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キャラバンは愛を運ぶ-1
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「北に玄武。東に青龍。西に白虎。南に朱雀……」
小さい頃、僕はおばば様の膝の上でよく四神の話を聞いていた。
「浩然(ハオラン)。宿命の皇子よ。忘れるでないぞ。お前の父も母もお前の事を愛していたことを」
物心ついた時から僕には両親はいなかった。だが、愛に飢えるという事はなかった。西へ東へ移動するキャラバンの皆は我が子も他人の子も皆等しく育ててくれた。
「愛を知る心を持たなければいけないよ。慈悲を忘れてはいけないよ」
「うん。わかってるよ」
おばば様はリーダーの敏(ミン)の母親で、僕と直接血の繋がりがないと知ったのはつい最近だ。キャラバンの中では年配者が年下の面倒を見るのが当たり前だったから。
各地を護る神々に常に感謝を忘れず、祈りを捧げながら、僕らは砂漠や海を越え、交易品を届ける生活をしている。
「浩然(ハオラン)、今年でお前も十八歳。今以上に心穏やかに過ごさねばならぬぞ」
おばば様が幌の奥から僕に声をかけてきた。
「わかってるよ。でも僕早く敏(ミン)みたいにカヤードを操れるようになりたいんだ」
カヤードは大型の岩竜で主に陸路に適した種族だ。崖すら簡単に登れるカヤードをキャラバン達が好んで飼い慣らしたため、交易に歩いた道のことをカヤードロードとさえ呼ばれている。他にも水竜、火竜がキャラバンにはいる。彼らは出番がないときはその身体を縮小しゲージの中で寝ている。竜たちは売り物ではない。僕らの家族だった。
「はっはっは! 大きく出たな。よし! 次の土地に着いたら訓練させてやる」
リーダーの敏(ミン)が豪快に笑いながら言い放つ。
「本当? やったー!」
「敏(ミン)、危ないことはさせてはならぬぞ」
「多少はいいじゃねえか。フェイもつけてやりゃあいい。そうだろ?」
敏(ミン)は視線を横に流すと黒装束を身にまとった筋肉質な青年に声をかけた。
「……わかった」
青年は皆にフェイと呼ばれている。数年前から共に暮らしている。キャラバンの用心棒のような存在だ。無表情で不愛想だが腕っぷしが良いため皆から一目置かれている。
浩然(ハオラン)は何故かフェイの表情が読めた。フェイの青い瞳は剣を交えたものからは氷のような目と恐れられているが、浩然(ハオラン)には澄み渡る空のように見える。その目を見るだけで彼が怒っているのか喜んでいるのかがわかるのだ。
「ちょっと怒ってるよね? ごめんねフェイ。でも僕頑張ってみたいんだ」
「……」
彼は黙ったままだがそれが肯定を意味するものだと浩然(ハオラン)はわかっていた。
「ハオ~! ご飯食べよう。今日は肉入り饅頭だよ~」
キャラバンには僕よりも年下の子達がいる。それぞれ日替わりで食事や掃除、子守を担当していた。今日の担当は雲嵐(ウンラン)だった。浩然(ハオラン)の次に年長だ。名前のとおりやんちゃだが、兄貴肌なところもあり幼い子達の面倒をよく見ていた。僕も最近までは日替わりだったが、十六歳をすぎたあたりから担当が変わった。僕には浄化と治癒のチカラがあった為、衛生や薬草全般の管理を任されることになったのだ。
「うん。美味い。味付けもしたのか?」
「へへ。味付けはコックのスーさんだけど蒸したのは僕たちなんだ~」
「ホクホクとして上出来だよ。でもやけどに気を付けるんだよ」
「うん。ところでハオはフェイといて怖くないの?」
「え? フェイが怖いだって? どうして?」
「だって、いつも睨んでるじゃないか」
「あはは。そんな風に見えるのか。フェイは睨んでるんじゃなくて皆を守ってるのさ。用心棒が普段からニコニコしてたら敵が襲ってきても舐められちゃうだろ?」
「そっかぁ。でも、やっぱり怖いよ」
「フェイはね。悪いことをしたら叱ってくれるし、良いことをすればちゃんと褒めてくれるよ。賢くて芯が強い人なんだよ」
「そうなの? ……わわわ。ごちそうさま! お片付けしてくる」
雲嵐(ウンラン)が急に席を立ったのを見て不思議にしてるとフェイが隣に座った。どうやら僕らのやり取りを聞いていたようだ。
「フェイも食べるよね? どうぞ」
僕は皿に肉饅頭を三個ほど乗せてやった。
「……。」
「どうしたの?」
俯き加減に固まってるフェイを覗き込むと視線が揺らいでいた。
ええ? まさか照れてるの?
