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第三章「聖都攻略編」
第四十五話「作戦会議」
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十一月二十七日の午後。
旧神聖ロセス王国であるロセス地方の北部にあるノースロセス城から緊急の連絡が入った。
カダム連合北部を偵察していた偵察隊が人族最大の国家、ギリー連合王国の軍隊が南に向かっていることを発見したのだ。
ラントは直ちに八神王と軍の主だった指揮官を集めた。
「既に聞いていると思うが、人族の軍隊がカダム連合北部に集結しつつある。主力と見ているギリー連合王国軍がバイアンリーの北六十マイル(約九十七キロメートル)の辺りまで移動している。ついては今後の方針を説明しておきたい」
三軍の長である神龍王アルビン、鬼神王ゴイン、巨神王タレットが神妙な面持ちでラントを見ている。
「まず、全体方針としてだが、既に説明している通り、我が帝国の領土に一歩たりとも入れるつもりはない。よって、カダム連合側で戦闘を行う……」
帝国領内に引き込むという戦略もあるが、会戦に勝利した後、敗走する敵が野盗化すると面倒であることと、引き込めば村や農地が荒らされる可能性があり、せっかく上がった民の忠誠度が下がることを懸念している。
「そしてもう一つの基本方針だが、今回の戦闘で圧倒的な勝利を得ることで、人族の心を折るということだ。動員数は三十万人近いという話だが、補給などを考えれば、これ以上の軍を一ヶ所に集めることは難しいだろう。つまり、彼らが用意できる最大の戦力に対して、我が軍が圧倒的な勝利を得れば、人族は諦めるしかなくなるということだ……」
ラントはこの戦いの後、人族の国々と講和するつもりでいた。無条件降伏もやむなしと思えるような状況を作り、その上で妥協案を示すことで交渉が可能な相手と認識させることを目的としている。
「敵はバイアンリーに集結する。町の東側にグーデレク川という比較的大きな川がある他には地形的な障害はない。これは大軍を擁するポートカダム盟約軍にとっても有利な条件だが、圧倒的な勝利を目指す我が軍にとっても願ってもない場所だ。ここまでで質問はあるか?」
内政を取り仕切る宰相、聖獣王ダランが発言を求めた。
「一点確認させていただきたい」
「何かな、聖獣王」とラントは鷹揚に聞く。
「圧倒的な勝利を目指すとおっしゃられたが、具体的なイメージをお持ちであろうか」
その問いにラントは「皆の認識を合わせるためにはいい質問だ」と微笑んだ後、全員を見ながら答えていく。
「ポートカダム盟約軍にはギリー連合王国のロングモーン騎兵とグラッサ王国の魔法兵団という精鋭がいる。この二つを徹底的に叩き、人族がいくら足掻いても勝てぬと思わせたい」
「つまり、バーギ王国と同じ状況にするということですかな」
「その通りだ、聖獣王」と大きく頷く。
そして他の参加者を見回しながら説明を行っていく。
「バーギ王国は自慢の飛竜騎士団を完膚なきまでに叩かれ、ポートカダム盟約に参加することなく、我が国と不可侵条約を結ぶ選択をした。諜報員によれば、エルギン共和国とカダム連合はトファース教の問題さえなければ盟約に参加しなかった可能性が高いらしい。つまり、トファース教の熱狂的な信者ですら諦めるほどの力を見せることが重要なのだ」
「陛下のお考え、よく分かりました」とダランが頭を下げる。
そこで護樹女王エスクが発言する。
「人族の勇者を取り込んだこともその戦略の一環なのですね」
「その通りだと言いたいが、こちらは結果論に過ぎない」とラントは苦笑いを浮かべる。
「ですが、勇者を守るよう密かに護衛を付けておられますが?」
ラントは勇者バーンが暗殺されないよう隠密が得意なシャドウアサシンを護衛として付けていた。
「元々は勇者バーンが能力的に低く、性格的にも扱いやすいから聖者クラガンを使って引き入れた。あの者が勇者であり、今の聖王マグダレーンが変わらない限り、新たな勇者は生まれないからだ。それが結果として、勇者という切り札を失った状態を作り出したが、狙っていたことじゃない」
絶対的な防御を誇る魔帝を倒すためには、神から力を授けられた勇者が必要というのは人族の常識だ。そのため、今回の戦いでもポートカダム盟約軍は魔帝であるラントを倒すことは目的とせず、帝国軍を壊滅させることに注力する予定であった。
