上 下
40 / 84
外伝

外伝 魔物と獣人の恋 前編

しおりを挟む
 東の森に行ってはいけないよ。あそこには怖い魔物が住んでいるから。
 絶望し寂しい魔物は近づくものを取り込んで哀しみの淵に叩き込むから。
 話しかけてはいけないよ。絶対に愛してはいけないよ。
 なぜなら虚無しか残らないから。


「サティ。サティアス!どこにいるんだい?」
 木こりのホーネストは斧を片手に家の裏手に声をかけた。
「はあい。ここにいるよ」
 すぐに草むらから長い尻尾がふりふり近づいてくる。
 小さな耳をぴょこんと頭の上にたててサティアスは返事をした。
「おかえりなさい!」
「また一人でかくれんぼをしてたのかい?お兄ちゃんたちにおいてかれたんだね?」
 末っ子のサティアスは身体も小さく上の二人の兄達からよくからかわれている。
「うん。サティはまだ小さいからにいに達について行けないの」
「よしよし。しょうがない兄ちゃん達だね。帰ってきたら叱っておくよ!」
 子供好きのホーネストは伴侶のフランクとの間に卵を3つ産んだ。
 その最後の卵が孵化した子がサティアスだった。

 ある日のこと。ホーネストは高熱を出した。季節の変わり目で体調をくずしたのだ。
 フランクは町に出稼ぎに出ていて不在だ。子供たちは心配でじっとしてられなかった。
「東の森の奥に氷のカタバミって薬草が生えてて熱さましに効くんだ。それがあれば母様は助かるかもしれない」
 兄達と一緒にサティアスは東の森に薬草を探しに入って行った。
「おい。サティ!お前はそっちを探せ!俺らはあっちの奥に行ってみるから」
「うん。あんまり遠くに行かないでね」

 初めて行った場所。それも入ってはいけないと言われていた森。
「こ……怖くないぞ。怖くない。早く薬草を見つけて帰るんだ」
 だけどどこを探しても見つからない。そもそも氷のカタバミがどんな形なのかも知らないのだ。
「うっ。ひっく。ない。どこにもないよ」
 日の当たらない森は寒く草がうっそうと茂っていた。背の低いサティアスは草陰ですぐに見えなくなった。
「うっうっ。怖いよ。さむいよ。ぐすんぐすん。兄ちゃんどこ?」
 完全に兄達とはぐれてしまったようで不安で仕方がない。
「早く薬草を見つけないと母さんの熱が下がらない。どうしよう」
 泣きながら森の奥へ奥へと彷徨っていた。


「何者だ?!ここに何をしに来た?」
 いきなり背後で低い声がした。咄嗟に身体が硬直する。
「ひゃあっ!ごめんなさい。ごめんなさい」
「子供? 子供が何故こんなところにいる?」
「ひぃっ!……」
 ただでさえ不安で押しつぶされそうだったのに、突然現れた全身真っ黒な人物に驚いてサティアスは気を失ってしまった。


「……ん~。のどがかわいたよぉ」目を覚ますと辺りは暗くなっていた。
「目が覚めたのか?」
 暗闇の奥で何かが動いた。金の瞳がこちらをじっとみつめている。
「ひっ。ここはどこ??」
「夜は獰猛な魔物がでる。お前など食われてしまうからな。ここに連れてきた」
「ぼ……ボクを食べちゃうの?」
「はっ?お前のようながりがりのチビを食っても腹の足しにもなるまい」
「ボクは美味しくないよ。食べないで」
「だから食べぬと言っておるだろうが」
「くしゅんっ。さむい」
「なんだ?寒いのか?はぁ。仕方ないな。こっちへ来い。寄り添えば寒さはしのげるだろう」
「うん。でも食べないでね。食べちゃダメだよ」
「わかったわかった」
 いったい自分は何をしているのだろうか。人間なぞを相手にするなんて。人が恋しいのか?馬鹿な!あの日、あの時から自分は人であることをやめたのに。愛したたった一人の魔女を亡くした時に。
 許せなかった。共に戦い、共に歩み、共に笑い。愛し合った。気持ちは通じていると思っていた。だがそれは自分だけの独りよがりだったのだ。それも自分と友と誓った仲間を選ぶなんて。なんて残酷な仕打ちだろうか?
 何も信じられない。何も信じたくはない。堕ちろ!堕ちろ!すべての者が朽ち堕ちてしまえ。
 そう呪いながら生きてきた。闇の中で息を潜め。憎くて愛しい魔女の遺品を胸に抱いて。
 
 震えながら小さな子供が近づいてくる。このまま食ってしまおうか?と思いあぐねていると
「あのさ。おじさんは魔物さんなの?」と聞いてきた。
「……だったらどうする?」
「うっ。お……お願いがあるんだ」
「ほぉ?魔物にお願いをするなんてただで済むとは思ってないだろうな?お願いをきく代わりにお前は私に何をくれるんだい?」
「へ?……ぼ……ボクの願いを叶えてくれるならボクを……あげる!ボクをあげるからお母さんを助けて!!」
「ふうん。詳しく話してみろ」
「ほんと?助けてくれるの?」
「……まずは願い事を言え」
 こんなのはただの気まぐれだ。そう一時のきまぐれでしかない。

「お前。名はなんというのだ?」
「サティアス。皆はサティって呼ぶよ」
「そうかサティというのか」
「魔物のおじさんは?」
「私か?……クロウだ。クロウ・リー」

~~~~~~~~

「サティ!サティアスが帰ってきた!!」
「サティがいたよ!サティだ!」
 二人の兄達が大きな声で家から飛び出してきた。
 小さな弟を置いてきてしまった罪悪感があったのだろう。
 二人とも弟を抱きしめて泣いている。
「ごめんよ。サティ」
「よく帰ってきたな。ごめんな」
 
「こんな夜中にどこに行ってたんだ!」
 家の中から怒鳴りあげてるのは父親のフランクだった。
 ホーネストが倒れたと聞いて慌てて町から帰ってきたのだ。
「お父さん。ごめんなさい。でも!でもこれを!これを母さんに!!」
 サティアスは震える手の中の物をフランクに渡した。
「お前。これは氷のカタバミじゃないか!」
「うん。東の森で見つけてきたんだ」
「なんだと!あんな危ない場所にいったのか!!」
「ごめんなさい!!」
「……いや、わるい。すまない。ありがとうサティ」
 フランクはサティを抱きしめ、二人の兄達もフランクに抱きついた。
「さあ、この薬草を煎じてホーネスト母さんに飲まそう」
「うん!ボクも手伝う!」
 翌朝ホーネストは薬草が効いたのか熱も下がり起き上がれるようになった。


――――――――――――――――

 クロード・レオパルドスの祖父のお話です。
 なぜクロードが魔物とのミックスなのかの原点となる話。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

異世界転移したら何故か獣化してたし、俺を拾った貴族はめちゃくちゃ犬好きだった

綾里 ハスミ
BL
高校生の室谷 光彰(むろやみつあき)は、登校中に異世界転移されてしまった。転移した先で何故か光彰は獣化していた。化物扱いされ、死にかけていたところを貴族の男に拾われる。しかし、その男は重度の犬好きだった。(貴族×獣化主人公)モフモフ要素多め。 ☆……エッチ警報。背後注意。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

処理中です...