「ふふふ。フェイって可愛いとこあるよね」
今度はばっちりと視線があった。フェイの目じりがほんのりと赤い。
「……ハオのほうが可愛い」
耳をくすぐるような低音に思わずうっとりする。
「かなり南まで来たよね。今度の土地は暑いところらしいね」
僕はとりとめのない話を続ける。少しでもフェイと一緒に居たいからだ。
「……ん」
「南って言えば朱雀が護る地かな? 」
「……ん」
「結構、信心深い人が多いって聞くよ」
「……朱雀は不死鳥だ。不老不死を願う狂信者もいる。気をつけろ」
フェイは表情は変えないが、大事なことはきちんと長く喋ってくれる。
「そんな、僕らはただのキャラバンじゃないか。気を付けることもないだろ?」
「......いや。お前は可愛くって狙われやすいから」
「ひぇ……あ、ありがと」
そしてたまに心臓に悪いことを言ってくる。顔が熱くなるのが分かる、きっと今僕の顔は赤くなっているのだろう。だけど興奮して呼吸が荒くなると発作が起こる。だからおばば様達は僕にいつも心穏やかに過ごせと言うんだ。
「……ハオ」
こういうときフェイはいつも僕の手を取る。手の甲を擦ってもらうと不思議と落ち着いてくるんだ。
「もう……大丈夫。身体が弱くて心配ばかりかけてごめんね」
「……」
フェイは口を開いたが何も言わずにまた閉じてしまった。いいよ、何も言わなくても心配してくれてるのはわかっているよ。フェイが本当はとても優しい事に僕はちゃんと気づいているよ。
◇◆◇
キャラバンが目的地に着いたのは陽が傾いた頃だった。朱雀が護る土地の中でも大都市ナンクォは華やかな街だった。街には縁起物の文字が書かれた赤い提灯がたくさん飾られている。建物も洒落ていて透かし彫りの柱やはめ込み式の格子窓の形もさまざまだ。店もたくさんあり、小籠包や麺や串肉を焼いた香ばしい匂いが漂っている。
僕らは大通りの外れにキャンプを建てることを許された。
「これだけ大きいと外からくる者に対しての警戒もかなり厳しいんだね」
「そうじゃな。それだけ厄介な事も多いということじゃがな」
おばば様はあまり長くは居たくなさそうだった。こんなに綺麗な街なのになぁ。
テントを張り終えると美しい街並みを一目みようと子供達が騒いだ。
「しばらくこんな大きな街に来てなかったから、皆んなで見に行こうよ! 明日からは荷解きするから観光なんて出来ないでしょ?」
「そりゃあそうだが。ウロウロしてるとすぐに陽が暮れちまうぞ」
「じゃあ、僕がついて行きますよ。今夜の食材も購入したいし」
「仕方ねえな。フェイ、ついて行ってやってくれるか?」
「……わかった」
「いいかい。そのかわり、勝手に走り出したりしないこと。ちゃんと言う事を聞けたらご褒美におやつを買ってあげるからね」
「わあい。ぼくら言う事聞く!」
キャンプ地から大通りまではそんなにも離れてはいなかった。
街は美しかった。子供たちはあちこちを見て回りフェイは捕まえるのが大変そうだ。日よけの大きな葉っぱで作られた屋台に、珍しい食材や卵の蒸しパン。草団子。芋の飴炊きや香辛料の品々が並んでいたがどこの店も暗くなる前に店を閉めようと片付けに入っていた。
「ヤバい。店が閉まる前に買い出ししなくちゃ。コックのスーさんに叱れちゃう」
慌てて買い出しに夢中になり、気が付くとフェイと子供たちがいない。
「あ……あれ? おーい! フェイ?」
しまった。僕が迷子になっちゃった。情けないなぁ。辺りは陽も陰り薄暗くなっていた。
「よぉ。あんた一人かい?」
「可愛い顔してるじゃねえか。遊んでやろうか?」