魔帝の戦闘能力は高いが、手足となる魔族を倒すことは可能だ。帝国の戦力は神聖ロセス王国侵攻時でも一万程度であり、人族側は魔族の人数はそれほど多くないと考えている。
龍や巨人のような強力な個体も存在するが、数を減らせば補充ができず、ロセス地方という広範囲を維持することは難しくなる。また、帝国本土を守るという観点からも撤退する可能性が高く、結果として神聖ロセス王国を解放できると考えた。
これについてはグラッサ王国のジョナサン・モートラックが魔帝を倒すことを最優先とすべきと反対した。しかし、トファース教が主導する国内の反帝国感情を考えると、勇者を引き戻している時間がなく、モートラックも仕方なくこの戦略方針に従っている。
「では、作戦の説明を続ける。先ほども言ったが、目標はロングモーン騎兵と魔法兵団だ。この二つは完全に壊滅させるが、他の軍には極力手は出さない。彼らには生きて自国に戻り、我が軍の強さを宣伝してもらわなければならないからだ。よって、確実に敵を全滅させることができる兵糧攻めは行わない。勝つだけならこれが一番楽なんだがな」
ラントはそう言って笑う。
二十八万人の兵士と十万頭以上の馬を維持するためには、最低でも一日に二千トン以上の食料や飼料が必要となる。それだけの量を維持するためには、毎日千輌の荷馬車が食料などを運び込まなければならない。
豊かな商業国家であるカダム連合であっても数万輌の荷馬車を確保することは難しく、事前にバイアンリーの町に食料を運び込んでおき、千輌を超える荷馬車が毎日運び込むことで何とか対応しているという状況だ。
こんな状況で輜重隊に攻撃を加えれば、二十八万の兵はたちまち飢えることになる。また、近隣の都市や村を攻撃し、備蓄している食料を焼き払ってしまえば潰走するしかなく、飢えた状態で逃げる兵を天翔兵団で攻撃していけば、全滅させることは難しくない。
「これも神聖ロセス王国で使われた策と同じですわね」
アギーがそう言って称賛の眼差しを送る。
「そうだ。最初はこの方法でもいいと思ったんだが、アデルフィと話し合った結果、取りやめた」
アデルフィと話し合ったというところで、アギーの視線が鋭くなる。
ラントはそれに気づき、言い方を変えた。
「彼は人族がどう考えるか教えてくれたんだ。この方法では嫌々参戦しているカダム連合やエルギン共和国の国民感情が悪化すると。確かにその通りだと思い、戦後の外交政策に影響を及ぼすと判断し取りやめたんだ。それに我が軍の強さを示すいい機会でもある。強さを見せつけておけば、再び反抗することはないと思い直したんだ」
ラントはそれだけ言うと、話題を変える。
「今回はバーギ王国からの攻撃は考えなくてよい。よって、防衛軍の一部も外征軍に加わってもらう。具体的には天翔兵団にロック鳥とアークグリフォンをそれぞれ百名ずつ、駆逐兵団に魔獣族から地上部隊を二千名、轟雷兵団に巨人族三百名、死霊族二百名、そして妖魔族五百名を加える……」
その言葉を三軍の長が真剣な眼差しで聞いている。
「更に今回は支援部隊も増強し、エンシェントエルフと妖魔族をそれぞれ五百ずつ加える。これにより、天翔兵団は千二百、駆逐兵団は一万二千、轟雷兵団は二千、支援部隊二千の計一万七千二百名となる……」
アルビンとゴインはやる気に満ちた顔で頷いている。
「敵は二十八万です。もう少し増やすべきではありませんか? 現状を考えれば、防衛軍は一千名もいれば十分だと思われますが」
ダランが増員を提案した。
防衛軍は通常編成でも一万二千名を超えている。これは帝都だけでなく、各都市にも駐屯させているためだが、地上侵攻ルートは神聖ロセス王国を併合したことでなくなった。
また、警戒すべき航空戦力である飛竜騎士団も壊滅的な状況であることから、これほどの人員を抱えておく必要性は低い。
それに対し、ラントは余裕の笑みを浮かべたまま、説明する。
「現状でも私が見る限り過剰戦力なんだ。正直なところ、天翔兵団だけでも圧倒的な勝利は充分に得ることができる……」
「当然だ」とアルビンが胸を張る。
「敵も無策じゃないだろうから、それに対応できるだけの戦力を投入するんだが、数が多すぎると迅速な移動ができない。この数なら一度の空輸で移動が可能だし、空輸が不要な天翔兵団をこれ以上増強する必要性も感じていない」
