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第二章:辺境伯は溺愛中

23森の温泉

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「アル様!こっちですだ!みてくだせえ!」
「わあ。凄い美味しそうだね!」
 今日は朝からライナスの果樹園に来ている。果物の収穫のお手伝いをしに来たのだ。始めは皆恐縮して断っていたのだが僕がやらせてほしいと頼み込んだのだ。僕はまだこの地で何が生産されどう作られているかも知らない。もちろん資料や書面だけで指示もできるんだけど、実際にこの目で見て触ってそのもの自体を知らないままで領地管理なんて。形だけになってしまいそうで嫌だったんだ。やるならやるでとことん触れ合って知り尽くしてやる!

「アルベルト様の提案された方法でやってみたら苗の発育状態がよくなったんっすよ」
「そう?よかった!」
 ここの土壌は水はけもよく肥えた土が多かった。そのため植えるだけ植えてしまったら豊作になりすぎてしまって出荷時期が重なると市場に出回る価格に影響が出やすくなる。そのため僕は区画ごとに分けて種まきの間隔と時期をずらす方法を試したのだ。そして何も植えない区画をつくりそこは土壌改良をさせることにした。
「おいらたちと一緒に泥だらけになって耕してくれるなんて」
「本当に豊作の女神みてえな方だ」
「んだんだ。あの金色の髪が陽を浴びた稲穂のようだべ」

「ライナスのところの果物は最高だね!甘みもあって喉がうるおうよ」
「ありがとうごぜえます!」
「そうだ!この間取れすぎた果物を捨てるって言ってたやつ。それをジュースにしたらどうだろう?」
「ジュースですか?」
「うん。余った皮は砂糖漬けにしてもいいね!」
「砂糖漬け?果物の皮でつくるんですかい?」
「うちは貧乏子爵だったからね、母さまが果物やあまり野菜で僕らにおやつを作ってくれたのさ。僕も作れるよ。弟たちによく作ってたからさ。レシピを書いて渡すね」
「本当ですか!ありがとうごぜえます!」
 よし、これを新事業にしてみよう。ここは隣国にも近い。守りばかりに目がいきがちだけど。これを機に交易を考えても良いのではないだろうか?
「国の護りはサミュエルに任せて。僕は特産品や、この地を栄さすことを考えてみよう」

 そういえば森林に囲まれている地域はどうなっているのだろう。デセルトに地図をもらっていたはず。少し遠出をしてみようか。
「アル様どこに行かれるんすか?」
「えっとね。森の向こうまで行ってみようかと」
「ではおいらが案内しますだ。この辺りは同じ景色の場所も多い。迷われるといけねえっす」
「そう?ライナスが来てくれるなら安心だよ」

 馬を走らせるには充分な道のりだった。
「凄いね。ライナスって馬に乗れるんだね」
「へへ。おいら、荷馬車に荷物を積んで王都まで運んでるんで手綱さばきも上手なんすよ」
 月に一度くらい。ノワールに頼まれて王都まで品物を運ぶのだそうだ。そこで決まった仲買人に荷物を渡し、帰りにまた別の荷物を受け取るのだそう。
「そう……なんだね」
「……やっぱり。良くない事だったんっすね?」
「ライナスは気づいてたの?」
「最初は別に言われるまま仕事をしていたのですが、仲買人が胡散臭い人で。でも伯爵様のいう事を誰も面と向かって逆らう事はできなかったんすよ」
「そうだったのか」
「でも!今は違いやす!アル様やサミュエル様がやめろと言われればすぐに辞めます!」
「ありがとう。ライナス」
「へい!今後はもし何か言ってきたらすぐにアル様にお知らせしやす!」

 森に入るとライナスが良い場所があると言うので着いていくことにした。
「なんか水の匂いがする?」
「わかるんすか?凄いっすね。この先にあったかい池があるんすよ」
「あったかい池?」
「そうっす。動物たちがよくそこで集まってるんすよ」
 それってもしや……。
「あれ?なんか……お化けがいる~!」
「ええ?」
 ライナスが指さす方を見ると薄もやの中にボウっと人影が揺らいで見える。
「うっわああ。お助け下せえ。怖いよおお」
「待てライナス!あれってケガ人じゃないの?」
「へ?人間っすか?生きてるんすか?」

