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第六話「戦闘のあとは優雅にワインを」

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 ドランカード号は辺境フロンティアマフィアの手を逃れ、超空間に逃げ込むことに成功した。超空間では戦闘はおろか、外部の状況すら確認できないため、何も起こりようがない。俺は戦闘配置を解除した。

「船の損傷はどうだ?」と機関士席に座る技術者エンジニア、ヘネシーに確認する。

「最初の擦過弾で常用系に異常電圧サージが入ったけど、今は全部復旧済みだよ。アンドロイドたちに念のため機器の点検はさせているけど、多分問題ないと思うね」

 ぼさぼさの髪と独特の軽い口調の話し方だが、ヘネシーは超一流のエンジニアだ。彼が問題ないというのなら何も心配はない。

「了解。二人とも好きにしてくれ。ドリー、あとは頼んだぞ」

「お疲れ」と言って、二人は出ていった。多分、ラウンジで一杯引っ掛けるんだろう。

了解しました、船長アイ・アイ・サー。お疲れまでした、ジャック』

 人工知能AIのドリーがメゾソプラノの心地良い声で労ってくれる。彼女もプライベートな会話では名前を呼んでくれる。

『ですが、先ほどの約束は忘れないでくださいね』

「何のことだ?」

『超空間に入ったら一時間おしゃべりに付き合ってくださるという約束ですよ』

 センテナリオの重力圏から逃げ出す時にそんな約束をした気がするが、あまり覚えていない。

「分かったよ。ただし、後でだ。今からお客さんのところに行ってくるからな」

『私はいつでも構いませんよ。それでは楽しみにしています』

 俺はそのまま客室キャビンに向かった。

 操縦室に誰もいなくなるが、気にしない。
 帝国軍の軍艦なら超空間に入っている間も士官が必ず戦闘指揮所CICに残ることが義務付けられているが、それは下士官以下の反乱を恐れてのことだ。当然、この船では不要な措置だ。

 キャビンの前に着くとインターホンを鳴らす。
 すぐにブレンダ・ブキャナンが出た。

「どなたですか」

「ジャックだ。船内放送で分かっていると思うが、超空間に入ったことを伝えにきた。他にも状況が変わったというか、少し分かったから、そのことも話しておきたい」

 スライド式のドアが開き、緊張した面持ちのブレンダが出迎える。
 部屋には娘のローズが猫型の愛玩動物型ロボットキャニットを抱き、ベッドに座っていた。
 俺が軽く手を上げると、プイという感じで横を向く。どうやら嫌われてしまったようだ。

 娘に目で叱ってから、ブレンダが椅子に座る。俺が彼女の正面に座ると、向こうから切り出してきた。

「また戦闘があったみたいですね」

 ほとんど動揺はなかったはずだが、先ほどの戦闘があったことを気づいている。

「ああ、敵の小型船がちょっかいを出してきた。もちろん、何も支障はない」

 俺の顔をじっと見つめる。五秒ほど凝視した後、フッという感じで表情を緩めた。

「分かりました。あなたがそういうのなら問題ないのでしょう。それでお話はどんなことかしら?」

 娘と自分の命が掛かっているためか、必要以上に警戒していたらしい。

「話なんだが、まず追いかけてくる奴らが思った以上に厄介だということだ。少なくとも船を四隻持っているし、こちらの動きを予測している。行動が嫌らしいほど的確だ」

「それでどうされるのですか?」

「ああ、そのことなんだが……」

 俺はどう伝えようか僅かに言葉に詰まる。

「シェリーに聞いたと思うが、今はマルティニークに向かっている。その先のことなんだが、奴らが追いかけてくることは確実だ。それと待ち伏せしている可能性も否定できない……」

 彼女の顔が僅かに青ざめる。

「……マルティニークには帝国辺境艦隊の哨戒艦隊パトロールフリートが常駐している。それに星系政府の警備隊ガーズもいるから、奴らもここのように無法なことはそうそうできないはずだ」

「その先はどうされますの? 一気にバルバドスまで行くのですか?」

「残念ながらドランカード号の超光速航行機関FTLDでは飛べない。トリニダードかゴルダ、ヴァンダイクを経由するしかない」

 マルティニークからバルバドスまでの距離はドランカード号のジャンプの限界である八パーセク(二十六光年)を超えている。どうしてもその間を経由しなければならない。

 更にドランカード号の燃料タンクは標準より小さく、三回のジャンプを行うとほぼ空になる。
 それまでの通常空間での加速時間にもよるため一概には言えないが、マルティニークの次の星系に敵がいた場合、通常空間でエネルギーを使いすぎてジャンプできなくなる可能性があった。それを回避するにはマルティニークで補給を行う必要がある。
 そのことを伝えると、ブレンダの顔に憂いが浮かぶ。