十一月初旬に敵の大規模な侵攻作戦が行われると知ってから、ノースロセス城に地上部隊を中心とした五千の兵が駐留している。
ラントが示した編成であれば、ロック鳥による空輸が一度で可能となり、二日で移動が完了する。
「しかし、戦力の集中は戦略の基本と、陛下は常々おっしゃっておられます。不測の事態に備えるためにも更なる増派をお考え下さいませんか」
「聖獣王の言う通り、戦力の集中は戦略の最も重要な要件だ。しかし、敵が態勢を整える前に奇襲を行うということも勝利の大きな要因となる。仮に地上部隊を増強するとなると、ロック鳥部隊によるピストン輸送が必要となる。そうなると、移動完了までに六日必要となるんだ……」
地図を指さしながらラントは更に説明を続ける。
<i641775|7896>
「敵の位置からすると、バイアンリーに到着するのは十二月一日頃になる。ノースロセス城からバイアンリーまでの進軍もあるから、この四日のロスは大きいと言わざるを得ない」
ノースロセス城からバイアンリーまでは百三十キロメートルほど。ロック鳥による輸送が二往復になっても充分に一日で移動できるが、三往復となると厳しい。
そうなると地上を行くことになるが、進軍に三日ほど掛かる。それだけの時間を与えてしまえば、ポートカダム盟約軍の態勢が整い、奇襲効果が薄れることになりかねない。
「了解いたしました。確かに陛下のお考えの方が合理的だと思います」
そう言ってダランは引き下がった。
翌日、グラント帝国軍はノースロセス城に向けて移動することとなった。
作戦会議が終了した後、バーギ王国の勝利が伝えられる。
ラントは使者に対し、満足げな表情で勝利を祝福する。
「貴国の迅速なる動き、まことに見事。サルート殿にラントが勝利を祝福していたと伝えてほしい」
「御意」
使者はラントの表情に意外さを感じたものの、素直に祝福を受け取った。
ラントが満足したのはバーギ王国軍が完全に東に向かったと判明したからだ。彼自身はバーギ王国が裏切らないと思っていたが、念には念を入れるため、マレイ連邦の情報を流した。
諜報員からも東に向かったという情報が届いていたが、バーギ王国にはあまり多くの諜報員を派遣しておらず、その確証を得るに至らなかった。
(これで後顧の憂いなく西に向かえるな……)
ラントは満足げに頷くと、明日からの準備を始めた。
旧神聖ロセス王国であるロセス地方の北部にあるノースロセス城から緊急の連絡が入った。
カダム連合北部を偵察していた偵察隊が人族最大の国家、ギリー連合王国の軍隊が南に向かっていることを発見したのだ。
ラントは直ちに八神王と軍の主だった指揮官を集めた。
「既に聞いていると思うが、人族の軍隊がカダム連合北部に集結しつつある。主力と見ているギリー連合王国軍がバイアンリーの北六十マイル(約九十七キロメートル)の辺りまで移動している。ついては今後の方針を説明しておきたい」
三軍の長である神龍王アルビン、鬼神王ゴイン、巨神王タレットが神妙な面持ちでラントを見ている。
「まず、全体方針としてだが、既に説明している通り、我が帝国の領土に一歩たりとも入れるつもりはない。よって、カダム連合側で戦闘を行う……」
帝国領内に引き込むという戦略もあるが、会戦に勝利した後、敗走する敵が野盗化すると面倒であることと、引き込めば村や農地が荒らされる可能性があり、せっかく上がった民の忠誠度が下がることを懸念している。
「そしてもう一つの基本方針だが、今回の戦闘で圧倒的な勝利を得ることで、人族の心を折るということだ。動員数は三十万人近いという話だが、補給などを考えれば、これ以上の軍を一ヶ所に集めることは難しいだろう。つまり、彼らが用意できる最大の戦力に対して、我が軍が圧倒的な勝利を得れば、人族は諦めるしかなくなるということだ……」
ラントはこの戦いの後、人族の国々と講和するつもりでいた。無条件降伏もやむなしと思えるような状況を作り、その上で妥協案を示すことで交渉が可能な相手と認識させることを目的としている。
「敵はバイアンリーに集結する。町の東側にグーデレク川という比較的大きな川がある他には地形的な障害はない。これは大軍を擁するポートカダム盟約軍にとっても有利な条件だが、圧倒的な勝利を目指す我が軍にとっても願ってもない場所だ。ここまでで質問はあるか?」
