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7 ハリー様は大公家の縁者でした

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ハリー様とお見合いしてから一ヶ月。
今日は二回目の面会です。

ハリー様は現在20歳。大公家の私兵となり数年、初めて休暇を貰ったとのことで、よかったら食事にと誘われて、今は待ち合わせ場のカフェで待機しています。
屋敷から一番近いカフェだったので、2時間も早くついてしまい、手持ち無沙汰です。

「アイリスお姉様。ミルクティーばかり飲んでいたらお腹がたぷたぷになってしまいますよ?  クッキーも頂きませんと」
「え、ええそうね」

カフェまで同行すると言ってついてきたミリーが私にクッキーをあーんしました。たしかにお腹はもうたぷたぷです。食事も2時間は先ですし、少し胃に入れておいた方がいいでしょう。

「……姉さん、震えてるよ。緊張してるの?」

そうです。緊張して震えているのです。
今日のドレスもお化粧も、ちゃんと自分に似合っているのか、変ではないのか、それを見たハリー様はどう思うのか、出掛ける前から不安に押し潰されそうでした。そんな私を見たクルーヤはカフェまで同行すると言ってついてきました。

新婚の弟夫婦に気を遣わせて、姉として不甲斐ないです。外出も慣れていないせいか、人の目も気になってしまいます。あちこちから視線を感じます。

「ねぇ……なんとなく、周りから見られているような気がしない?」
「…………ああうん、まあ。それに関しては、僕らは慣れているけど姉さんは落ち着かないよね」
「アイリスお姉様が美しいからですよ。今日も素敵です」
「あ、ありがとう。ドレス選びもミリーのお陰でなんとか間に合ったわ」

視線に関しては、ミリーの方が人目を引く筈です。周りにいる男性陣も関心があるようにミリーを見ていますが、そのあとクルーヤに目を向け、ばつが悪そうに背を向けます。
このカフェは貴族専用だと聞きました。基本的にマナーのある者は、男性と同伴した女性には声をかけないものです。クルーヤがチラッと周りを見ると、周りの視線が一斉に引きました。ホッ。ミリーだけじゃなくクルーヤもついてきてくれてよかったです。

と、そこで外が騒がしくなりました。

硝子戸や窓はありますが、布やカーテンで目隠しされているので外の様子は解りません。しかし言い争う男女の声がします。ハリー様の声ではないけれど、不穏を感じました。その言い争うような声はどんどん近くなってきます。

「──だからあんたみたいな不幸そうな顔をした男に高級女のこのあたしが声をかけてやってるのよ!  なんとか言ったらどうなのよ!  ちょっと聞いてるの!」
「おいローズ!  今日は俺と約束してた筈だろう!  なんだってこんな奴に構うんだよ!」
「うるさいわねえ!  あたしはこの坊やが気に入ったのよ!  だからその黒い宝石をあたしに……ちょっと、どこいくのよ!  店に寄っていきなさいよ!  あたしは看板娼婦なのよ!」

……どうやら一人の男性に一組の男女が声をかけているみたいですね。

まさかこの近くに娼館があるのでしょうか?  王都にいても殆ど外出したことがない私でも娼館は王都の中心部に集まっているのを知っています。カトレン家の屋敷がある近隣には、娼館は無かった筈ですが?

そこで硝子戸が開き、ハリー様が入ってきました。

燃えるような赤い髪に、黒地に金色の刺繍が施された外套がよくお似合いで、外套の留め具が前回のサファイヤとは違って黒ダイヤになっていました。それもまたよくお似合いで、ほう、と息をもらしてしまいました。

「アイリス様……!?」
「へっ」

私を視界に映すやハリー様は目を見開き、私も思わず立ち上がると駆け寄られました。

「遅れて申しわけありません!」
「いえそんな!  いま着いたばかりですのよ。それにまだ2時間前ですし……」

そうです。
店内の時計を見ても、まだ約束の2時間前です。ハリー様は何故こんなに早く着いたのでしょうか?

「……あー、その姉さん」
「うん?」
「……人目があるのでそんなにくっついては駄目だよ」
「……ご、ごめんなさいっ」

ハリー様に駆け寄られて、思わず抱きついていました。
慌てて身を引くとさっと手を繋がれました。

「……僕の事がお嫌いですか?」
「!?  まさか!  むしろ好きですわ!」
「……あー、その姉さん。四人なら個室が使えるから、とりあえず二階に移動しようか?」




「──まあそんなっ、ではハリー様は王都の中心からずっとあの男女に付きまとわれていたのですか?」

ハリー様は店内に入るまで、娼婦とその客に挟まれていたそうです。あの一組の男女は会話からして恐らく平民なのでしょうね。貴族専用のカフェまで辿り着いて、ようやく諦めてくれたそうです。

「……身なりを見てしつこく声をかけてくる人はたまにいます。馬でくればよかったかな。でも貴女を乗せるとなると……み、密着するし、それはまだ時期早々かと……」

その言葉に思わず私は俯きました。顔が熱いです。いつかハリー様の馬に乗せてもらえる日がくるということでしょうか?  そんなお誘いを受けた日には、今日のようにまた舞い上がって、前日からドレス選びでまたミリーを頼ってしまいそうです。ミリーを見ると、個室に備えられたビッフェスタイルのメニューから楽しげに食事を盛り合わせていました。よく見るとクルーヤの好きな物ばかり盛り合わせています。私もハリー様に何かお持ちしようかしら。そう思っても腰に回された手が離してくれません。ならここは食事をお持ちするよりも先に、ハリー様の好きな物を聞くことからはじめないといけませんね。


「あー、その、ハリー殿?  時期早々もなにも今の時点で既に姉さんを膝に乗せて密着してるからね?  ……ああ、だめだ、二人とも聞いてない」
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