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2害獣駆除のカイル
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コンコンとドアのノック音が聞こえると扉が開いた。
「ウィリアム様、面倒なお客が……旦那様が来ますが客間の掃除はいつも通りでいいんすかね~?」
「こら。僕はまだ入っていいと声をかけてないぞ」
「あっそうでした。すみません。つい。へへへ」
人懐っこそうな顔で部屋に入ってきたのは下働きのカイルだった。黒髪のくせ毛の青年でワンコみたいにじゃれるようにウィリアムの周りにまとわりつく。
あまりにも多い仕事量にグレンが倒れるんじゃないかと心配で雑用係に雇った人員だった。カイルは仕事も速いし気さくでいい奴だが、礼儀作法には疎かった。ここは都会とは離れているし村育ちなんだからその点は仕方がないのだろう。
「僕の前ではそれでもいいが、義父達の前では気を付けてくれ。あの人たちが難癖をつけ、お前に何か罰を与えないとも限らないから」
「はい。わかっております!」
「掃除はいつもどおりでいいよ。すまないね。メイドでもないのに」
「そんな謝らないで下さいよ。俺は衣食住があって仕事ができるだけで嬉しいんっすよ」
「もう少し余裕が出来たらカイルにもいろいろ教えてあげたいよ。君は物覚えも速いしきっと今後の役に立つと思うから。本当はね、ここに小さい学校を作りたいんだ」
僕の言葉にカイルが目を見開いた。
「学校を? さすがっす。ウィリアム様は本当に俺らの事を考えてくれてるんですね? 俺、感激してます!」
カイルのうるうるの瞳に見上げられて苦笑する。今にも尻尾を振りそうな様子じゃないか。かわいいヤツだなあ。ん? 幻覚か? 今一瞬、尻尾が見えたような?
「ふふ。ありがとう。でも私はまだまだできないことの方が多いんだ。これからもっと頑張るからね」
「わかりました。俺、応援してます。でも無理しないでください!」
「ありがとう」
カイルのような青年が読み書きや算術が出来るようにしてあげたい。もっとこの領地に住む領民たちを豊かにしてやりたい。
「へへへ」
「そうだ、この間の怪我はもうよいのか? お前は傷の治りは早いが無茶ばかりするから心配だよ。料理長に言って滋養にいいはちみつをもらっておいで」
「いいんですか? ひゃっほ~い! 俺、はちみつ大好きっす」
カイルは狩猟の腕もよく、害獣駆除もかってくれていた。
「そりゃよかった。お前がいてくれるから領民は害獣に襲われることもないし、安心して眠れる。感謝しているよ」
ニコニコとほほ笑むウィリアムにカイルが喜ぶ。
「ウィリアム様は俺の天使っすよ~」
両手を広げて抱きつこうとするカイルをいつの間にか部屋に入ってきたグレンが引き離した。
「まったく、カイルは躾けなおさないといけませんね。扉が開けっぱなしでしたよ」
「へへへ。どうもすみません~」
「ふふ。じゃあ僕は仕事の続きをするね」
グレンとカイルが部屋から出て僕は手元にある書類に目を通す。義父に渡す領地経営の報告書だ。少しづつだが順調に数字は上がってる。さてこれを見て義父が何を言い出すだろうか。また無理難題をふっかけられなければいいのだが……。
◇◆◇
「おい、カイル。お前わざとリアムに抱きつこうとしてただろ? ああん?」
「まさか。そんなことしたら紅蓮の炎で焼きつくされちまいますからね」
グレンの顔から笑顔が消え冷酷な表情になる。
「リアムの前でそれを言ったらどうなるかわかってるだろうな?」
「冗談っすよ。おっかないな~」
「何言ってやがる。お前尻尾を出す寸前だっただろ!」
「う……あんまり嬉しかったんで。つい」
「まぁ、感情が尻尾に現れるお前の習性はわかっているが」