内政を取り仕切る宰相、聖獣王ダランが発言を求めた。
「一点確認させていただきたい」
「何かな、聖獣王」とラントは鷹揚に聞く。
「圧倒的な勝利を目指すとおっしゃられたが、具体的なイメージをお持ちであろうか」
その問いにラントは「皆の認識を合わせるためにはいい質問だ」と微笑んだ後、全員を見ながら答えていく。
「ポートカダム盟約軍にはギリー連合王国のロングモーン騎兵とグラッサ王国の魔法兵団という精鋭がいる。この二つを徹底的に叩き、人族がいくら足掻いても勝てぬと思わせたい」
「つまり、バーギ王国と同じ状況にするということですかな」
「その通りだ、聖獣王」と大きく頷く。
そして他の参加者を見回しながら説明を行っていく。
「バーギ王国は自慢の飛竜騎士団を完膚なきまでに叩かれ、ポートカダム盟約に参加することなく、我が国と不可侵条約を結ぶ選択をした。諜報員によれば、エルギン共和国とカダム連合はトファース教の問題さえなければ盟約に参加しなかった可能性が高いらしい。つまり、トファース教の熱狂的な信者ですら諦めるほどの力を見せることが重要なのだ」
「陛下のお考え、よく分かりました」とダランが頭を下げる。
そこで護樹女王エスクが発言する。
「人族の勇者を取り込んだこともその戦略の一環なのですね」
「その通りだと言いたいが、こちらは結果論に過ぎない」とラントは苦笑いを浮かべる。
「ですが、勇者を守るよう密かに護衛を付けておられますが?」
ラントは勇者バーンが暗殺されないよう隠密が得意なシャドウアサシンを護衛として付けていた。
「元々は勇者バーンが能力的に低く、性格的にも扱いやすいから聖者クラガンを使って引き入れた。あの者が勇者であり、今の聖王マグダレーンが変わらない限り、新たな勇者は生まれないからだ。それが結果として、勇者という切り札を失った状態を作り出したが、狙っていたことじゃない」
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魔帝の戦闘能力は高いが、手足となる魔族を倒すことは可能だ。帝国の戦力は神聖ロセス王国侵攻時でも一万程度であり、人族側は魔族の人数はそれほど多くないと考えている。
龍や巨人のような強力な個体も存在するが、数を減らせば補充ができず、ロセス地方という広範囲を維持することは難しくなる。また、帝国本土を守るという観点からも撤退する可能性が高く、結果として神聖ロセス王国を解放できると考えた。
これについてはグラッサ王国のジョナサン・モートラックが魔帝を倒すことを最優先とすべきと反対した。しかし、トファース教が主導する国内の反帝国感情を考えると、勇者を引き戻している時間がなく、モートラックも仕方なくこの戦略方針に従っている。
「では、作戦の説明を続ける。先ほども言ったが、目標はロングモーン騎兵と魔法兵団だ。この二つは完全に壊滅させるが、他の軍には極力手は出さない。彼らには生きて自国に戻り、我が軍の強さを宣伝してもらわなければならないからだ。よって、確実に敵を全滅させることができる兵糧攻めは行わない。勝つだけならこれが一番楽なんだがな」
ラントはそう言って笑う。
二十八万人の兵士と十万頭以上の馬を維持するためには、最低でも一日に二千トン以上の食料や飼料が必要となる。それだけの量を維持するためには、毎日千輌の荷馬車が食料などを運び込まなければならない。
豊かな商業国家であるカダム連合であっても数万輌の荷馬車を確保することは難しく、事前にバイアンリーの町に食料を運び込んでおき、千輌を超える荷馬車が毎日運び込むことで何とか対応しているという状況だ。
こんな状況で輜重隊に攻撃を加えれば、二十八万の兵はたちまち飢えることになる。また、近隣の都市や村を攻撃し、備蓄している食料を焼き払ってしまえば潰走するしかなく、飢えた状態で逃げる兵を天翔兵団で攻撃していけば、全滅させることは難しくない。
「これも神聖ロセス王国で使われた策と同じですわね」
アギーがそう言って称賛の眼差しを送る。
「そうだ。最初はこの方法でもいいと思ったんだが、アデルフィと話し合った結果、取りやめた」
アデルフィと話し合ったというところで、アギーの視線が鋭くなる。
ラントはそれに気づき、言い方を変えた。