路地裏からニヤついた男たちが現れた。しまった!物取りかもしれない。僕は食材の入った袋を抱え込んだ。大事な食料を盗まれるわけにはいかない。
「色が白いな。お前、この辺の者じゃねえな」
この街の者は皆、陽に焼けた肌をしていた。僕のような青白い貧弱な肌をしているものはいないのだろう。男たちはじりじりと間合いを詰めて逃げ場をなくしてくる。
「そこをどいてくれ」
「おやおや、怒った顔がまたそそるねえ」
男が僕の手を掴んだ。
「なんだあ? 手の甲にあざが浮き上がってきたぜ」
僕は興奮すると身体のあちこちに痣が出て来てしまうんだ。痣が出ると発作が起きて熱が上がって動けなくなる。逃げようと身をよじった隙に食材の袋まで取られてしまう。
「返せよ!」
「はっは~威勢が良いな。坊やが俺らの相手をしてくれたら返してやってもいいぜぇ」
くそ。僕は運動も苦手だし筋肉量が少ない。幼く見られがちなのが腹が立つ。
「うるさいっ。離せっ。 離せったら!」
僕が暴れるともう一人の男が後ろから羽交い絞めにしてきた。
「おうおう、生きが良いなあ。俺が抑えるから前からヤレよ」
どさくさに紛れて腰や股間をわし掴みにされる。撫でまわされて気持ちが悪い。
「イヤだっ! たすけて! フェイッ!」
ビュンッと風が吹くと黒い影が舞った。男たちが次々と薙ぎ払われていく。気づくと僕はフェイの腕の中だった。
「ハオっ! 無事か?」
「フェイ? 怖かった。フェイごめんっ」
来てくれた。僕を探して助けに来てくれたんだ。嬉しくて思わず泣きそうになるのを必死にこらえながらフェイの目を見つめる。
「……っ!」
ぐっと抱き寄せられそのまま口づけされた。貪るような荒々しさに息もできない。震える手でフェイの胸を叩くとハッとしたように僕から離れる。その瞬間、背後の男が襲いかかってくるのが見えた。
「フェイっ!」
僕の声に振り返ったフェイが男に向けて回し蹴りをした。カッコイイ!
「フェイ! 浩然(ハオラン)! 無事か?」
この声は敏(ミン)だ。僕らの帰りが遅いことを心配してきてくれたようだ。
「ちっ! 連れがいたのかよっ」
男たちは逃げるようにその場を離れて行った。
「あいつら……」
「フェイ! 追うんじゃない。騒ぎが大きくなる」
「……っ。わかった」
「ごめん、僕が悪いんだ、買い物に夢中になってしまって。雲嵐(ウンラン)達は無事?」
「ああ。菓子屋の前で固まってたぜ」
キャンプに戻ってから僕はおばば様たちに、こっぴどく叱られた。僕が迂闊すぎたのと、来たばかりの土地で騒ぎを起こすと明日からの仕事に影響が出るからだ。下手すると二度とこの街に来られなくなってしまうという。
「浩然(ハオラン)よ。明日以降単独行動は禁止じゃ。必ずフェイか敏(ミン)の傍にいるのじゃ。決して二人から離れるではないぞ」
「はい……ごめんなさい」
仕方ないよな。着いたそうそうに迷子になって、大事な食料を取られそうになるなんて。雲嵐(ウンラン)達にエラそうに言えないや。
落ち込んでいるとテント前に小さい影がひょこひょこっと見える。あれはきっと僕を心配してるのだろう。
「隠れてないでおいで」
「ハオ! 大丈夫?」
僕の声に弾けるように雲嵐(ウンラン)と子供達がどっと押し寄せてきた。
「僕たちお菓子屋の前で待ってたんだ!」
「うん。僕甘いつぶつぶいっぱいの揚げパン!」
「ぼ、ぼくは丸いキャンディー」
「こらっこらっ。菓子の話じゃないだろ! 今はハオが無事か確認にきたんだろ!」
「あ~、そうだった。へへへ」
「みんな、心配かけてごめんね。お菓子はまた買いに行こうね」
「いや、敏(ミン)が買ってくれたからハオはもう外に出ないほうが良いよ」
