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6王都の使い

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「ウィリアム様、ご到着されました」
 誰がとは言わないところがグレンらしい。
「わかった。今から行く。今回は義父お一人……ではないのだろうな」
「ええ。フルメンバーですね」
 その言い方が可笑しくて思わず吹き出してしまった。僕の隣でグレンは何食わぬ顔で澄ましている。
「ふふ。お前がいてくれて僕は心強いよ」
 今日で僕は十八歳を迎える。遺言書に書かれている遺産相続をする年齢だ。そのため呼んでもいないのに義父たちが押し駆けてきたのだ。はぁッと僕はため息を一つついて前を向いた。
「グレン。いつもどおり僕の傍にいてくれ」
「わかっております。わたしはいつでも貴方の傍におります」
「ありがとう。頼りにしているよ」

「なんだ! 出迎えはまだか? わしを誰だと思っておるのだ!」
 到着早々から怒鳴り声が聞こえる。馬車を降りたときに玄関前に誰も出迎えてなかったことに騒いでいるようだ。この家の人手が足りてないのはわかっているはずなのに。
 義父は年々髪が薄くなってきている。背が低くなったと感じるのは僕の背が伸びたからだろうか。傍に寄ると頭のてっぺんが見える。
「お待たせしてしまい申し訳ありません」
 礼儀にのっとり胸に手を当て僕は軽くお辞儀をした。
「おお。ウィリアム。息災だったか?」
 義父はふんぞり返ったように顎をあげて僕を一瞥する。丸い腹が余計に目立つ。
「はい。このとおり。健康でおります」
「ウィリアム。顔色も良いようですね。さぞかし美食の贅を極めてるんでしょうね」
「いいえ。健康の為に粗食を心がけております」
 義母は化粧が濃くなったようだ。相変わらず嫌味ったらしいな。
「ウィリアム、この度はお前にとっておきの話があるのだよ」
「義兄様。お久しぶりです。未熟な僕に話など。どんな内容でしょうか」
 ニヤつきながら僕の肩にまわしてきた義兄の手をやんわりとほどく。どうしてこの人たちはこんなにも偉そうなのだろうか。
「ウィリアム。喜べ。わたしがお前を娶ってやる」
「はあ?」
 なんと今回の来訪は血がつながってないのだからと義兄のミカエルの伴侶として認めてやると言うことらしい。
 何を馬鹿なことを言っているのだろうか? 養子縁組の次は義兄の伴侶なんて? 絶対に嫌だ。隣にいるグレンが今にも射殺しそうな目でミカエルを睨みつけている。

「は……はは。そう睨むなグレン。お前は執事だぞ。分別をわきまえろよ。ウィリアム。まぁ、この話はよく考えて返事をしてもよいぞ」
 義父が青い顔をしながら話題を変えてきた。当り前だろう。だいたい何故その話を了承すると思っていたのかさえ僕にはわからない。よほど僕の事を見下しているのだろうな。
「それより、ここもそろそろ人手を増やさないとな。わしが選んでやった財務担当者を雇ってやったぞ。そいつをここで使うんだ。わかったな!」
 考えてることが浅はかすぎる。領地の金を横流しする気じゃないだろうな? そんな義父の息のかかった財務担当者を雇うはずなどないだろう。
「お断りします」
「何を言う! わしが直々に選出してやった人材だぞ! ありがたく雇うのだ!」
「……恐れながら。このグレン、財務に関しても他の者より優れていると自負しております。何かわたしめにご不満でも?」
「ぐっ。その態度が気に入らぬのだ。お前は使用人だぞ!」
 くだらない押し問答をしてるうちに王都から使いが現れた。

「おや。これは皆さまお揃いということでしょうか?」
 王都からの使いの騎士はきちんとした正装で丁寧にお辞儀をすると僕に沢山の書類を手渡してきた。
「こちらが遺言書と目録でございます。ここに書かれております王室管理の遺産すべてと契約が本日付で実行されました。なお王様よりウィリアム殿には本日付けで辺境伯の地位を与えるとの思し召しでございます」
「僕が辺境伯ですか? でもこの地は……」
「そ、そうだぞ! ここはわしの領地だ! ウィリアムはただの管理人だぞ!」
 義父が大声で喚く。
 王都からの使者はクスっと笑った後にグレンを見る。
「グレン殿の報告どおり、貴殿はおろかですな。すでにこの地はウィリアム殿の領地となっております」
「ええ?」僕は目を丸くする。グレンがこっそりと動いてくれていたのか?
「なんだと? グレン! お前何をしたっ?」
 義父の頭から湯気が立っている。血圧が上がりすぎて倒れないだろうか。
「まず、従者バレット氏によるウィリアム殿殺害容疑、次にメイドに扮した暗殺者に誘惑させ淫行に及ぼうとした罪、領地財務の二重帳簿に横領、貴族への賄賂、その他もろもろ。貴殿の罪は証拠と共に提出され、本日付で貴殿の領土は没収され、ウィリアム殿の名義となっております」
「なっ? でっちあげだ! そんな執事の世舞事を信じるのか!」
 義父は顔を真っ赤にしていよいよ倒れそうだ。
「はい。グレンはウィリアム殿の祖父、王様の覚えよろしき、偉大なる宮廷魔導士の筆頭であったお方の弟子でございます。汚職にまみれた貴殿とグレン。どちらの言葉を王が信じるとお思いですか?」

「えっ? ではグレンは最初から全部わかってて僕の傍にいたのか?」
「はい。すべては遺言書の為とはいえ、黙っており申し訳ございません」
「……」
 その後の幕引きはあざやかであった。
 いつの間にか王都から派遣された衛兵があたりを囲い、義父たちは連行されていった。


「怒ってられますか?」 
 グレンが気まずそうに聞く。
「あたりまえだ! なぜ何も言ってくれなかったんだ?」
「先代との……貴方のお爺様との約束でしたので」
「そんなのはわかっている。わかっているけれど。……もう僕の傍にはいてくれないのか?」
「え?! それはどういう意味でしょう?」
「遺言も実行された。グレンがここにいる必要はなくなってしまったのだろう? 僕の傍から離れてしまうのか?」
 ウィリアムの大きな瞳から涙がポロポロとこぼれ落ちる。
「どこにも行かないでくれ。僕はお前が好きなんだ……」
「う……ウィリアム様? ……ほんとに? 今の好きって」
(ヤバい!嬉しすぎてニヤけちまうぜ!)
「ああ。好きだ。もう自分の気持ちを隠すのはやめた。僕はグレンが好きだ」
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