6 / 8
6 元夫は呪いで種無しにされていました
しおりを挟む
「ばっかじゃないの! 種無しでもまともな人間なら考えなくもないけど、女を家畜のように扱うあんたみたいな男、こっちからお断りよ!」
私を庇ってくれたミリーが睨みをきかせると、アース様は前屈みになって苦しみだしました。
ミリーは異能者です。
まさか今、アース様に呪いをかけているのでしょうか?
「フッ、ふっははは……あ、いや。これはまた凄惨な棘だな。玉が縮みそうだ」
「お祖父様、お願いだから姉さんには聞こえないようにして」
だから聞こえています。
そっとミリーの肩を掴むと、ミリーは振り返って私の胸に顔を埋めました。
「アイリス様。全部お話します。だからどうか……私を忌み嫌わないで下さい。私はカトレン家の一員になれて、とても嬉しいのです。異端な私は……ここでしか生きていけないのです。だからどうか……嫌わないで……」
「ミリー……どんな事情があろうとも、私がミリーを嫌うわけないでしょう?」
ミリーは身をていして私を庇ってくれた命の恩人です。例え私がアース様の種で身籠った時に子を始末する気だったと言われても、それは王家から命じられていたからこそです。そんなミリーを責める気はありません。
私はミリーの柔らかな赤毛を撫でながら、安心させるようにそう伝えました。
苦しみだしてついには気を失ったアース様は私兵達が連れて帰りました。
その後、屋敷に戻って事情を聞いたところ、ミリーには人を呪い殺すまでの力は無くとも、人の繁殖機能を呪いで奪う力がありました。子を宿す前に、種や卵を殺す異能なのでしょう。
アース様が種無しになったのも、ミリーの異能を受けたからでした。
しかしミリーは何故私ではなくアース様の繁殖機能を奪ったのでしょう?
「私はもしもの場合に備えて大公殿下からアイリス様が身籠らないようにしろと指示されておりました。ですがどちらの繁殖機能を殺すかは、指示されておりません」
「……でも、そんな……私が不貞を犯した場合にも備えて、女としての機能を殺す方が簡単だったでしょう? そのことで後で大公からミリーにお咎めはないの?」
「うふふ。アイリス様、侯爵家よりもカトレン家の方が王家に優遇されておりますよ。どちらの機能を殺すかなんて、指示されなくとも解りきったことでした」
そうなのかしら?
そう思ってお祖父様を見ると頭を撫でられました。
「倅は王家の判断を待つことなく、勝手にお前を嫁がせたからね。ゼネラル家も異能を持たぬ不貞の子だとしても、お前を嫁にすることでカトレン家と縁を繋いで異能の呪力にあやかるつもりだった。長年王家に尽くしていたが、奴等が侯爵位を不満に感じているのは、有名だったからね。三大公爵家に成り代わろうと、暗殺計画も企てていると噂も立てられていたのだよ。お前を嫁がせた倅は、その手助けをしなかったのがまだ不幸中の幸いだ。でも王家の懐刀とあろう者が、愚かな真似をしたものだ」
……ならきっと父は、もう私の顔も見たくなかったのでしょう。私の顔は母にそっくりだったから、出来るだけ遠くに嫁がせたかったのでしょうね。
それかもしかしたら父は、母とお祖父様の関係に気付いていたのかもしれません。だって母の肖像画を一枚だけ残すくらいです。父は母を愛していたのでしょう。人は愛する人の変化にそれとなく気付くものです。
そして母も、嫁いだ義務を果たす為とはいえ肉体関係を持ったことで父からお祖父様に心を移していたのかもしれません。この国は女でも家督を継げます。それなのに私を生んだ後も、お祖父様からクルーヤを授かったのですから。
考えていてもキリがありませんね。真実を知りたくとも当人である父と母はもういないのですから。出戻った私もそろそろ前を向かなければ。
「あっ……そうだわミリー。どうしても貴女を側に置きたかったから、貴女の意思も聞かずクルーヤの妻にしてしまったのだけれど、それに関しては嫌ではなかった?」
「? とくには……クルーヤ様が私をお嫌いでしたら、アイリス様の侍女として生きていきます。それに異端な私と子を設けるにも、嫌悪感があると思いますので」
ミリーのその言葉に紅茶を飲んでいたクルーヤが噎せて、カップを置きました。
「……あらかじめ言っておくけど呪力はこちらの方が上だからね。異能者にしか認識できないようなそんな脆弱な力で呪ってもこちらは痛くも痒くもないからね。それにその点に関しては、嫌悪感も何も無いよ。なんせ同じ異能者だ。姉さんが私を忌み嫌わないのと同じことだよ」
「……でしたらやっぱり私、カトレン家に引き取られて、今とても幸せです。これからは、普通に生活できますね!」
どういう事でしょうか?
クルーヤが立ち上がって「これからよろしく」とミリーと握手をかわしました。
「ふ、二人とも夫婦喧嘩とかしないようにね? クルーヤも、ミリーを蔑ろにしたらアース様みたいに呪いを受けるかもしれないからね、ねっ?」