「そ、そうだね……。雲嵐(ウンラン)にも言われるなんて、僕って情けないよな」
「違うよ。ハオは綺麗だし笑うと可愛いから危ないって気づいたんだ」
「へ? えっと、ありがと?」
雲嵐(ウンラン)はきっと僕を慰めようとしてくれてるんだな。年下の子に気を使わせるなんて僕って本当に頼りないな。
「わわっ。皆っ。そろそろ寝ようぜ」
急に雲嵐(ウンラン)達が雲の子を散らすように去っていく。不思議に思ってるとすぐに原因はわかった。
「ハオ……」
フェイだ。あの後、別々にキャンプに戻ってきたので会えてなかった。
「フェイっ。大丈夫? おばば様たちに怒られたんじゃない?」
僕が駆け寄るとフェイが眉をさげた。
「……怒ってないのか?」
「え? 何を? フェイは僕を助けてくれたじゃないか」
「だから……その」
「どうしたの? ……あっ」
そうだ。僕はフェイにキスされたんだ。びっくりしたけど、心配かけたからきっと親愛のキスだ。
「えっと、その……嫌じゃなかったよ」
「っ! 本当か?」
「うん。ちょっと驚いたけど」
「そうか。……ハオが誰かに触れられるのが嫌だ。それにあんな顔、他の奴らに見せてはだめだ」
フェイの目じりが赤い。あんな顔がどんな顔かわからないけど、僕が誰かに触られるのが嫌って言ってくれたのが嬉しい。……嬉しい? 僕は何故嬉しいのだろうか?
翌日は晴天。街の人々は僕らが旅先で仕入れた交易品を一目見ようと集まってくれた。そうこなくっちゃ。東方からの魚醤や豆製品や西方の布製品なども人気がある。さいさきの良い出だしだった。
「おい。この店に黒装束の男がいるだろう?」
突然、役人らしき数人の男たちがキャラバンにやってきた。
「え? フェイのことかな?」
「こいつだ! 捕まえろ!」
役人たちがフェイを取り囲む。身構えるフェイを止めたのはおばば様だった。
「どうされたのじゃ? うちの用心棒に何か用ですかな?」
「昨日、被害届が出ているのだ。ケガ人が数人出ている。着いた早々街で暴れるなんてお前ら何を企んでいるのだ?」
「は? 被害にあったのはこっちだっていうのに」
僕が役人に怒鳴りあげようとするのを敏(ミン)が制した。
「ばか。感情的になるとフェイの印象が余計に悪くなる。ここは一旦引くんだよ。あいつは悪いことはしてない。直ぐに釈放されるように俺達も直訴するから」
「フェイっ」
「……大丈夫だ。皆に迷惑はかけない」
僕は無表情のまま、拘束され連れていかれるフェイの後姿を目で追っていた。
それから三日たっても、未だにフェイは戻らない。敏(ミン)やおばば様達にも焦りが見え出した。フェイはもうキャラバンにとって必要な人員だ。こちらは保釈金も払うし、なんならこの街を立ち退いてもいいとさえ提案してる。だがフェイは捕えられたままだ。
なにかがおかしい。他に目的があるようにしか思えない。
僕は皆の目を盗んでは役場に行ってフェイの様子を伺っている。今日も会わせてはもらえなかった。面会もさせてもらえないなんてやはりおかしい。
考え事をしていたせいか、後ろからつけられていることに気づかなかった。
小さい頃、僕はおばば様の膝の上でよく四神の話を聞いていた。
「浩然(ハオラン)。宿命の皇子よ。忘れるでないぞ。お前の父も母もお前の事を愛していたことを」
物心ついた時から僕には両親はいなかった。だが、愛に飢えるという事はなかった。西へ東へ移動するキャラバンの皆は我が子も他人の子も皆等しく育ててくれた。
「愛を知る心を持たなければいけないよ。慈悲を忘れてはいけないよ」
「うん。わかってるよ」