「すんません。ウィリアム様は本当に領民や俺らの事を考えてくれてて……。俺、本当はずっと勉強とかしてみたかったんすよ。そしたらウィリアム様のほうから教えてあげたいだなんてっ! めちゃめちゃ嬉しいんですよっ。そんな風に言われた事なかったから……」
「そうか。リアムは見た目は貴族の坊ちゃんだが、ああ見えて周りをよく観察してるぞ。それも外面じゃなく内面を見ようとする。お前が学びたいって気持ちを感じ取ったのかもしれねえな」
「マジっすか! ウィリアム様はやっぱり半端ないっす!」
「おう。根が良いヤツ過ぎて俺は心配でしょうがないくらいだぜ」
「ありゃ。惚気になってきたっすね。へへへ」
「ふん。なんとでも言え」
「それよりいつまであの狸親父を生かしておくんっすか? もうそろそろいなくなっていただいてもいいのでは?」
「いや、まだだ。アイツが居なくなると貴族間の厄介ごとが直接こちらにふりかかってくるかもしれない。できるだけリアムをわずらわせたくないんだ」
「あの狸は砦の前の前衛ってことっすか?」
「捨て駒ではあるがな」
「はは。本人はそう思ってないみたいっすよ。なんせ月に一度は殺し屋を差し向けてくるんすからね」
「諦めが悪いんだよ。さしづめ俺ががいなくなればリアムが折れて自分が後継者になれると思っているんだ」
「馬鹿っすね~。紅蓮様を相手にしようなんて。まあ、殺し屋に関しては俺が駆除しますんで気にしないで下さい」
「そうだな。リアムいわく、お前は害獣駆除のスペシャリストらしいから」
「はははは! 違いねえ。しかしウィリアム様は純情すぎて人を信じすぎる。しかもあんなに別嬪さんなのに、本人はその自覚がなさ過ぎて無防備すぎる。こんな俺にも優しい言葉をかけてくださるなんて。生涯かけて護りたくなる気持ちもわかるっす」
「俺のもんだぞ」
「わっ。わかってますよ! やっぱり紅蓮様はおっかないや。はははは」
「じゃあそろそろ持ち場にもどってくれるか?」
「へいへい。仰せの通りに」
カイルがぺこりと頭を下げるとボンッと身体を三人に分身させ、それぞれ自分の役割分担をしに仕事に戻った。カイルは身体が一つ。頭が三つあるケルベロスだ。普段は一人に見えるように擬態している。三人ともまったくそっくりな容姿をしており互いにテレパシーで意思疎通をしているからたとえ人に見られたとしてもなんとでも言い逃れが出来るのだ。カイルの仕事の速さの秘密はここにあった。
彼も人ではないのだ。だから人間の作法が身についてないのだった。
「ウィリアム様、面倒なお客が……旦那様が来ますが客間の掃除はいつも通りでいいんすかね~?」
「こら。僕はまだ入っていいと声をかけてないぞ」
「あっそうでした。すみません。つい。へへへ」
人懐っこそうな顔で部屋に入ってきたのは下働きのカイルだった。黒髪のくせ毛の青年でワンコみたいにじゃれるようにウィリアムの周りにまとわりつく。
あまりにも多い仕事量にグレンが倒れるんじゃないかと心配で雑用係に雇った人員だった。カイルは仕事も速いし気さくでいい奴だが、礼儀作法には疎かった。ここは都会とは離れているし村育ちなんだからその点は仕方がないのだろう。
「僕の前ではそれでもいいが、義父達の前では気を付けてくれ。あの人たちが難癖をつけ、お前に何か罰を与えないとも限らないから」
「はい。わかっております!」
「掃除はいつもどおりでいいよ。すまないね。メイドでもないのに」
「そんな謝らないで下さいよ。俺は衣食住があって仕事ができるだけで嬉しいんっすよ」
「もう少し余裕が出来たらカイルにもいろいろ教えてあげたいよ。君は物覚えも速いしきっと今後の役に立つと思うから。本当はね、ここに小さい学校を作りたいんだ」
僕の言葉にカイルが目を見開いた。
「学校を? さすがっす。ウィリアム様は本当に俺らの事を考えてくれてるんですね? 俺、感激してます!」
カイルのうるうるの瞳に見上げられて苦笑する。今にも尻尾を振りそうな様子じゃないか。かわいいヤツだなあ。ん? 幻覚か? 今一瞬、尻尾が見えたような?