「マルティニークで敵に追いつかれるということですか? 軍に排除を要請することはできないのですか?」

 当然の疑問だろう。
 しかし、マルティニークにいる哨戒艦隊は出払っている可能性が高く、残っているのは旧式の超空間航行能力のない巡視艦パトロールベッセルが五隻ほどいるだけだ。
 あとは巡視艇パトロールボートが三十ほどいる程度だろう。

 巡視艦だが、巡視艇を五隻ほど搭載した五百メートル級の大型艦だ。こいつは言わば小型艇母艦で、戦闘力は三百メートル級の駆逐艦と大差ない。

 巡視艇は五十メートル級の高速ミサイル艇を改造したものだが、臨検のための乗員を増やしているため、攻撃力は通常のスループ艦どころか、ドランカード号にすら劣る。
 つまり、哨戒艦隊が出払っている場合、リコ・ファミリーが持つ武装商船に何とか太刀打ちできるという程度の戦力しかないのだ。

「情報は提供する。明らかな海賊行為の証拠を受け取れば軍も動かざるを得ないからな」

 俺の言い方に引っ掛かるものを感じたのか、納得した様子は見られない。

「いずれにせよ、マルティニークに行ってから判断することになる。もちろん、どこかでエネルギーを補給しなければならないが、最悪の場合はそのままジャンプポイントJPに向かうこともありうる」

 数瞬の間が空いた後、「分かりました。あなたにすべて任せます」と言ってニコリと笑った。
 どうやら吹っ切れたようだ。

「任せてもらおう」とこちらもニヤリと笑っておく。

「話は変わるが、食事はラウンジで摂ることもできるが、俺たちと顔を合わせたくないなら、この部屋でもいい」

「ラウンジに行きます。これから五日間も顔を合わさずにいるというのもおかしな気がしますしね」

 俺はローズに顔を向け、

「お前もそれでいいのか? 嫌ならはっきり言ってくれた方がいい」

 彼女の顔に困惑の表情が浮かぶが、すぐに「別にどっちでも」と素っ気無い答えが返ってきた。
 思春期の少女の考えることは独身のおっさんには全く理解できない。

「分かった」と答えるが、どうしても苦笑が浮かぶ。

 キャビンを出てラウンジの前を通ると、既にジョニーたちが酒盛りを始めていた。
 ジョニーはウイスキーをストレートで飲み、ヘネシーはアンドロイドに作らせたジントニックを個人用情報端末PDAをいじりながらちびちびと飲んでいる。

 二人はいつも通りなのだが、シェリーだけは少し違った。
 彼女はワイン好きで今日もワインなのだが、大振りのグラスに入ったものを優雅に飲んでいた。そのボトルのラベルを見ると帝都の有名な高級ワインだった。

「いつも通り自分の酒は自分の稼ぎからだぞ。分かっているよな、シェリー?」

「ええ、分かっているわよ。でも、百万クレジットの仕事なんでしょ。大事に取って置いたワインだけど、次はもっといいのが買えるはずだもの。そうよね?」

 あまりに状況を分かっていない。俺はこめかみを押さえそうになった。

「分け前がいくらになると考えているんだ?」

「えっ? 経費を引いた後の一割でしょ」

 彼女の言っていることは正しい。俺たちの中の取り分は俺、ジョニー、ヘネシーが三割ずつでシェリーが一割と決めてあるからだ。

「百万もあるんだから、経費の分を引いても、私の分は五万や六万にはなるはずよね。そうでしょ?」

 やはり全然分かっていなかったと頭が痛くなる。結局、こめかみを押さえてしまった。

「前回の赤字がいくらか覚えているか?」

「えっ? 前回って古代遺跡を探すっていうあれのこととよね。十万くらいじゃないの?」

 何を言っているのという顔で答えるが、俺の方が何を言っているんだと怒鳴りたくなる。

「うちみたいな零細企業が船を持っているんだぞ。前回は三ヶ月間ただ働きだった。一ヶ月でいくら掛かるか分かっているな?」

 その瞬間、彼女の顔がすぅーと青ざめていく。

「一ヶ月間、宇宙そらにいれば二十万クレジットは消えていくんだ。つまり、六十万が前回分の赤字だ」

「で、でも、四十万もあるわよ。今回は半月くらいですむから、三十万は儲けよね。だとしたら、私の取り分は三万はあるはず……」

「順調にいけばな。だが、さっきの状況を思い出してみろ。すんなり半月で終わると思うか? それに今回は結構無茶をしている。バルバドスに着いたら船の大規模点検オーバーホールを行うことになるはずだ。そうなれば……」