おばば様はリーダーの敏(ミン)の母親で、僕と直接血の繋がりがないと知ったのはつい最近だ。キャラバンの中では年配者が年下の面倒を見るのが当たり前だったから。
各地を護る神々に常に感謝を忘れず、祈りを捧げながら、僕らは砂漠や海を越え、交易品を届ける生活をしている。
「浩然(ハオラン)、今年でお前も十八歳。今以上に心穏やかに過ごさねばならぬぞ」
おばば様が幌の奥から僕に声をかけてきた。
「わかってるよ。でも僕早く敏(ミン)みたいにカヤードを操れるようになりたいんだ」
カヤードは大型の岩竜で主に陸路に適した種族だ。崖すら簡単に登れるカヤードをキャラバン達が好んで飼い慣らしたため、交易に歩いた道のことをカヤードロードとさえ呼ばれている。他にも水竜、火竜がキャラバンにはいる。彼らは出番がないときはその身体を縮小しゲージの中で寝ている。竜たちは売り物ではない。僕らの家族だった。
「はっはっは! 大きく出たな。よし! 次の土地に着いたら訓練させてやる」
リーダーの敏(ミン)が豪快に笑いながら言い放つ。
「本当? やったー!」
「敏(ミン)、危ないことはさせてはならぬぞ」
「多少はいいじゃねえか。フェイもつけてやりゃあいい。そうだろ?」
敏(ミン)は視線を横に流すと黒装束を身にまとった筋肉質な青年に声をかけた。
「……わかった」
青年は皆にフェイと呼ばれている。数年前から共に暮らしている。キャラバンの用心棒のような存在だ。無表情で不愛想だが腕っぷしが良いため皆から一目置かれている。
浩然(ハオラン)は何故かフェイの表情が読めた。フェイの青い瞳は剣を交えたものからは氷のような目と恐れられているが、浩然(ハオラン)には澄み渡る空のように見える。その目を見るだけで彼が怒っているのか喜んでいるのかがわかるのだ。
「ちょっと怒ってるよね? ごめんねフェイ。でも僕頑張ってみたいんだ」
「……」
彼は黙ったままだがそれが肯定を意味するものだと浩然(ハオラン)はわかっていた。
「ハオ~! ご飯食べよう。今日は肉入り饅頭だよ~」
キャラバンには僕よりも年下の子達がいる。それぞれ日替わりで食事や掃除、子守を担当していた。今日の担当は雲嵐(ウンラン)だった。浩然(ハオラン)の次に年長だ。名前のとおりやんちゃだが、兄貴肌なところもあり幼い子達の面倒をよく見ていた。僕も最近までは日替わりだったが、十六歳をすぎたあたりから担当が変わった。僕には浄化と治癒のチカラがあった為、衛生や薬草全般の管理を任されることになったのだ。
「うん。美味い。味付けもしたのか?」
「へへ。味付けはコックのスーさんだけど蒸したのは僕たちなんだ~」
「ホクホクとして上出来だよ。でもやけどに気を付けるんだよ」
「うん。ところでハオはフェイといて怖くないの?」
「え? フェイが怖いだって? どうして?」
「だって、いつも睨んでるじゃないか」
「あはは。そんな風に見えるのか。フェイは睨んでるんじゃなくて皆を守ってるのさ。用心棒が普段からニコニコしてたら敵が襲ってきても舐められちゃうだろ?」
「そっかぁ。でも、やっぱり怖いよ」
「フェイはね。悪いことをしたら叱ってくれるし、良いことをすればちゃんと褒めてくれるよ。賢くて芯が強い人なんだよ」
「そうなの? ……わわわ。ごちそうさま! お片付けしてくる」
雲嵐(ウンラン)が急に席を立ったのを見て不思議にしてるとフェイが隣に座った。どうやら僕らのやり取りを聞いていたようだ。
「フェイも食べるよね? どうぞ」
僕は皿に肉饅頭を三個ほど乗せてやった。
「……。」
「どうしたの?」
俯き加減に固まってるフェイを覗き込むと視線が揺らいでいた。
ええ? まさか照れてるの?
