスとサンダーバードが肉を落とすので、それを拾うために二人必要だったそうです。陛下はその手伝いをされるとおっしゃり残られました」

「陛下が手伝い? まさか肉拾いをされるとでも? どういうことなの!」

 ウルスラは美しい眉を吊り上げベリエスを糾弾する。

「陛下のご意志です。ウルスラ殿には心配せず、ここでトーレス王国を支援するようにとのご命令を預かってまいりました」

「それはよいのですが……」とまだ納得した様子がない。

 そこでベリエスはウルスラの耳元に口を近づけ、小声で真実を告げる。

「エドガー殿に貸しを作るおつもりなのです。このような些事を陛下にさせることに対し、エドガー殿は心苦しく思っておられましたので」

「なるほど。ですが、納得できるものではありません」とウルスラは小声で言い返す。

それがしも納得しているわけではございませんが、陛下のご命令に逆らうわけにも……」

「分かりました。では、わらわはここで雑魚を倒しております。そなたは陛下の下に戻りなさい」

 ベリエスは小さく頭を下げると、

「エドガー殿たちの昼食はどこにあるのだろうか」

 そう言うと、一人の若い兵士が収納袋マジックバッグを手渡す。

探索者たちの台所シーカーズダイニングのランチです。説明は袋の中にあるそうです」

「うむ。では」と言って転送魔法陣を使い、二百階に戻っていった。
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