「それ以上言わないで! 分かったから……」

 目に見えてがっくりとしている。

 ジョニーたちは俺たちのやり取りを見てクスクスと笑っている。

「何か言いたいのか?」と睨むと、「何でもねぇよ」とジョニーがグラスを呷り、ヘネシーがつまみのチーズを口に運ぶ。

 二人は俺がシェリーを脅していると分かっているのだ。
 確かに彼女に言ったことに嘘はないが、最悪の場合のことだ。それに前回の赤字も実際にはそこまで酷くない。
 このことは船の運用に真面目に関わっていれば誰でも分かることだ。実際、陸兵である宙兵隊の下士官だったジョニーですら理解している。

 チビチビとワインを舐め始めたシェリーの肩に手を置き、「開けちまったものは仕方ねぇんだ。味わって飲めよ」と言ってその場を離れた。

 俺もみんなと一緒に一杯やるため、一度船長室キャプテンズキャビンに戻る。
 一旦はブランデーに手を伸ばしたものの、今日の夕食はビーフシチューだったと思い出し、赤ワインをセラーから取り出す。


 ラウンジに戻ると、ブレンダとローズがテーブルで食事をしていた。
 この船ではアンドロイドが給仕をしてくれるので、乗組員は何もしなくてもいい。

「うちのビーフシチューはなかなかだと思うがどうかな?」

 そう言いながらローズの隣に座る。

「そうね。期待していなかったけど不味くはないわ」とすまし顔で答えるが、その手が止まることはなかった。

「ワインを持ってきたが、一杯やらないか」と言ってシェリーたちに声を掛けるが、ジョニーはウイスキーで充分というようにグラスを上げ、ヘネシーは「後でゆっくり食べるよ」とPDAの画面から視線を外そうとしない。

 やれやれと思いながらシェリーを見るが、まだ先ほどの衝撃が抜けていないのか、俺の言葉に反応しない。
 肩を竦めながらブレンダに向かい、

「一杯どうだい。安いワインだがなかなかいい出来のものだ」

「いただこうかしら」と言って笑みを返してきた。

「俺の分の食事とグラスを二つ、それからこいつを開けてくれ」とアンドロイドのラムに頼む。

了解しました、船長アイ・アイ・サー

 ピシッとした敬礼をした後、ボトルを受け取り、パントリーに入っていった。
 五分ほどで料理とワインが載ったワゴンを押したラムが戻ってきた。

 ワインをグラスに注ぎ、彼女に渡す。自分のグラスを満たした後、

「では、乾杯」と言ってグラスを掲げる。

 ブレンダはグラスを傾けるが、白く美しい喉が艶かしい。無理やり目を逸らし料理に集中する。

「本当に美味しいですわ。私も小さな船ですから軍の戦闘糧食レーションが出るのではないかと思っていましたのよ」

 そう言って小さく笑う。
 だいぶ落ち着いたなと心の中で思うが、それは口に出さない。

「うちの食事は豪華客船ラグジュアリーライナーに引けはとらない。何といっても人生にはうまい酒と料理が欠かせないからな」

 実際、この船の食事は質が高い。
 食材は最高級とは言わないまでも、充分によい物を買っている。作り手であるアンドロイドだが、高性能だということで調理専用ロボット並のソフトウエアを搭載し、実現するための腕や指先の改造と専用プロトコルまで開発している。もちろん、やったのはヘネシーだ。

「毎日の食事が楽しみですわ。でも、この船内だと運動不足で太ってしまいそう」

「シェリーが無駄に持ち込んだトレーニングマシンがあるから、それを使ったらいい。いいだろ、シェリー」

 シェリーはまだ落ち込んでいるのか、反応がなかったが、何度か確認するうちに「いいわ」とボソリと言って認めた。

「後ろのカーゴスペースにあるんだが、間違ってもジョニーが使う本格的な方はやめておけよ。あれはサイボーグ専用のマシンだから」

 そんな話をしながら食事を楽しんだ。
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