「ふふ。ありがとう。でも私はまだまだできないことの方が多いんだ。これからもっと頑張るからね」
「わかりました。俺、応援してます。でも無理しないでください!」
「ありがとう」
カイルのような青年が読み書きや算術が出来るようにしてあげたい。もっとこの領地に住む領民たちを豊かにしてやりたい。
「へへへ」
「そうだ、この間の怪我はもうよいのか? お前は傷の治りは早いが無茶ばかりするから心配だよ。料理長に言って滋養にいいはちみつをもらっておいで」
「いいんですか? ひゃっほ~い! 俺、はちみつ大好きっす」
カイルは狩猟の腕もよく、害獣駆除もかってくれていた。
「そりゃよかった。お前がいてくれるから領民は害獣に襲われることもないし、安心して眠れる。感謝しているよ」
ニコニコとほほ笑むウィリアムにカイルが喜ぶ。
「ウィリアム様は俺の天使っすよ~」
両手を広げて抱きつこうとするカイルをいつの間にか部屋に入ってきたグレンが引き離した。
「まったく、カイルは躾けなおさないといけませんね。扉が開けっぱなしでしたよ」
「へへへ。どうもすみません~」
「ふふ。じゃあ僕は仕事の続きをするね」
グレンとカイルが部屋から出て僕は手元にある書類に目を通す。義父に渡す領地経営の報告書だ。少しづつだが順調に数字は上がってる。さてこれを見て義父が何を言い出すだろうか。また無理難題をふっかけられなければいいのだが……。
◇◆◇
「おい、カイル。お前わざとリアムに抱きつこうとしてただろ? ああん?」
「まさか。そんなことしたら紅蓮の炎で焼きつくされちまいますからね」
グレンの顔から笑顔が消え冷酷な表情になる。
「リアムの前でそれを言ったらどうなるかわかってるだろうな?」
「冗談っすよ。おっかないな~」
「何言ってやがる。お前尻尾を出す寸前だっただろ!」
「う……あんまり嬉しかったんで。つい」
「まぁ、感情が尻尾に現れるお前の習性はわかっているが」
「すんません。ウィリアム様は本当に領民や俺らの事を考えてくれてて……。俺、本当はずっと勉強とかしてみたかったんすよ。そしたらウィリアム様のほうから教えてあげたいだなんてっ! めちゃめちゃ嬉しいんですよっ。そんな風に言われた事なかったから……」
「そうか。リアムは見た目は貴族の坊ちゃんだが、ああ見えて周りをよく観察してるぞ。それも外面じゃなく内面を見ようとする。お前が学びたいって気持ちを感じ取ったのかもしれねえな」
「マジっすか! ウィリアム様はやっぱり半端ないっす!」
「おう。根が良いヤツ過ぎて俺は心配でしょうがないくらいだぜ」
「ありゃ。惚気になってきたっすね。へへへ」
「ふん。なんとでも言え」
「それよりいつまであの狸親父を生かしておくんっすか? もうそろそろいなくなっていただいてもいいのでは?」
「いや、まだだ。アイツが居なくなると貴族間の厄介ごとが直接こちらにふりかかってくるかもしれない。できるだけリアムをわずらわせたくないんだ」
「あの狸は砦の前の前衛ってことっすか?」
「捨て駒ではあるがな」
「はは。本人はそう思ってないみたいっすよ。なんせ月に一度は殺し屋を差し向けてくるんすからね」
「諦めが悪いんだよ。さしづめ俺ががいなくなればリアムが折れて自分が後継者になれると思っているんだ」
「馬鹿っすね~。紅蓮様を相手にしようなんて。まあ、殺し屋に関しては俺が駆除しますんで気にしないで下さい」
「そうだな。リアムいわく、お前は害獣駆除のスペシャリストらしいから」
「はははは! 違いねえ。しかしウィリアム様は純情すぎて人を信じすぎる。しかもあんなに別嬪さんなのに、本人はその自覚がなさ過ぎて無防備すぎる。こんな俺にも優しい言葉をかけてくださるなんて。生涯かけて護りたくなる気持ちもわかるっす」
「俺のもんだぞ」
「わっ。わかってますよ! やっぱり紅蓮様はおっかないや。はははは」
「じゃあそろそろ持ち場にもどってくれるか?」
「へいへい。仰せの通りに」
カイルがぺこりと頭を下げるとボンッと身体を三人に分身させ、それぞれ自分の役割分担をしに仕事に戻った。カイルは身体が一つ。頭が三つあるケルベロスだ。普段は一人に見えるように擬態している。三人ともまったくそっくりな容姿をしており互いにテレパシーで意思疎通をしているからたとえ人に見られたとしてもなんとでも言い逃れが出来るのだ。カイルの仕事の速さの秘密はここにあった。
彼も人ではないのだ。だから人間の作法が身についてないのだった。
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