 近寄ってみるとケガをした老兵が体半分を水の中に浸からせて水面に浮かんでいた。助けなくっちゃ!
「大丈夫ですか!」
 僕は慌ててざぶざぶと水の中に入っていく。あったかい。やはりここは温泉か?
「……ぁ?……だれだ?ふぁああ」
 老兵は大きなあくびをした。
「ほへ?まさかこんなところで寝てたとか言わないでしょうね?」
「ん~。そのまさかだ。気持ちがよくって寝てしまってたわい」
「アル様ぁ!平気っすか?」
「ああ。ライナス。ちゃんと生きてたよ」
「なんだその生きてたというのは?」
「もお!こんなところに浮かんで寝てるからお化けかと思ったのですよ!」
「がはははは!それはすまなかった!」
 なんだかどこかで聞いたような笑い方だな?
「ケガをされているのですね」
「たいしたことはないのだが、ここの温泉は傷によく効くのでな。浸かっておったのじゃ」
「よければ僕のところでケガの手当てをさせてもらえませんか?」
「いや……それは……」
「だめっすよ。夜になるとここは熊や狼も来るっすよ。血の匂いさせてちゃ食われるっす」
「ええ?そうなの?じゃあ無理でも運んでいこう!」
「お、おいちょっと……」
「僕はアルベルトと言います。ここの領主の……」
「婚約者さまですだ!」
「領主というと新しく統治されたという?」
 あれ?顔つきが変わった。この人ひょっとして新領主サミュエルに会いに来たのかな?
「ええ。我らが城においで下さいますか?」
「……同行させていただこう」


◇◆◇

 朝から出て行った切りアルベルトが帰ってこない。くそ。やはり護衛をつけておくべきだった。近隣の田畑の見回りだけだと言っていたから気を許していた。だがよく考えたら領主の伴侶だ。囮にしようと隣国が誘拐にくるかもしれないし、俺の事をよく思わないものに狙われるかもしれない。いや、あの美貌だ。アルベルトに懸想をしたものからも守らなくてはいけなかった!
「サミュエル様。アルベルト様がお戻りですが……」
 デセルトの物言いに不安を感じた俺はその先を急がせた。
「何!アルがどうしたのだ!」
「ずぶぬれでお戻りになられまし……」
「アル!アルベルト!」
 何故だ?今日は天気はよかったはずだ。雨など降ってなかったではないか!何があったのだ?玄関まで駆けだしてアルベルトの姿をみつける。

「サム。遅くなってごめんよ」
 そこには全身水浸しになったアルベルトとライナス。そしてアルベルトに抱えられている男がひとり。
「なんだ……なぜ?」
 きっと今の俺は最悪な顔つきになっているだろう。

「えっと、ちょっと遠出をして森まで行ってみたんだ。そしたら温泉があってさ」
「あ、あの。アル様は悪くないですだ。おいらがあったかい池までお連れしたんですだ」
「ライナスは悪くない。それよりそこでケガ人をみつけて連れて帰ったんだ。ここで治療をしてあげて!」
「…………」

「ではけが人は私めが奥に運んで治療をしましょう」
 デセルトがアルベルトから男を受け取り連れて行こうとする。
「待て。……なぜここにいる?」
「新領主がここを統治すると聞いたのでな」
「…………ノワール家の話は聞いているのか?」
「おおよそのことは想像ができる」
「…………あとで話をさせろ」
「そのつもりで参ったのじゃ」

「サム?顔見知りだったの?」
「アル。俺はお前を甘やかしすぎたのか?」
「へ?えっと……怒ってる?」
「当たり前だろう!森などと。何かあったらどうする!こんなに冷えた体で帰ってきて!お前に何かあったら俺は……。俺は……」
「ごめんなさい。サム」
 しゅんと項垂れる顔が可愛すぎる。折れそうなほど細い腰を抱きしめた。
「心配させないでくれっ。一人で出かけて消えてしまわないでくれ!」
「サム。ごめん。僕が軽率だった。今度から護衛をつけてもらうよ」
 俺が言うよりも先に自分から言ってくれた。ああ。気づいてくれたのか。
「……そうしてくれ」
「うん。……僕も、もしサムが同じことをしたら怒るなあって今思った」
 苦笑するアルベルトが堪らなく愛おしい。頬に目じりにとキスを降らすとへっくしょんと隣からくしゃみが聞こえた。
「わあごめんよ。ライナスもお風呂に入って。サム、着替えを用意してあげて」
「ふぇい。しゅびません。鼻水がでてきまして……」
「わかった。すぐに湯を用意しよう。今日はここに泊まるがいい」
「ふぇえ?お城に?おいらがですか?」
「ふふ。たまにはいいんじゃない?」
「あ、ありがてええ!」
「アルもだ。侍従を呼ぶから風呂にはいって着替えておいで」
「うん。そうする。夕飯はライナスも一緒でいいよね?」
「ええ?ご、ごちそうまで食べさせてくれるんですかい?」
「…………ライナスが気に入ったのか」
「サム。顔が怖いよ。ライナスは僕の補佐だよ」
「いつから補佐になったのだ?」
「領地経営に必要な人材だよ。ライナスだけじゃなくて、これから僕の補佐を増やすつもり」
「…………だが男ばかりは……いや、女も危ないな。人選は俺も参加して決めるぞ」
「ふふ。いいよ。一緒に決めて行こうね」

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