「彼は人族がどう考えるか教えてくれたんだ。この方法では嫌々参戦しているカダム連合やエルギン共和国の国民感情が悪化すると。確かにその通りだと思い、戦後の外交政策に影響を及ぼすと判断し取りやめたんだ。それに我が軍の強さを示すいい機会でもある。強さを見せつけておけば、再び反抗することはないと思い直したんだ」
ラントはそれだけ言うと、話題を変える。
「今回はバーギ王国からの攻撃は考えなくてよい。よって、防衛軍の一部も外征軍に加わってもらう。具体的には天翔兵団にロック鳥とアークグリフォンをそれぞれ百名ずつ、駆逐兵団に魔獣族から地上部隊を二千名、轟雷兵団に巨人族三百名、死霊族二百名、そして妖魔族五百名を加える……」
その言葉を三軍の長が真剣な眼差しで聞いている。
「更に今回は支援部隊も増強し、エンシェントエルフと妖魔族をそれぞれ五百ずつ加える。これにより、天翔兵団は千二百、駆逐兵団は一万二千、轟雷兵団は二千、支援部隊二千の計一万七千二百名となる……」
アルビンとゴインはやる気に満ちた顔で頷いている。
「敵は二十八万です。もう少し増やすべきではありませんか? 現状を考えれば、防衛軍は一千名もいれば十分だと思われますが」
ダランが増員を提案した。
防衛軍は通常編成でも一万二千名を超えている。これは帝都だけでなく、各都市にも駐屯させているためだが、地上侵攻ルートは神聖ロセス王国を併合したことでなくなった。
また、警戒すべき航空戦力である飛竜騎士団も壊滅的な状況であることから、これほどの人員を抱えておく必要性は低い。
それに対し、ラントは余裕の笑みを浮かべたまま、説明する。
「現状でも私が見る限り過剰戦力なんだ。正直なところ、天翔兵団だけでも圧倒的な勝利は充分に得ることができる……」
「当然だ」とアルビンが胸を張る。
「敵も無策じゃないだろうから、それに対応できるだけの戦力を投入するんだが、数が多すぎると迅速な移動ができない。この数なら一度の空輸で移動が可能だし、空輸が不要な天翔兵団をこれ以上増強する必要性も感じていない」
十一月初旬に敵の大規模な侵攻作戦が行われると知ってから、ノースロセス城に地上部隊を中心とした五千の兵が駐留している。
ラントが示した編成であれば、ロック鳥による空輸が一度で可能となり、二日で移動が完了する。
「しかし、戦力の集中は戦略の基本と、陛下は常々おっしゃっておられます。不測の事態に備えるためにも更なる増派をお考え下さいませんか」
「聖獣王の言う通り、戦力の集中は戦略の最も重要な要件だ。しかし、敵が態勢を整える前に奇襲を行うということも勝利の大きな要因となる。仮に地上部隊を増強するとなると、ロック鳥部隊によるピストン輸送が必要となる。そうなると、移動完了までに六日必要となるんだ……」
地図を指さしながらラントは更に説明を続ける。
<i641775|7896>
「敵の位置からすると、バイアンリーに到着するのは十二月一日頃になる。ノースロセス城からバイアンリーまでの進軍もあるから、この四日のロスは大きいと言わざるを得ない」
ノースロセス城からバイアンリーまでは百三十キロメートルほど。ロック鳥による輸送が二往復になっても充分に一日で移動できるが、三往復となると厳しい。
そうなると地上を行くことになるが、進軍に三日ほど掛かる。それだけの時間を与えてしまえば、ポートカダム盟約軍の態勢が整い、奇襲効果が薄れることになりかねない。
「了解いたしました。確かに陛下のお考えの方が合理的だと思います」
そう言ってダランは引き下がった。
翌日、グラント帝国軍はノースロセス城に向けて移動することとなった。
作戦会議が終了した後、バーギ王国の勝利が伝えられる。
ラントは使者に対し、満足げな表情で勝利を祝福する。
「貴国の迅速なる動き、まことに見事。サルート殿にラントが勝利を祝福していたと伝えてほしい」
「御意」
使者はラントの表情に意外さを感じたものの、素直に祝福を受け取った。
ラントが満足したのはバーギ王国軍が完全に東に向かったと判明したからだ。彼自身はバーギ王国が裏切らないと思っていたが、念には念を入れるため、マレイ連邦の情報を流した。
諜報員からも東に向かったという情報が届いていたが、バーギ王国にはあまり多くの諜報員を派遣しておらず、その確証を得るに至らなかった。
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