「……はぁ。うん。わかった。その点は本当に大丈夫だから、心配しなくていいよ」
それならよいのですが。
私は今まで助けてくれたクルーヤとミリーになんの恩返しも出来ていません。これからは二人が幸せになれるよう、姉としてその手助けをしていこうと思います。
……そう思っていたのですが。
しばらくするとお祖父様から縁談の話をもらいました。それも王家と関係のある男性で、そんな方が出戻りの私と結婚したいでしょうか?
とりあえず会うだけ会ってみなさいと言われ、私はお見合いをしました。
「…………初めまして。ハリーと申します」
お会いした男性は、赤い髪と瞳のとても美しい殿方でした。なんとなく、ミリーにも似ているような。そのせいか、初対面にも関わらず胸に暖かい気持ちが込み上げてきました。
クルーヤに抱き締められた時や、お祖父様に頭を撫でられた時に感じる安心感とはまた違った、良い意味で胸が締め付けられるような、不思議な気持ちでした。
「ハリー様……わ、わたくしはアイリスと申します。もしよろしければ、お庭に歓談場を設けましたので、ご一緒に茶でも……」
「……は、はい! 僕なんかでよければ是非ご一緒させて下さい!」
私を庇ってくれたミリーが睨みをきかせると、アース様は前屈みになって苦しみだしました。
ミリーは異能者です。
まさか今、アース様に呪いをかけているのでしょうか?
「フッ、ふっははは……あ、いや。これはまた凄惨な棘だな。玉が縮みそうだ」
「お祖父様、お願いだから姉さんには聞こえないようにして」
だから聞こえています。
そっとミリーの肩を掴むと、ミリーは振り返って私の胸に顔を埋めました。
「アイリス様。全部お話します。だからどうか……私を忌み嫌わないで下さい。私はカトレン家の一員になれて、とても嬉しいのです。異端な私は……ここでしか生きていけないのです。だからどうか……嫌わないで……」
「ミリー……どんな事情があろうとも、私がミリーを嫌うわけないでしょう?」
ミリーは身をていして私を庇ってくれた命の恩人です。例え私がアース様の種で身籠った時に子を始末する気だったと言われても、それは王家から命じられていたからこそです。そんなミリーを責める気はありません。
私はミリーの柔らかな赤毛を撫でながら、安心させるようにそう伝えました。
苦しみだしてついには気を失ったアース様は私兵達が連れて帰りました。
その後、屋敷に戻って事情を聞いたところ、ミリーには人を呪い殺すまでの力は無くとも、人の繁殖機能を呪いで奪う力がありました。子を宿す前に、種や卵を殺す異能なのでしょう。
アース様が種無しになったのも、ミリーの異能を受けたからでした。
しかしミリーは何故私ではなくアース様の繁殖機能を奪ったのでしょう?
「私はもしもの場合に備えて大公殿下からアイリス様が身籠らないようにしろと指示されておりました。ですがどちらの繁殖機能を殺すかは、指示されておりません」
「……でも、そんな……私が不貞を犯した場合にも備えて、女としての機能を殺す方が簡単だったでしょう? そのことで後で大公からミリーにお咎めはないの?」
「うふふ。アイリス様、侯爵家よりもカトレン家の方が王家に優遇されておりますよ。どちらの機能を殺すかなんて、指示されなくとも解りきったことでした」
そうなのかしら?
そう思ってお祖父様を見ると頭を撫でられました。
「倅は王家の判断を待つことなく、勝手にお前を嫁がせたからね。ゼネラル家も異能を持たぬ不貞の子だとしても、お前を嫁にすることでカトレン家と縁を繋いで異能の呪力にあやかるつもりだった。長年王家に尽くしていたが、奴等が侯爵位を不満に感じているのは、有名だったからね。三大公爵家に成り代わろうと、暗殺計画も企てていると噂も立てられていたのだよ。お前を嫁がせた倅は、その手助けをしなかったのがまだ不幸中の幸いだ。でも王家の懐刀とあろう者が、愚かな真似をしたものだ」
……ならきっと父は、もう私の顔も見たくなかったのでしょう。私の顔は母にそっくりだったから、出来るだけ遠くに嫁がせたかったのでしょうね。
それかもしかしたら父は、母とお祖父様の関係に気付いていたのかもしれません。だって母の肖像画を一枚だけ残すくらいです。父は母を愛していたのでしょう。人は愛する人の変化にそれとなく気付くものです。
そして母も、嫁いだ義務を果たす為とはいえ肉体関係を持ったことで父からお祖父様に心を移していたのかもしれません。この国は女でも家督を継げます。それなのに私を生んだ後も、お祖父様からクルーヤを授かったのですから。
考えていてもキリがありませんね。真実を知りたくとも当人である父と母はもういないのですから。出戻った私もそろそろ前を向かなければ。
「あっ……そうだわミリー。どうしても貴女を側に置きたかったから、貴女の意思も聞かずクルーヤの妻にしてしまったのだけれど、それに関しては嫌ではなかった?」