「ふふふ。フェイって可愛いとこあるよね」
今度はばっちりと視線があった。フェイの目じりがほんのりと赤い。
「……ハオのほうが可愛い」
耳をくすぐるような低音に思わずうっとりする。
「かなり南まで来たよね。今度の土地は暑いところらしいね」
僕はとりとめのない話を続ける。少しでもフェイと一緒に居たいからだ。
「……ん」
「南って言えば朱雀が護る地かな? 」
「……ん」
「結構、信心深い人が多いって聞くよ」
「……朱雀は不死鳥だ。不老不死を願う狂信者もいる。気をつけろ」
フェイは表情は変えないが、大事なことはきちんと長く喋ってくれる。
「そんな、僕らはただのキャラバンじゃないか。気を付けることもないだろ?」
「......いや。お前は可愛くって狙われやすいから」
「ひぇ……あ、ありがと」
そしてたまに心臓に悪いことを言ってくる。顔が熱くなるのが分かる、きっと今僕の顔は赤くなっているのだろう。だけど興奮して呼吸が荒くなると発作が起こる。だからおばば様達は僕にいつも心穏やかに過ごせと言うんだ。
「……ハオ」
こういうときフェイはいつも僕の手を取る。手の甲を擦ってもらうと不思議と落ち着いてくるんだ。
「もう……大丈夫。身体が弱くて心配ばかりかけてごめんね」
「……」
フェイは口を開いたが何も言わずにまた閉じてしまった。いいよ、何も言わなくても心配してくれてるのはわかっているよ。フェイが本当はとても優しい事に僕はちゃんと気づいているよ。
◇◆◇
キャラバンが目的地に着いたのは陽が傾いた頃だった。朱雀が護る土地の中でも大都市ナンクォは華やかな街だった。街には縁起物の文字が書かれた赤い提灯がたくさん飾られている。建物も洒落ていて透かし彫りの柱やはめ込み式の格子窓の形もさまざまだ。店もたくさんあり、小籠包や麺や串肉を焼いた香ばしい匂いが漂っている。
僕らは大通りの外れにキャンプを建てることを許された。
「これだけ大きいと外からくる者に対しての警戒もかなり厳しいんだね」
「そうじゃな。それだけ厄介な事も多いということじゃがな」
おばば様はあまり長くは居たくなさそうだった。こんなに綺麗な街なのになぁ。
テントを張り終えると美しい街並みを一目みようと子供達が騒いだ。
「しばらくこんな大きな街に来てなかったから、皆んなで見に行こうよ! 明日からは荷解きするから観光なんて出来ないでしょ?」
「そりゃあそうだが。ウロウロしてるとすぐに陽が暮れちまうぞ」
「じゃあ、僕がついて行きますよ。今夜の食材も購入したいし」
「仕方ねえな。フェイ、ついて行ってやってくれるか?」
「……わかった」
「いいかい。そのかわり、勝手に走り出したりしないこと。ちゃんと言う事を聞けたらご褒美におやつを買ってあげるからね」
「わあい。ぼくら言う事聞く!」
キャンプ地から大通りまではそんなにも離れてはいなかった。
街は美しかった。子供たちはあちこちを見て回りフェイは捕まえるのが大変そうだ。日よけの大きな葉っぱで作られた屋台に、珍しい食材や卵の蒸しパン。草団子。芋の飴炊きや香辛料の品々が並んでいたがどこの店も暗くなる前に店を閉めようと片付けに入っていた。
「ヤバい。店が閉まる前に買い出ししなくちゃ。コックのスーさんに叱れちゃう」
慌てて買い出しに夢中になり、気が付くとフェイと子供たちがいない。
「あ……あれ? おーい! フェイ?」
しまった。僕が迷子になっちゃった。情けないなぁ。辺りは陽も陰り薄暗くなっていた。
「よぉ。あんた一人かい?」
「可愛い顔してるじゃねえか。遊んでやろうか?」
路地裏からニヤついた男たちが現れた。しまった!物取りかもしれない。僕は食材の入った袋を抱え込んだ。大事な食料を盗まれるわけにはいかない。
「色が白いな。お前、この辺の者じゃねえな」
この街の者は皆、陽に焼けた肌をしていた。僕のような青白い貧弱な肌をしているものはいないのだろう。男たちはじりじりと間合いを詰めて逃げ場をなくしてくる。
「そこをどいてくれ」
「おやおや、怒った顔がまたそそるねえ」
男が僕の手を掴んだ。
「なんだあ? 手の甲にあざが浮き上がってきたぜ」
僕は興奮すると身体のあちこちに痣が出て来てしまうんだ。痣が出ると発作が起きて熱が上がって動けなくなる。逃げようと身をよじった隙に食材の袋まで取られてしまう。
「返せよ!」
「はっは~威勢が良いな。坊やが俺らの相手をしてくれたら返してやってもいいぜぇ」
くそ。僕は運動も苦手だし筋肉量が少ない。幼く見られがちなのが腹が立つ。
「うるさいっ。離せっ。 離せったら!」
僕が暴れるともう一人の男が後ろから羽交い絞めにしてきた。
「おうおう、生きが良いなあ。俺が抑えるから前からヤレよ」
どさくさに紛れて腰や股間をわし掴みにされる。撫でまわされて気持ちが悪い。
「イヤだっ! たすけて! フェイッ!」
ビュンッと風が吹くと黒い影が舞った。男たちが次々と薙ぎ払われていく。気づくと僕はフェイの腕の中だった。
「ハオっ! 無事か?」
「フェイ? 怖かった。フェイごめんっ」
来てくれた。僕を探して助けに来てくれたんだ。嬉しくて思わず泣きそうになるのを必死にこらえながらフェイの目を見つめる。
「……っ!」
ぐっと抱き寄せられそのまま口づけされた。貪るような荒々しさに息もできない。震える手でフェイの胸を叩くとハッとしたように僕から離れる。その瞬間、背後の男が襲いかかってくるのが見えた。
「フェイっ!」
僕の声に振り返ったフェイが男に向けて回し蹴りをした。カッコイイ!
「フェイ! 浩然(ハオラン)! 無事か?」
この声は敏(ミン)だ。僕らの帰りが遅いことを心配してきてくれたようだ。
「ちっ! 連れがいたのかよっ」
男たちは逃げるようにその場を離れて行った。
「あいつら……」
「フェイ! 追うんじゃない。騒ぎが大きくなる」
「……っ。わかった」
「ごめん、僕が悪いんだ、買い物に夢中になってしまって。雲嵐(ウンラン)達は無事?」
「ああ。菓子屋の前で固まってたぜ」
キャンプに戻ってから僕はおばば様たちに、こっぴどく叱られた。僕が迂闊すぎたのと、来たばかりの土地で騒ぎを起こすと明日からの仕事に影響が出るからだ。下手すると二度とこの街に来られなくなってしまうという。
「浩然(ハオラン)よ。明日以降単独行動は禁止じゃ。必ずフェイか敏(ミン)の傍にいるのじゃ。決して二人から離れるではないぞ」
「はい……ごめんなさい」
仕方ないよな。着いたそうそうに迷子になって、大事な食料を取られそうになるなんて。雲嵐(ウンラン)達にエラそうに言えないや。
落ち込んでいるとテント前に小さい影がひょこひょこっと見える。あれはきっと僕を心配してるのだろう。
「隠れてないでおいで」
「ハオ! 大丈夫?」
僕の声に弾けるように雲嵐(ウンラン)と子供達がどっと押し寄せてきた。
「僕たちお菓子屋の前で待ってたんだ!」
「うん。僕甘いつぶつぶいっぱいの揚げパン!」
「ぼ、ぼくは丸いキャンディー」
「こらっこらっ。菓子の話じゃないだろ! 今はハオが無事か確認にきたんだろ!」
「あ~、そうだった。へへへ」
「みんな、心配かけてごめんね。お菓子はまた買いに行こうね」
「いや、敏(ミン)が買ってくれたからハオはもう外に出ないほうが良いよ」
「そ、そうだね……。雲嵐(ウンラン)にも言われるなんて、僕って情けないよな」
「違うよ。ハオは綺麗だし笑うと可愛いから危ないって気づいたんだ」
「へ? えっと、ありがと?」
雲嵐(ウンラン)はきっと僕を慰めようとしてくれてるんだな。年下の子に気を使わせるなんて僕って本当に頼りないな。
「わわっ。皆っ。そろそろ寝ようぜ」
急に雲嵐(ウンラン)達が雲の子を散らすように去っていく。不思議に思ってるとすぐに原因はわかった。
「ハオ……」
フェイだ。あの後、別々にキャンプに戻ってきたので会えてなかった。
「フェイっ。大丈夫? おばば様たちに怒られたんじゃない?」
僕が駆け寄るとフェイが眉をさげた。
「……怒ってないのか?」
「え? 何を? フェイは僕を助けてくれたじゃないか」
「だから……その」
「どうしたの? ……あっ」
そうだ。僕はフェイにキスされたんだ。びっくりしたけど、心配かけたからきっと親愛のキスだ。
「えっと、その……嫌じゃなかったよ」
「っ! 本当か?」
「うん。ちょっと驚いたけど」
「そうか。……ハオが誰かに触れられるのが嫌だ。それにあんな顔、他の奴らに見せてはだめだ」
フェイの目じりが赤い。あんな顔がどんな顔かわからないけど、僕が誰かに触られるのが嫌って言ってくれたのが嬉しい。……嬉しい? 僕は何故嬉しいのだろうか?
翌日は晴天。街の人々は僕らが旅先で仕入れた交易品を一目見ようと集まってくれた。そうこなくっちゃ。東方からの魚醤や豆製品や西方の布製品なども人気がある。さいさきの良い出だしだった。
「おい。この店に黒装束の男がいるだろう?」
突然、役人らしき数人の男たちがキャラバンにやってきた。
「え? フェイのことかな?」
「こいつだ! 捕まえろ!」
役人たちがフェイを取り囲む。身構えるフェイを止めたのはおばば様だった。
「どうされたのじゃ? うちの用心棒に何か用ですかな?」
「昨日、被害届が出ているのだ。ケガ人が数人出ている。着いた早々街で暴れるなんてお前ら何を企んでいるのだ?」
「は? 被害にあったのはこっちだっていうのに」
僕が役人に怒鳴りあげようとするのを敏(ミン)が制した。
「ばか。感情的になるとフェイの印象が余計に悪くなる。ここは一旦引くんだよ。あいつは悪いことはしてない。直ぐに釈放されるように俺達も直訴するから」
「フェイっ」
「……大丈夫だ。皆に迷惑はかけない」
僕は無表情のまま、拘束され連れていかれるフェイの後姿を目で追っていた。
それから三日たっても、未だにフェイは戻らない。敏(ミン)やおばば様達にも焦りが見え出した。フェイはもうキャラバンにとって必要な人員だ。こちらは保釈金も払うし、なんならこの街を立ち退いてもいいとさえ提案してる。だがフェイは捕えられたままだ。
なにかがおかしい。他に目的があるようにしか思えない。
僕は皆の目を盗んでは役場に行ってフェイの様子を伺っている。今日も会わせてはもらえなかった。面会もさせてもらえないなんてやはりおかしい。
考え事をしていたせいか、後ろからつけられていることに気づかなかった。
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翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
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書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
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