「? とくには……クルーヤ様が私をお嫌いでしたら、アイリス様の侍女として生きていきます。それに異端な私と子を設けるにも、嫌悪感があると思いますので」
ミリーのその言葉に紅茶を飲んでいたクルーヤが噎せて、カップを置きました。
「……あらかじめ言っておくけど呪力はこちらの方が上だからね。異能者にしか認識できないようなそんな脆弱な力で呪ってもこちらは痛くも痒くもないからね。それにその点に関しては、嫌悪感も何も無いよ。なんせ同じ異能者だ。姉さんが私を忌み嫌わないのと同じことだよ」
「……でしたらやっぱり私、カトレン家に引き取られて、今とても幸せです。これからは、普通に生活できますね!」
どういう事でしょうか?
クルーヤが立ち上がって「これからよろしく」とミリーと握手をかわしました。
「ふ、二人とも夫婦喧嘩とかしないようにね? クルーヤも、ミリーを蔑ろにしたらアース様みたいに呪いを受けるかもしれないからね、ねっ?」
「……はぁ。うん。わかった。その点は本当に大丈夫だから、心配しなくていいよ」
それならよいのですが。
私は今まで助けてくれたクルーヤとミリーになんの恩返しも出来ていません。これからは二人が幸せになれるよう、姉としてその手助けをしていこうと思います。
……そう思っていたのですが。
しばらくするとお祖父様から縁談の話をもらいました。それも王家と関係のある男性で、そんな方が出戻りの私と結婚したいでしょうか?
とりあえず会うだけ会ってみなさいと言われ、私はお見合いをしました。
「…………初めまして。ハリーと申します」
お会いした男性は、赤い髪と瞳のとても美しい殿方でした。なんとなく、ミリーにも似ているような。そのせいか、初対面にも関わらず胸に暖かい気持ちが込み上げてきました。
クルーヤに抱き締められた時や、お祖父様に頭を撫でられた時に感じる安心感とはまた違った、良い意味で胸が締め付けられるような、不思議な気持ちでした。
「ハリー様……わ、わたくしはアイリスと申します。もしよろしければ、お庭に歓談場を設けましたので、ご一緒に茶でも……」
「……は、はい! 僕なんかでよければ是非ご一緒させて下さい!」
343
お気に入りに追加
1,059
あなたにおすすめの小説

義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です
渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。
愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。
そんな生活に耐えかねたマーガレットは…
結末は見方によって色々系だと思います。
なろうにも同じものを掲載しています。

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで
雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。
※王国は滅びます。

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

あなたの仰ってる事は全くわかりません
しげむろ ゆうき
恋愛
ある日、婚約者と友人が抱擁してキスをしていた。
しかも、私の父親の仕事場から見えるところでだ。
だから、あっという間に婚約解消になったが、婚約者はなぜか私がまだ婚約者を好きだと思い込んでいるらしく迫ってくる……。
全三話

私があなたを好きだったころ
豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」
※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

二度目の恋
豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。
王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。
満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。
※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。

好きにしろ、とおっしゃられたので好きにしました。
豆狸
恋愛
「この恥晒しめ! 俺はお前との婚約を破棄する! 理由はわかるな?」
「第一王子殿下、私と殿下の婚約は破棄出来ませんわ」
「確かに俺達の婚約は政略的なものだ。しかし俺は国王になる男だ。ほかの男と睦み合っているような女を妃には出来ぬ! そちらの有責なのだから侯爵家にも責任を取ってもらうぞ!」

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる